第37回スーパーボウル

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
検索に移動
第37回スーパーボウル
Super Bowl XXXVII
1 2 3 4

OAK 3 0 6 12

21
TB 3 17 14 14

48
開催日 2003年1月26日
スタジアム クアルコム・スタジアム
開催地 カリフォルニア州サンディエゴ
MVP デクスター・ジャクソン, バッカニアーズ
優勝予想 Raiders by 4
国歌斉唱 ディクシー・チックス
コイントス 1972年マイアミ・ドルフィンズ優勝メンバー
ハーフタイム シャナイア・トゥエイン
ノー・ダウト
スティング
入場者数 67,603
アメリカにおけるテレビ放送
ネットワーク ABC
実況と解説 アル・マイケルズジョン・マッデン
視聴率 40.7 (全米)
占有率 61 (全米)
CM広告料
(30秒)
210万ドル
 < 第36回 スーパーボウル 第38回 > 

第37回スーパーボウル(だい37かいスーパーボウル、Super Bowl XXXVII)は2003年1月26日カリフォルニア州サンディエゴクアルコム・スタジアムで行われた37回目のスーパーボウルNFCチャンピオンであるタンパベイ・バッカニアーズAFCチャンピオンであるオークランド・レイダースの対戦。バッカニアーズがレイダースを48-21で破って、チーム創設以来初めてのスーパーボウル制覇を果たした。MVPはバッカニアーズのセイフティであるデクスター・ジャクソンが受賞した。

バッカニアーズのジョン・グルーデンヘッドコーチは39歳であり、スーパーボウル史上最年少での優勝コーチとなった[1]

背景[編集]

第37回スーパーボウルは、1997年10月15日にワシントンD.C.で行われたNFLオーナー会議でサンフランシスコで開催することが決定したが、スーパーボウル開催に必要とされた新スタジアムの建設計画が頓挫し、1999年5月26日にアトランタで開催されたオーナー会議でサンディエゴが開催地に決まった。カリフォルニア州ではその後、リーバイス・スタジアムで行われる予定の第50回スーパーボウルまでスーパーボウルが開催されていない。この大会は日中に開催された最後のスーパーボウルとなった。このシーズン、マイティダックス・オブ・アナハイムスタンレー・カップに進出した。スーパーボウルとスタンレー・カップファイナルが同じ州で開催されるのは、10年前の1993年パサデナローズボウル第27回スーパーボウルが開催され、ロサンゼルス・キングスがスタンレー・カップファイナルに進出して以来史上2度目のことであった。

ジョン・グルーデンによるレイダースの再建[編集]

1995年にオークランドに戻った後、1997年には4勝12敗に終わるなど、レイダースは低迷していた。ジョン・グルーデンヘッドコーチが就任し、1998年1999年は8勝8敗でシーズンを終えた。1999年に獲得したベテランQBリッチ・ギャノンは、チームオフェンスをNFL5位に押し上げた。2000年、12勝4敗でAFC西地区優勝を果たしたが、AFCチャンピオンシップゲームボルチモア・レイブンズに3-16で敗れた。その後、プロボウルWRジェリー・ライス、DTトレース・アームストロングを獲得、2001年もAFC西地区優勝を果たしたが、タック・ルール・ゲームと呼ばれるようになるニューイングランド・ペイトリオッツとのディビジョナルプレーオフで敗れた[2]

グルーデンを獲得したバッカニアーズ[編集]

アル・デービスは、NFLのヘッドコーチに最も給料を出し渋るオーナーとして知られていた。グルーデンもその例外ではなく、デービスは2000年ニューイングランド・ペイトリオッツロバート・クラフトオーナーがドラフト指名権と引き替えにニューヨーク・ジェッツからビル・ベリチックを獲得したように、ドラフト指名権4つと引き替えにグルーデンをバッカニアーズにトレードした。バッカニアーズはドラフト1巡指名権2つ、2巡指名権2つ、800万ドルをグルーデン獲得のためにレイダースに渡した。バッカニアーズは当時強力なディフェンスを持っていたが、スーパーボウル優勝には、オフェンスの再建が必要と見られていた。

