第33回有馬記念

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
映像外部リンク
1988 有馬記念
レース映像 jraofficial(JRA公式YouTubeチャンネル)による動画

第33回有馬記念(だい33かいありまきねん)は、1988年12月25日中山競馬場で施行された競馬競走である。オグリキャップタマモクロス等を抑え優勝した。年齢は全て旧表記(数え年)にて表記。

レース施行時の状況[編集]

タマモクロスはこの年、天皇賞春秋連覇に加えて宝塚記念を制し、GI3勝を挙げた。またジャパンカップでは日本調教馬として最先着を果たした。そのタマモクロスは、このレースを最後に引退することが決まっていた。

一方、笠松競馬場から中央競馬に移籍したオグリキャップGI初優勝を目指したが天皇賞(秋)、ジャパンカップでともにタマモクロスに先着を許していた。巻き返しを期すオグリキャップ陣営はこれまで主戦を務めてきた河内洋に代わって、身体が空いていた関東の名手・岡部幸雄に騎乗を依頼。岡部はこれを受諾し、オグリキャップは岡部との新コンビでこのレースに臨む事となった。

この2頭に加え、オグリキャップと同じ4歳のGI馬2頭、サッカーボーイスーパークリークが出走を表明した。サッカーボーイは夏の函館記念メリーナイスシリウスシンボリなどといった古馬たちをレコード勝ちで一蹴し、直前のマイルCSも4馬身差の圧勝で、阪神3歳Sに続くGI2勝目を手にしていた。また、鞍上はオグリキャップから降ろされた形の河内洋だった。

スーパークリークは賞金ギリギリで滑り込んだ前走の菊花賞を5馬身差で圧勝。鞍上の武豊はデビュー2年目ながらこの年113勝をマークし、史上最年少関西リーディングジョッキーとしてファンの大きな注目を集めていた。

このような盛り上がりの中で、JRAはレース3日前の22日、「有馬記念ではタマモクロス・オグリキャップ・サッカーボーイの3頭を単枠指定する」と発表。有馬記念で3頭が単枠指定されたのは、1984年の第29回有馬記念シンボリルドルフミスターシービーカツラギエースが単枠指定されて以来のことだった。

出走馬[編集]

天候:晴れ、芝:良馬場

※施行条件については有馬記念も参照。

出走頭数:13頭
枠番 馬番 競走馬名 騎手 単勝オッズ 調教師
1 1 ランニングフリー 牡6 菅原泰夫 37.7(10人) 本郷一彦
2 コーセイ 牝5 大崎昭一 126.5(13人) 尾形盛次
2 3 レジェンドテイオー 牡6 郷原洋行 10.8(5人) 田村駿仁
4 サニースワロー 牡5 大西直宏 90.3(12人) 中尾銑治
3 5 サッカーボーイ 牡4 河内洋 4.8(3人) 小野幸治
4 6 マティリアル 牡6 東信二 33.2(8人) 田中和夫
7 スーパークリーク 牡4 武豊 7.4(4人) 伊藤修司
5 8 メジロデュレン 牡6 村本善之 22.8(7人) 池江泰郎
9 スズパレード 牡8 蛯沢誠治 21.2(6人) 富田六郎
6 10 オグリキャップ 牡4 岡部幸雄 3.7(2人) 瀬戸口勉
7 11 タマモクロス 牡5 南井克巳 2.4(1人) 小原伊佐夫
8 12 ハワイアンコーラル 牡4 増沢末夫 33.8(9人) 中村広
13 フレッシュボイス 牡6 田原成貴 47.9(11人) 境直行

レース展開[編集]

予想通り、レジェンドテイオーが逃げ、オグリキャップが中団6番手といつもよりやや前、スーパークリークがそれをマークする位置どり。タマモクロスとサッカーボーイはゲートの出が悪く、そのまま2頭で最後方を追走する形となったが、先頭から殿までは10馬身、ほぼ一団。ペースはスローで進行する。

第3コーナーから、後続勢が押し上げにかかる。中でも1番人気のタマモクロスの脚色は断然で、大外を一気にまくり、4コーナーではオグリキャップの外に並びかけ、直線はまたもこの2頭の競り合いになった。結局オグリキャップがゴール前力尽きたタマモクロスを半馬身突き放して優勝。3着に中を割ってきたスーパークリークが入ったが、メジロデュレンの進路を妨害して失格。大外を突っ込んできたサッカーボーイが繰り上げ3着となった。

競走結果(上位5頭のみ)[編集]

着順 枠番 馬番 競走馬名 タイム 着差
1 6 10 オグリキャップ 2.33.9
2 7 11 タマモクロス 2.34.0 1/2馬身
3 3 5 サッカーボーイ 2.34.3 1/2馬身+1馬身1/2
4 1 1 ランニングフリー 2:34.4 クビ
5 5 8 メジロデュレン 2.34.6 1馬身
  • 3位入線のスーパークリークは、最後の直線で急に斜行し、メジロデュレンの進路を妨害したとして失格。
6.8-11.5-12.6-12.8-12.7-13-12.8-12.4-11.5-11.9-12-12.2-11.7
6.8-18.3-30.9-43.7-56.4-69.4-82.2-94.6-106.1-118.0-130.0-142.2-153.9

払戻[編集]

単勝式 10 370円
複勝式 10 120円
11 110円
5 160円
連勝複式 6-7 350円

エピソード[編集]

  • タマモクロスはレース前から急激に食欲が減退していた。そのため、体調不良によって惨敗し種牡馬としての価値が落ちることを懸念したシンジケートのメンバーは出走を取りやめることを陣営に打診していた。
  • 年が明けた1989年1月7日昭和天皇が崩御したため、この第33回有馬記念が“昭和最後のGI競走”となった。このことからオグリキャップ、タマモクロス、サッカーボーイ、スーパークリークが唯一対戦したこのレースは中央競馬“昭和最後の名勝負”と語られるようになった。1989年6月にはポニーキャニオンより、このレースでの3強対決に至るまでのタマモクロス、オグリキャップ、サッカーボーイのそれぞれのそれまでの戦績を紹介したVHS「タマモクロス オグリキャップ サッカーボーイ 昭和最後の名勝負〜3強の熱い戦いの軌跡」が発売された。