筑豊御三家

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筑豊御三家(ちくほうごさんけ)は、福岡県中部の筑豊地方に地盤を置く地方財閥麻生・貝島・安川のこと。それぞれ麻生太吉貝島太助安川敬一郎が創始者。

出身の違い[1]はあれど、三者とも埋蔵されていた明治初年の筑豊炭田採掘から身を起こし、それで蓄えた財産を元手に政界への進出や他の産業への経営・投資を行ったことで共通している。また、地方の名家や政界有力者との知遇を得たり、時には縁戚関係を結ぶ[2]ことで自らの事業の一助とした点も同様である。

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  1. ^ 麻生太吉は庄屋・安川敬一郎は下級武士・貝島太助は貧農から炭鉱夫を経て実業界に身を投じた。
  2. ^ 安川は主家の黒田家を背景とし、貝島は政治家井上馨を顧問格として迎えた上で、息子太市の妻を鮎川義介日産コンツェルン創始者)の妹に迎えたことから鮎川と縁戚関係にあった。また麻生の孫太賀吉吉田茂の婿となり、その息子が太郎である。