バッカニアーズは長年弱小チームであり[3]、チーム創設から最初の20年間でプレーオフ出場はわずか3回であった。1996年にトニー・ダンジーヘッドコーチ、モンテ・キフィンディフェンスコーディネーターが就任すると、ディフェンスラインマンのウォーレン・サップ、ラインバッカーのデリック・ブルックス、ディフェンシブバックのロンデ・バーバー、ジョン・リンチを中心にディフェンスは改善され、1997年にはNFL3位、1998年にはNFL2位、2000年にはNFL3位のディフェンスとなった。

ダンジーヘッドコーチが指揮した6年間のうち、チームは4回プレーオフに出場したが、強力なディフェンスに反してオフェンスはリーグ最低レベルであり、プレーオフでは負け続けた。

グルーデンが就任したもののバッカニアーズの攻撃はこの年NFL25位のトータル5222ヤード獲得にとどまった。QBブラッド・ジョンソンは、パス451回中281回成功、3049ヤード、22TD、6INTでプロボウルに選ばれた。RBマイケル・ピットマンがチームトップの718ヤードを走り1TD、59回のレシーブで477ヤードを獲得した。プロボウルに選ばれたFBマイク・オルストットが548ヤードを走り5TD、35回のレシーブで242ヤード、2TDをあげた。WRキーショーン・ジョンソンはチームトップの76回のレシーブで1088ヤード、5TD、キーナン・マカーデルは61回のレシーブで670ヤード、6TDをあげた。

ディフェンスはNFLトップで[1]、トータルディフェンスで1試合あたり252.8ヤード、パスディフェンスで1試合あたり155.6ヤード、平均12.3失点、許したTDパス10回、31インターセプト、相手QBのQBレイティングはわずか48.4であった。

ブルックス、リンチ、サップ、シミオン・ライスがプロボウルに選ばれた。ブルックスはチームトップの87タックルをあげるとともに、5インターセプト、2インターセプトリターンTD、1ファンブルリカバーTD、サップからのラテラルパスを受けたTDと4TDをあげた。ラインバッカーが1シーズンに4TDをあげたのはNFL史上初めてであった。ディフェンスはレギュラーシーズンとプレーオフで合計9TDをあげた。ライスはチームトップの15.5サック、サップは7.5サック、2インターセプト、CBブライアン・ケリーはチームトップの8インターセプトをあげた。

グルーデンが退団したレイダース[編集]

グルーデンを失い、1998年からオフェンスコーディネーターを務めていたビル・キャラハンがヘッドコーチとなったレイダースは[4]、AFCトップの11勝5敗でシーズンを終えた。パスオフェンスはNFLトップの4689ヤード、トータルオフェンスはNFL2位の6451ヤードを獲得した。

ギャノンは、パス618回中418回成功、4689ヤード、26TD、10INTの成績でシーズンMVP[1]、プロボウルに選ばれた。418回のパス成功、パス獲得300ヤード以上の試合が10試合は、NFL記録であった。ギャノンはランでも50回走って156ヤード、3TDをあげた。18年目のベテランジェリー・ライスは92回のレシーブで1211ヤード、7TDをあげて13回目のプロボウルに選ばれた。また15年目のベテランWRティム・ブラウンは81回のレシーブで930ヤード、2TDをあげた。若手WRジェリー・ポーターは51回のレシーブで688ヤード、9TD、RBチャーリー・ガーナーはチームトップの962ヤード、7TDをあげるとともにNFLのランニングバックトップの91回のレシーブで941ヤードを獲得、4TDをあげた。RBタイロン・ウィートリーは419ヤードを走った。ザック・クロケットはブロッカーとして活躍するとともに、8TDをあげた。オフェンスラインからは、リンカーン・ケネディ、バレット・ロビンズの2人がプロボウルに選ばれた。

レイダースのディフェンスは弱点であり、パスディフェンスはNFL25位、トータルディフェンスは12位であった。その中、ベテランSロッド・ウッドソンがNFLトップの8インターセプト、2TD、ロッド・コールマンがチームトップの11サックをあげた。LBビル・ロマノウスキーは、サンフランシスコ・フォーティナイナーズで2回、デンバー・ブロンコスで2回スーパーボウル優勝を果たしており、5度目のスーパーボウル出場となった。ディフェンシブバックのトリー・ジェームズは、4インターセプトをあげた。

プレーオフ[編集]

