築地市場移転問題

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完成した豊洲市場の建物

築地市場移転問題は、築地市場の機能を江東区豊洲豊洲市場に移転するにあたって発生した諸問題のことである。豊洲問題などと報じられることもある[1][2]。また土壌汚染の原因となった東京瓦斯豊洲工場についても解説する。

概要[編集]

築地市場は1935年(昭和10年)に開場して以降、戦後の取引量増大や輸送形態の転換で次第に手狭となっており、都は1970年代から移転を検討し始めるが、市場関係者の反対により実現せずにいた[3]1991年(平成3年)には移転しない前提での改修事業が開始されたが、費用と工期が莫大なものになることが判明したことで市場関係者も移転賛成に転じ、2001年(平成13年)に江東区豊洲への移転が決定した[3][4][5]

移転先は東京ガスの工場跡地であり、都と東京ガスによる譲渡交渉の中で万全な土壌汚染対策を要することが確認されていたが[6]、都は2009年(平成21年)、これに対して専門家会議に基づき「浄化した土壌の上に盛り土を行う」という方式でこれを行うこととした[7][8][9]。また、移転費用は市場会計と築地市場の土地売却で賄い、税金一般会計)を使わずに行えるとされたが[10]、跡地の用途は2016年(平成28年)時点で後述の環二通り以外特に確定していなかった[11]

一方、築地市場は従来の業務集積地と開発が進む湾岸地帯の間に位置しており、築地市場の至近を経由してこれらを結ぶ晴海通りは恒常的に混雑していた[12]。東京都は市場改修事業中の1993年(平成5年)に東京都市計画道路環状第二号線(現在の外堀通り環二通り)の計画を、汐留から有明の区間を地下トンネルを用いて延伸するよう変更し、晴海通りの混雑解消や湾岸地域の更なる活性化を目指した[13][注 1]。移転決定から6年後の2007年(平成19年)には汐留~有明を高架道路とする計画に変更され、環二通りは築地市場跡地の地上を経由することが確定する[13][注 2]。更に2013年(平成25年)9月には2020年オリンピックパラリンピック東京で開催することが決定し、沿線の晴海や有明に関連施設を設けることとなった[14]。これにより環二通りは開催期間中の選手輸送も担うこととなる[13]

築地市場の移転先となる豊洲市場の全施設は2016年5月に完成し、同年11月10日の完全移転・開業を予定していたが、同年8月31日に都知事小池百合子が「土壌汚染対策に不安が残る」として開場の延期を宣言[15]。更に同年9月11日、都議会共産党によって敷地の一部で盛り土が行われていなかったことが判明した[16]。実際はコンクリート壁に囲まれた床のない空洞になっており、有害物質を含む地下水が貯まっていた[9]。都による調査の結果、この構造物は土壌汚染対策作業を行うためのモニタリング空間であり、2010年(平成22年)~2011年(平成23年)にかけて設計書に盛り込まれたことが判明した[9][注 3]

これにより当時の都知事である石原慎太郎を含め関係したとされる人物への聴取が行われ、処分も実施された[9]。なお、聴取の過程で、当時市場長を務めていた比留間英人東京メトロ副会長は、当時の石原知事から、地下にコンクリートの箱を埋める案について、検討を指示されたと証言した。一方、石原元知事は、「専門委員から聞いて、私が逆にこんな話があると言った」との説明を行った[17][18]

その後、小池百合子は2017年(平成29年)6月20日に「一度豊洲に移転し、5年後再び築地に戻す」としたが[15]、同年12月20日には「2018年(平成30年)11月10日に移転し、築地市場は解体する」と改めた[19]。また、これらと並行して追加対策工事の計画も進行し、空洞内の床設置や地下水管理システムの強化、換気機能の追加などを行う工事が2017年12月18日より開始された[20]

しかし、延期決定から築地市場解体決定までに1年4ヶ月弱を要し、その間に小池百合子が度々姿勢を転換させたため、市場関係者以外にも混乱を招き、移転が決定してもなお以下のような影響を残すこととなった。

