米倉久邦

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よねくら ひさくに
米倉 久邦[1]
生誕 1942年[1]
日本の旗 日本東京都[1]
出身校 早稲田大学[1]
職業 ジャーナリスト[1]
活動期間 1968年 -
雇用者 共同通信社フリーランス日本大学
公式サイト https://ja-jp.facebook.com/hisakuni.yonekura

米倉 久邦(よねくら ひさくに、1942年 - )は、日本大学企画広報部職員[2]ジャーナリスト[1]

経歴[編集]

東京生まれ。1968年早稲田大学卒業、共同通信社に入社[1]ワシントン特派員、経済部長、ニュースセンター長、論説委員長などを歴任した[1]フリーランスジャーナリスト[3]を経て、現在日本大学企画広報部職員[2]

高校・大学時代登山に親しみ、2004年12月日本百名山を踏破した[1][4][5]日本山岳会会員、森林インストラクター、東京スキー山岳会会員[1]

2018年、日本大学フェニックスの反則タックル問題に対し、日本大学は5月23日に日大本部で会見を開いた。 米倉は日大広報として司会を務めたが、その対応は物議をかもした。 詳細は日本大学フェニックス反則タックル問題を参照。

著作[編集]

  • 『そうだ、山へ登ろう!――森林インストラクターになっちゃった』三五館、2004年9月
  • 『森のチカラ――日本の森林再生プロジェクト』三五館、2004年10月
  • 『六十歳から百名山』新潮社、2006年4月
  • 『森をゆく 「人と森のかかわり」を訪ねて』日本林業調査会、2010年6月
  • 『日本の森列伝 自然と人が織りなす物語』山と渓谷社 (ヤマケイ新書)、 2015年7月

脚注[編集]

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注釈[編集]

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j 著者ページ:米倉久邦”. 新潮社. 2018年5月24日閲覧。
  2. ^ a b 福井しほ (2018年5月24日). “内田前監督ら主役の座を奪った「上から目線」日大広報の正体  記者とのバトル一部始終 〈dot.〉” (日本語). AERA dot. (アエラドット). https://dot.asahi.com/dot/2018052400054.html 2018年5月24日閲覧。 
  3. ^ ヤマケイ新書 日本の森列伝 自然と人が織りなす物語”. 紀伊國屋書店. 2018年5月24日閲覧。
  4. ^ 『六十歳から百名山』内容紹介
  5. ^ 考える人編集部 (2012年1月4日). “特集 人は山に向かう その2 岳人の系譜・3編”. 新潮社. 2018年5月24日閲覧。