バッカニアーズは、サンフランシスコ・フォーティナイナーズを31-6、は極寒のフィラデルフィアベテランズ・スタジアムで行われたNFCチャンピオンシップゲームでは、フィラデルフィア・イーグルスを27-10で破り、チーム初のカンファレンス優勝とスーパーボウル進出を決めた[5]。レイダースは、ニューヨーク・ジェッツを30-10[6]テネシー・タイタンズを41-24で破りスーパーボウルに進出した[7]

試合開始前の話題[編集]

レイダースが19年ぶりに優勝するかどうか注目が集まった。メディアの多くが注目したのは、グルーデンについてであった[8]。NFLコミッショナーのポール・タグリアブーはヘッドコーチをトレードすることを今後禁じる声明を発表した[9]

レイダースの先発Cバレット・ロビンズはうつ病となり、チームを離脱[10]、かつてプロボウルに選ばれたこともあるアダム・トリューが代役を務めた[11]

テレビ放映とエンターテインメント[編集]

ABCが全米中継を行った。30秒間のCM枠は200万ドルで販売された[8]

試合開始前、"Santana and Friends"と呼ばれたイベントが行われ、カルロス・サンタナの演奏でビヨンセミシェル・ブランチがフィールドで歌った[12]。ABCは、そのイベントに先立って駐車場で行われたテールゲートパーティでのボニー・レイットグー・グー・ドールズマイケル・ブーブレによるイベントを放送した[13]。前年の第36回スーパーボウルニューイングランド・ペイトリオッツが見せたように、その年のシーズンのハイライトが放送される中、両チームの選手は入場した。この年以降のスーパーボウルはこの慣習で行われている。

セリーヌ・ディオンゴッド・ブレス・アメリカを歌い、ディクシー・チックスアメリカ国歌斉唱を行った。アメリカ海軍F/A-18E/F スーパーホーネットが会場上空を飛ぶパフォーマンスを見せた[12]

第7回スーパーボウルから30年となったこの大会では、シーズン無敗でスーパーボウルを制した1972年マイアミ・ドルフィンズのメンバー、ドン・シュラボブ・グリーシー、ラリー・ゾンカ、ラリー・リトル、ジム・ランガー、ニック・ブオニコンティ、ポール・ウォーフィールドがコイントスに参加した[12]

ゲーム中、「Terry Tate: Office Linebacker」、リーボックバドワイザーなどのCMが放送された。

AT&Tモビリティのスポンサーで行われたハーフタイムショーでは、シャナイア・トゥエインノー・ダウトスティングが登場した[14]

トゥウェインは、Man! I Feel Like a Woman!、アップを歌った。ノー・ダウトは、ジャスト・ア・ガールを歌った。

スティングは、孤独のメッセージを歌ったが、途中からグウェン・ステファニーが加わった。

NBCは、ハーフタイムショーに合わせて、ジミー・ファロンティナ・フェイ出演のサタデー・ナイト・ライブからWeekend Updateのコーナーをぶつけた。

試合経過[編集]

キックオフの際の気温は華氏82度であり、第7回スーパーボウルの華氏84度に続く、2番目に高い気温で試合は始まった[1]

第1Q、3プレー目でブラッド・ジョンソンのパスをチャールズ・ウッドソンがインターセプトして敵陣36ヤード地点まで12ヤードリターンし、TDのチャンスを得た。しかし6プレー後、第3ダウンでギャノンをシミオン・ライスがサックしたため、レイダースはセバスチャン・ジャニカウスキーが40ヤードのFGを成功、3-0と先制した[1]

バッカニアーズはキックオフでアーロン・ステッカーが27ヤードをリターンしたが、自陣29ヤード地点でボールをファンブル、いったんはレイダースのエリック・ジョンソンがリカバーしたと判定されたが、インスタントリプレーの結果、ステッカーの両ひざが地面についてヒットされるまで、ボールが確保されていると判断され判定は覆り、バッカニアーズの攻撃となった。

ジョンソンは最初のプレーでジョー・ジャーヴィシャスに11ヤードのパスを通した。2回のパス不成功の後、第3ダウンで、ジャーヴィシャスへの23ヤードのパスで敵陣37ヤード地点まで前進、さらにRBピットマンの23ヤードのランで敵陣13ヤードまで攻め込んだ。しかし続く3プレーでパス不成功2回、ランで1ヤードの前進にとどまり、マーティン・グラマティカの31ヤードのFGで3-3の同点となった。