  • 築地市場跡地を利用して建設される予定だった環二通りを五輪開幕までに開通させることが不可能となり、五輪・パラ関連輸送は従来の道路(晴海通り・有明通りなど)を使用することとなった。これにより五輪・パラ期間中に激しい交通渋滞が起こるおそれが指摘されている[21]
  • 移転延期後、豊洲への移転準備を終えていた築地市場従事者に対する補償を行うこととなったが、都が豊洲市場の整備に一般会計から拠出しない方針を示していたため、補償も市場会計から行うこととなった。しかし市場会計は東京都全11市場から積み立てられたものであるため、築地従事者でも移転しない者や、他市場従事者などとの不公平性が指摘されている[22]
  • 豊洲市場には観光客受け入れ施設(通称:千客万来施設)を併設する予定であったが、延期決定直後に小池百合子が築地にも同様の施設を建設することを提案したため、これとの競合を懸念した運営事業者が施設の計画を一時凍結した。都と事業者の間で協議が重ねられ、2018年には事業者から改めて継続の意思が示されたが、着工は東京五輪・パラ閉幕後と、当初の予定から大きく延期されることとなった[23]

2018年7月31日、土壌汚染対策の追加工事が完了し、「将来リスクを踏まえた安全性が確保された」として、小池百合子により豊洲市場の安全宣言が出された[24]

移転前史[編集]

築地市場の移転に関する議論は1970年代から本格化したが、その背景には狭い敷地と古い構造を端とする以下のような問題があり、年を追うごとに深刻化していた[25]

  • 搬出入車両や場内車両、および歩行者の動線が錯綜することによる場内事故の危険性
  • 搬入の大型トラックの入場待ちが長時間化することによる交通安全上の問題、および商品の鮮度維持の問題
  • 新たな設備を設置する場所がなく、需要の変化に対応できない
  • 屋根のみで壁がない開放型の施設が多く、商品が風雨にさらされたり温度管理が不十分なまま仮置きされる

市場移転決定まで[編集]

1935年(昭和10年)に開場した築地市場は、鉄道による搬出入を前提とした構造(東京市場駅)を有していたが、戦後の取引量増大や自動車輸送への転換により、次第に実態にそぐわないものとなり、手狭となる。これに伴い、1950年代後半(昭和30年代)から仲卸売場の増設や屋上駐車場などといった施設の整備が行われ、同時に大井に大規模市場を建設する構想も上がった。1972年(昭和47年)、都は「第一次東京都卸売市場整備計画(以下、第x次計画)」の中で、既設市場の機能分散を目的として大井に市場を建設する旨を表明する。またその後の1977年(昭和52年)の第2次計画、1982年(昭和57年)の第3次計画にも同様の言及があり、都は大井市場建設による築地市場の過密解消を強く推進したが、水産業界は第3次計画策定と前後して行われた都の調査に対して「移転反対」との統一見解を出し、1985年(昭和60年)には築地本願寺で大井市場への機能分散に反対する総決起集会が開かれるまでに至った[注 4]

1986年(昭和61年)、都は東京都首脳部会議で「築地市場は移転せず現在地で再整備を行う」旨を決定し、これと前後して「築地市場再整備協議会(以下、協議会)[注 5]」が設置された。1988年(昭和63年)に策定された「築地市場再整備基本計画」では、再整備後の築地市場は水産部が1階、青果部が2階、駐車場は屋上という立体的構造になることが発表され、翌々年には工期14年、総工費2380億円との試算が出された。1991年(平成3年)の第5次計画でも改めて再整備について言及し、同時に仮設駐車場や仮設卸売市場などの建設工事が開始されたが、工事開始後から工期の遅れや整備費の増加(再試算で3400億円とされた)、および機器の移動や貨物の保管場所に関する場内業者との調整が難航するなどといった問題が顕在化し、都は基本計画の見直しを行わざるをえなくなる。

この結果、1996年(平成8年)の第6次計画では各部の施設を階層別配置ではなく平面配置として再計画することが提示されたが、工事が長期化するなどの懸念が上がり、業界6団体連盟は1998年(平成10年)、都に移転の可能性について調査・検討するよう求めた。しかし業界でも移転派と再整備派で分かれており[注 6]、協議会はひとまず従来通りの再整備案を中心に協議を行う。1999年(平成11年)に行われた協議では、再整備案について以下のような問題点が浮き彫りとなった。

  • 営業を継続しながら少ない工事用地で再整備を完了させるには20年以上が必要で、費用の更なる増大が予想される
  • 工事による場内の混雑や動線の制約などで顧客離れが起き、営業にも深刻な影響が出る
  • 工事が完了しても施設規模は従来施設を若干上回るだけで、積弊の根本的解決は果たせない