第1Q終盤、レイダースは、ダリエン・ゴードンの17ヤードのパントリターンで自陣49ヤードからの攻撃権を獲得、ガーナーへの8ヤードのパスで、敵陣43ヤードまで前進したが、第3ダウンにTEジョン・ジョリーを狙ったパスをデクスター・ジャクソンが自陣40ヤード地点でインターセプトして9ヤードリターンした。9プレー後にグラマティカがこの日2本目となる43ヤードのFGを成功し、6-3とバッカニアーズは逆転した[1]

続くレイダースの攻撃でもジャクソンはパスをインターセプトし、敵陣45ヤード地点まで25ヤードをリターンした。前半で2インターセプトをあげたのは、スーパーボウル史上ジャクソンが初めてであった。バッカニアーズは、このチャンスをものにできず、パントとなったが、トム・テュパの素晴らしいパントで、レイダースは自陣11ヤード地点からの攻撃となった。レイダースは3回の攻撃で前進できず、1ヤードロスしシェーン・レクラーがパントを蹴った。これをカール・ウィリアムズが25ヤードリターンし、バッカニアーズは敵陣27ヤード地点からの攻撃権を得た。ピットマンの6ヤード、19ヤードのランの後、第2Q残り6分28秒にマイク・オルストットの2ヤードのTDランでバッカニアーズは、13-3とリードを広げた[1]。バッカニアーズは前半残り30秒にマカーデルへの5ヤードのTDパスで20-3とリードして前半を折り返した[1]

センターのバレット・ロビンズを欠いたオフェンスラインは、バッカニアーズのディフェンスのプレッシャーからギャノンを守れず、前半だけでギャノンは3サックされ、パス17回中7回成功、56ヤード、2インターセプトに終わった[1]

第3Qもバッカニアーズが試合を支配し、レイダースの最初の攻撃はパントとなり、バッカニアーズは続く攻撃で7分52秒をかけて14プレー、89ヤードのTDドライブを完成、最後はジョンソンからマカーデルへの8ヤードのTDパスで27-3とした[1]。続くレイダースの攻撃では2プレー目に、ドワイト・スミスが44ヤードのインターセプトリターンTDをあげて、バッカニアーズは34-3とレイダースを突き放した[1]

その後、レイダースはポーターへの39ヤードのTDパスを成功させたが、2ポイントコンバージョンは失敗し、34-9となった。レイダースは続くバッカニアーズの攻撃をパントに追い込むと、テュパのパントをティム・ジョンソンがブロック、エリック・ジョンソンが13ヤードのリターンTDをあげた。2ポイントコンバージョンは再度失敗し、34-15となった[1]

バッカニアーズは、ピットマンの24ヤードのランなどで、敵陣9ヤードまで攻め込んだが、27ヤードのFGを狙ったプレーでテュパがスナップをファンブルし、無得点に終わった[1]。残り6分6秒に、ギャノンはライスへの48ヤードのTDパスを成功、34-21とレイダースは13点差まで迫った。2ポイントコンバージョンは、ポーターの足がアウト・オブ・バーンズとなり、失敗に終わった[1]

バッカニアーズはラン攻撃で時間を消費した。レイダース陣29ヤード地点からの第3ダウン残り18ヤードのプレーでブルックスがギャノンのパスをインターセプト、44ヤードのリターンTDをあげて、試合時間残り1分18秒で41-21となった。さらに残り2秒にドワイト・スミスが50ヤードのインターセプトリターンTDをあげて48-21となった[1]。続くキックオフでは、レイダースのDTクリス・クーパーがボールをリターン、ジャック・ゴールデンがタックルしたところで試合は終わった。

レイダースの敗戦後、イーストオークランドでは暴動が起き、少なくとも12台の車が放火され、400人の警官が出動した[15]

多くのスポーツファンやスポーツライターは、グルーデンがレイダースを知り尽くしていたことが、バッカニアーズの主な勝因と考えた。ディフェンシブバックのリンチは、試合中チームメートにレイダースのオフェンスプレーは、グルーデンが話したとおりだと語っている[16]。バッカニアーズは、トータルオフェンスで365ヤード対269ヤード、ランオフェンスで150ヤード対19ヤード、ファーストダウン獲得回数で24対11、オフェンスプレー回数で76対60、ターンオーバー奪取で5対1とレイダースを圧倒した。

バッカニアーズは、スーパーボウル史上初めてディフェンスが3TDをあげた[17]。グルーデンは史上最年少の39歳でスーパーボウルを制覇したヘッドコーチとなった[17]。これまでの大会でもディフェンスが複数TDをあげたのは、第27回スーパーボウルでのダラス・カウボーイズのみであった。

ブラッド・ジョンソンはパス34回中18回成功、215ヤード、2TD、1インターセプト、10ヤードを走った。ピットマンはこの試合トップの120ヤードを走った。オルストットは15ヤードを走り、1TD、5回のレシーブで43ヤードを獲得した。キーショーン・ジョンソンは、6回のレシーブで69ヤード、セイフティのデクスター・ジャクソンと、ニッケルバックのドワイト・スミスの2人がそれぞれ2インターセプトをあげた[17]

ギャノンはパス44回中24回成功、272ヤード、2TD、スーパーボウル史上ワースト記録となる5インターセプトを喫した[17]。レイダースのリーディングラッシャーは、ガーナーでわずか10ヤード、7回のレシーブで51ヤードを獲得した。ライスは5回のレシーブで77ヤード、1TD、2つの異なるチームでTDをあげた最初の選手となった(後にリッキー・プロール、ムーシン・ムハマドがこの記録に並んだ)。ティム・ブラウンはわずか1回のレシーブで9ヤード獲得に終わった[17]。マーカス・ナイトは、第29回スーパーボウルサンディエゴ・チャージャーズのアンドレ・コールマンが作った記録に並ぶ8回のキックオフリターンで[18]143ヤードをリターンした。ビル・ロマノウスキーは、元チームメートのチャールズ・ヘイリーに並ぶ5個目のスーパーボウルリングを手に入れることができなかった[19]

両チームが後半あげた46点はスーパーボウル記録、両チームの合計得点69得点は、第27回スーパーボウルに並ぶ歴代2位の記録となった[20]

その後[編集]

2003年、バッカニアーズは7勝9敗、レイダースは4勝12敗に終わり、両チームはプレーオフを逃した。2004年、バッカニアーズは5勝11敗に終わった。スーパーボウル優勝後、2年連続負け越ししたのは、バッカニアーズが初めてであった。レイダースは2003年から2008年まで11敗以上し、キャラハンを含めて4人のヘッドコーチが解任された[2]

2014年終了時点で、バッカニアーズはこの試合以後、プレーオフで未勝利、レイダースはプレーオフに出場できずにいる。

2013年、元レイダースのWRティム・ブラウン、ジェリー・ライスが、ビル・キャラハンヘッドコーチがスーパーボウル直前にラン中心のゲームプランからパス中心のゲームプランを変更したことがチームの敗退につながったと批判した。これについて、ニューヨーク・ジェッツのヘッドコーチ時代、キャラハンがアシスタントコーチを務めたこともあるエリック・マンジーニは馬鹿げた考えであると否定している[10]。またリッチ・ギャノンやビル・ロマノウスキーもキャラハンを支持するコメントを出した[21]

スターティングラインアップ[編集]

トーナメント表[編集]

                                   
1月5日
ハインツ・フィールド
  1月11日
ザ・コロシアム
         
 6  ブラウンズ  33
 3  スティーラーズ  31
 3  スティーラーズ  36     1月19日
ネットワーク・アソシエーション・コロシアム
 2  タイタンズ  34*  
AFC
1月4日
ジャイアンツ・スタジアム
 2  タイタンズ  24
1月12日
ネットワーク・アソシエーション・コロシアム
   1  レイダース  41  
 5  コルツ  0 AFC チャンピオンシップ
 4  ジェッツ  10
 4  ジェッツ  41   1月26日
クアルコム・スタジアム
 1  レイダース  30  
ワイルドカード・プレーオフ  
ディビジョナル・プレーオフ
1月5日
キャンドルスティック・パーク
 A1  レイダース  21
1月12日
レイモンド・ジェームス・スタジアム
   N2  バッカニアーズ  48
 5  ジャイアンツ  38 第37回スーパーボウル
 4  49ers  6
 4  49ers  39     1月19日
ベテランズ・スタジアム
 2  バッカニアーズ  31  
NFC
1月4日
ランボー・フィールド
 2  バッカニアーズ  27
1月11日
ベテランズ・スタジアム
   1  イーグルス  10  
 6  ファルコンズ  27 NFC チャンピオンシップ
 6  ファルコンズ  6
 3  パッカーズ  7  
 1  イーグルス  20  
  • 対戦カード及びスタジアムはシード順で決定され、そのラウンドに登場する最上位チームが最下位チームとホームで対戦、残った2チームが上位チームのホームで対戦する(つまり、ワイルドカードプレーオフの第3シード対第6シードの結果によって、ディヴィジョナルプレーオフの対戦カードが決まる)。
  • スーパーボウル開催地は事前にオーナー会議で決定。
  • チーム名の左の数字は、2002年レギュラーシーズンの結果に基づいて決定されたシード順。
  • * 延長戦決着
  • 日付はアメリカ東部時間