築地市場は従来の業務集積地である銀座新橋から2キロ弱という立地、また戦前から稼働してきた伝統と歴史という点では大きな利があるが、その面積では将来的にも時代の変遷や流通の変化に対応できないとされ、同年中に業界と都の間で移転整備へ方向転換すべきことが確認された。2001年(平成13年)の第7次計画でも、豊洲への移転が明記された[3]。豊洲とされたのは、用地確保や立地の面で市場に適していると判断されたためである[6]

(以上、年表は東京都の築地市場移転決定に至る経緯を参照のこと)

1997年から2014年まで東京都知事であった石原慎太郎は「築地は古くて清潔でない。都民や消費者の利益を考えれば、市場を維持するわけにはいかない。ほかに適地はない」と述べており、また石原が2007年の都知事選挙に於いて三選された後の記者会見を行った際も「築地市場には大量のアスベストが存在しており移転は必要である」と発言している[26]

豊洲用地の確保[編集]

豊洲1954年(昭和29年)の造成当初から大部分が工業用地として用いられていたが、1980年代以降はそれらの移転に伴って未利用地が多くなり、1990年(平成2年)から東京都は「豊洲・晴海開発整備計画」を策定し、都と江東区の他、土地を保有する東京ガスIHIなどの各企業によって住居や商業施設を中心とする街作りが進められていた[27][28]。東京都は築地市場の移転がほぼ確定した1999年11月、これら開発地域のうち旧豊洲埠頭頭端部の土地(以下、豊洲用地)について、保有者である東京ガスに市場用地として譲渡してもらうよう打診を始めた[6]。移転先を豊洲としたのは、「必要な面積(40ヘクタール)が確保できる」「大消費地に近く交通の便も良好である」「築地市場の商圏から極端に離れていない」という条件が揃っていたためで[29]、その中でも頭端部としたのは、従来の再開発計画との調和を図り、新しくできる豊洲の市街地を他地域から遠ざけないためであった[6]

この豊洲用地は1956年(昭和31年)から1988年まで東京ガスのガス製造工場施設があり、ガスの精製・貯蔵・供給を行っていた[30][注 7]。東京ガスはこの工場閉鎖後、先述の整備計画に則って独自の開発計画を進めており、また工場操業由来の土壌汚染があることも認識していたことから、これに向けて1998年から1999年にかけて独自の土壌汚染調査・対策工事も行っていた。都から打診を受けた東京ガスはこれらの事実を伝え、埠頭の根本にある都有地を市場用地として利用するよう返答したが、前述の理由から都は再度説得し、東京ガスは2001年(平成13年)7月、譲渡要請に応じた[6][31]

この翌月、都は江東区に市場移転の旨を正式に申し入れ、江東区も翌年から翌々年にかけ新市場に関する各計画に合意した[31]。この際、江東区は市場受入の条件として、都に「土壌汚染対策」「地下鉄8号線の延伸を含む交通対策」「賑わい施設の整備」の履行を求めた[32]。また、2006年(平成18年)に豊洲用地付近に延伸開業したゆりかもめの駅名も「市場前駅」となった[31]

土壌問題と移転着手[編集]

豊洲の土壌汚染
工事が中断した環状二号線の築地大橋(築地市場内から撮影)

移転先の場所は、かつて東京ガスのガス製造・貯蔵施設である「東京瓦斯豊洲工場」があり、それによる土壌汚染が判明している。

東京ガスの上原英治会長は、土壌調査の結果汚染があることを、福永正通東京都副知事から築地移転の話が来たときから東京都庁側に説明しており、都庁は承知していたと、百条委員会で証言している。また、石原慎太郎東京都知事とも、一橋大学OB会の如水会で豊洲移転について話をしている[33][34]

なお、この汚染ため、東京都議会においては当時の民主党などが反対していた。

東京都は、汚染された土を掘り出し浄化処理して埋め戻したことから問題はないとして移転計画を推進したが、一方で汚染を危惧する声もあがっていた。これを裏付けるように、都が2007年(平成19年)10月6日に発表した調査結果で地下水はベンゼンシアン化合物ヒ素が環境基準を、土壌はベンゼン、シアン化合物、ヒ素が環境基準を上回る汚染が明らかになった[35]

築地の土壌汚染

築地市場においても、大日本帝国海軍毒ガス化学兵器の研究を行う「技術研究所研究部化学兵器研究室」が設けられていた時期があったことや[36]、地下には第五福竜丸によって水揚げされた、ビキニ環礁水爆被爆したマグロ(当時「原爆マグロ」と呼ばれた)が埋められており、土壌汚染の処理の必要があった。ただし、それによる汚染を客観的に数値化した資料は存在していなかった [37]

都議会民主党による移転反対と移転決定

2009年(平成21年)7月の東京都議会選挙の結果、移転賛成派の自由民主党に代わって反対派の民主党が都議会第一党となり、移転へのハードルが上がった。同年9月には赤松広隆農林水産大臣が築地市場を訪れ、安全性が担保されない限り、卸売市場法に基づく許認可を出さない方針を表明している。民主党は豊洲移転に替わる案として、晴海地区を利用し、現在の築地市場を再整備する案を表明している。この案には民主党の他に日本共産党も賛成しており、豊洲移転推進派の自由民主党と公明党は反対している[38]

しかし、その後都議会民主党は、都が関係者と合意したことで移転賛成に転じた。2012年(平成24年)3月29日の都議会では、市場移転費用を含む新年度予算案が賛成多数で可決し、移転はほぼ確実になった。その後も工事と同時並行で協議は進み、2014年(平成26年)12月17日の新市場建設協議会において、2016年(平成28年)11月7日に豊洲市場を開場する方向で正式に決定した。

移転延期[編集]

2016年

2016年(平成28年)8月に舛添要一都知事に代わって就任した小池百合子都知事は、8月31日に豊洲市場の同年11月7日の開場を延期すると共に、築地市場の解体工事も延期すると発表した[39]

同年9月に、豊洲市場における土壌汚染対策等に関する専門家会議が設置され、座長に平田健正(元和歌山大学副学長)が、委員に駒井武(東北大学工学部教授)、内山巖雄(医師京都大学名誉教授)が、オブザーバーに小島敏郎(弁護士、元環境省地球環境審議官)が、それぞれ就任した[40]

2017年

2017年(平成29年)3月19日、同会議は豊洲市場につき、科学的、法的に安全であるとの評価を行った[41]

2017年東京都議会議員選挙が迫る同年6月20日には、小池都知事が豊洲移転・築地再開発の方針を示した。同年7月2日に投開票された都議選では小池支持勢力である都民ファーストの会が大勝し、政策への信任が得られた形となった。

鈴木五十三弁護士が座長を務める築地市場移転問題補償検討委員会で、移転延期に伴う業者の損失補償の補償範囲や額について検討を行われていたが[42][43]、4月、豊洲市場への移転延期に伴う補償審査委員会において9億円の補償が行われることが決定した[44]

9月5日、都議会の臨時会において豊洲移転の経費・築地開発の調査費を盛り込んだ補正予算案が都民ファーストの会や自民党などの賛成多数により可決。

移転後の築地再開発[編集]

石原都政時代

移転後の築地市場跡地の活用方法としては、当初2016年東京オリンピックのメディアセンターとする構想を明らかにしていた[45]が、2008年(平成20年)10月31日の定例記者会見で石原都知事はこれを断念し、東京ビッグサイトにメディアセンターを設置する方針を表明した(なお2016年東京オリンピックは落選し、2020年に開催される)。石原都知事は2006年(平成18年)9月8日の定例記者会見において築地市場跡地に「NHKが移転する」と発言し波紋を広げたが、NHKは「そんな計画はあったようななかったような」と否定している[46]

小池都政時代

2017年東京都議会議員選挙に先立ち、環状2号線エリアを先行整備し、2020年オリンピック期間中は跡地を輸送拠点として暫定整備する方針、および大会終了後に築地の再開発を行う方針を発表した。2018年度中に街づくりの方針を策定し、その後埋蔵物調査、土壌汚染調査、設計などを行うとしている。

東京瓦斯豊洲工場[編集]

東京瓦斯豊洲工場は、日本最大級の都市ガス製造プラントとして、1950年から70年代にかけてフル稼働し、東京のガス需要を支えていた。そのガス工場では石炭ガスを製造するために石炭やコークス置き場が設置されていた。その上ガス製造において排出された有害物質(二酸化炭素など)は煙突で空中放出されていた。さらに工場創設期、有害物質を地面に埋めていたという事実もわかっている。現在も環境基準値を大幅に上回る有害物質が土壌から発見されている。