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o Bucs stop here — with a Super Bowl title”. USAトゥデイ (2003年1月26日). 2015年2月8日閲覧。
  2. ^ a b David White (2009年12月28日). “Gruden's revenge on Raiders”. サンフランシスコ・クロニクル. 2015年2月8日閲覧。
  3. ^ Buccaneers get their first shot at the NFL treasure”. smh.com.au (2003年1月21日). 2015年2月8日閲覧。
  4. ^ 第37回スーパーボウル、レイダース監督がわざと負けた?”. アメフトNewsJapan (2013年1月22日). 2015年2月8日閲覧。
  5. ^ Aaron Schatz (2005年). “Best in playoffs? Da Bears”. ESPN. 2015年1月25日閲覧。
  6. ^ Gannon leads Raiders in rout of Jets”. ESPN (2003年1月12日). 2015年2月8日閲覧。
  7. ^ John Clayton (2003年1月19日). “Raiders pass their way to San Diego”. ESPN. 2015年2月8日閲覧。
  8. ^ a b Rudy Martzke (2003年1月27日). “'Gruden Bowl' keeps fans glued to TVs”. USAトゥデイ. 2015年2月8日閲覧。
  9. ^ Rick Stroud (2003年1月17日). “NFL nixes draft picks for coaches”. セントピーターズバーグ・タイムズ. 2015年2月8日閲覧。
  10. ^ a b 殿堂入りWRライス氏、かつての指揮官キャラハン氏を批判”. NFL JAPAN (2013年1月23日). 2013年2月2日閲覧。
  11. ^ Bill Michael Cunningham (2003年1月27日). “Treu Gets The Call In Robbins' Absence”. サン・センティネル. 2015年2月8日閲覧。
  12. ^ a b c Fred Mitchell (2013年1月27日). “In their fashion, Bucs fans laugh”. シカゴ・トリビューン. 2015年2月8日閲覧。
  13. ^ Highlights of ABC's pre- and postgame shows”. ABCスポーツ (2013年4月18日). 2015年2月8日閲覧。
  14. ^ Gina Vivinetto (2013年1月27日). “Superstars belt out favorites, or lip synch them”. セントピーターズバーグ・タイムズ. 2015年2月8日閲覧。
  15. ^ RAIDER RAGE Oakland police no match for street mayhem”. サンフランシスコ・クロニクル (2003年1月27日). 2015年2月8日閲覧。
  16. ^ Dan Pompei (2003年1月27日). “Best-laid plans: How the Bucs prepared to be champions”. スポーティング・ニューズ. 2015年2月8日閲覧。
  17. ^ a b c d e Rich Cimini. “Super Bowl XXXVII: Buccaneers defense stomps Raiders in 48-21 rout”. デイリーニューズ. 2015年3月21日閲覧。
  18. ^ Most Kickoff Returns, Game”. nfl.com. 2015年3月21日閲覧。
  19. ^ Richard Weiner (2003年1月27日). “Typical Raider: Romanowski revived in Oakland”. USAトゥデイ. 2015年3月21日閲覧。
  20. ^ Dan Fitch (2010年12月23日). “The 5 highest scoring Super Bowls of all time”. betting.betfair.com. 2015年3月21日閲覧。
  21. ^ ビル・キャラハンが反論、ティム・ブラウンが弁明”. アメフトNewsJapan (2013年1月23日). 2015年2月8日閲覧。