歴史

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 環状二号線の計画は1946年(昭和21年)から存在していたが、当初は神田佐久間町から四谷を経由して新橋までの計画であり、外堀通りとして大部分が既に完成していた。この時に延伸が決定した新橋~有明の区間は、晴海通りの南側を並行するルートを取る。
  2. ^ その後2010年(平成22年)にも計画の変更が行われ、最終的に虎ノ門~汐留~築地を地下トンネルで、築地~有明を高架道路で開通させる計画となった。地下トンネル部のうち虎ノ門~汐留は2014年に開通した。また、虎ノ門~汐留の地下トンネル部は従来の外堀通りの南側を並行する。
  3. ^ 地下モニタリング施設はガス工場の跡地であるという特性上必要なものだが、盛り土を行うことが市場開場の条件である最中、施設の必要性や計画を外部に説明せずに施工したことが問題となった。
  4. ^ 大井に市場を建設する計画自体は継続され、1989年に大田市場として開場する。また、当時における「大井」は品川区南東部の広域地名であり、その後の埋立の進展で町名変更や住居表示が行われた結果、実際の大田市場の所在地は大田区東海である。
  5. ^ 1991年(平成3年)、「築地市場再整備推進委員会」に名称変更される。
  6. ^ 全6団体で、移転推進は水産卸、水産買参、青果、関連の4団体。再整備推進は水産仲卸、水産買出人の2団体。
  7. ^ 稼働は1976年(昭和51年)まで。

出典[編集]

  1. ^ 「豊洲市場問題」-NHK NEWS WEB
  2. ^ 小池百合子知事の両立構想に専門家「素人考え」 批判相次ぐ-産経ニュース
  3. ^ a b c 築地市場移転決定に至る経緯(東京都中央卸売市場:行政情報)
  4. ^ 豊洲市場年表|東京都中央卸売市場”. 東京都中央卸売市場. 2018年3月4日閲覧。
  5. ^ 豊洲新市場基本構想|東京都中央卸売市場”. 東京都中央卸売市場. 2018年3月4日閲覧。
  6. ^ a b c d e 豊洲新市場の土地売却の真相、東京ガスが明かす…売却前に土壌汚染を東京都へ報告”. Bizjournal. 2018年3月4日閲覧。
  7. ^ 豊洲新市場予定地の土壌汚染はどうするの?”. 東京都中央卸売市場. 2018年3月4日閲覧。
  8. ^ 豊洲市場の移転整備 疑問解消BOOK”. 東京都中央卸売市場. pp. 10-13. 2018年3月4日閲覧。
  9. ^ a b c d 「盛り土せず」8人に責任 現職副知事ら関与、東京都が11月1日に公表”. 産経新聞. 2018年3月4日閲覧。
  10. ^ 費用とスケジュールは?|東京都中央卸売市場”. 東京都中央卸売市場. 2018年3月4日閲覧。
  11. ^ 11月に豊洲移転。築地市場の広大な跡地はどうなる?”. 健美屋. 2018年3月4日閲覧。
  12. ^ 「小池知事が、頭を下げるしかない」音喜多都議が語る、豊洲市場問題の唯一の解決法”. ハフィントンポスト. 2018年3月4日閲覧。
  13. ^ a b c 東京都市計画道路環状第2号線 事業概要”. 東京都第一建設事務所閲覧。
  14. ^ オリンピック会場一覧”. 東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会. 2018年3月4日閲覧。
  15. ^ a b 築地市場の豊洲移転問題…小池都知事が基本方針発表”. 読売新聞. 2018年3月4日閲覧。
  16. ^ 豊洲市場 盛り土せず”. しんぶん赤旗. 2018年3月4日閲覧。
  17. ^ 当時の市場長「コンクリ箱案、石原氏が指示」 2016/9/16 17:00日本経済新聞 夕刊
  18. ^ 「石原元都知事「やっぱり役人にだまされてたんだ」」日刊スポーツ2016年9月18日10時3分 紙面から
  19. ^ 豊洲移転、18年10月11日に決定 東京都”. 日本経済新聞. 2018年3月4日閲覧。
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  21. ^ 選手村からの移動に環状二号線は不使用で、首都高大混雑?!特別委員会への知事招聘はあるか”. BLOGOS. 2018年3月4日閲覧。
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  48. ^ http://rief-jp.org/blog/64485

関連項目[編集]