米原インターチェンジ

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米原インターチェンジ
Maihara IC.jpg
下り線出口付近
所属路線 E8 北陸自動車道
IC番号 1
料金所番号 01-535
本線標識の表記 国道21号標識国道8号標識 米原
起点からの距離 0.6 km(米原JCT起点)
米原JCT (0.6 km)
(4.0 km) 神田PA
接続する一般道 国道21号標識国道21号
供用開始日 1980年昭和55年)6月19日
通行台数 4,092台/日(2017年[1]
所在地 521-0022
滋賀県米原市樋口277-1
備考 国土開発幹線自動車道の起点は新潟中央JCT
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米原インターチェンジ(まいはらインターチェンジ)は、滋賀県米原市樋口にある北陸自動車道インターチェンジである。

概要[編集]

米原JCTのすぐ北にあるインターチェンジで、米原JCTとの間に米原本線料金所(検札所)が2007年(平成19年)5月31日まで設置されていた。

供用開始時から「まいらインターチェンジ」と呼ばれていたが、2001年6月に当時の町名である坂田郡米原町(まいらちょう)に合わせる形で「まいらインターチェンジ」に変更された[2][3]。しかし、2005年2月14日の坂田郡3町の合併で誕生した米原市(まいらし)が鉄道駅米原駅に名称を合わせたため、地名とインターチェンジの名称の間に再びずれが生じてしまった[3][2]

道路[編集]

接続道路[編集]

料金所[編集]

2019年(令和元年)7月24日時点では以下の配置である[5]

  • ブース数:4

入口[編集]

  • ブース数:2
    • ETC専用:1
      米原インターチェンジの料金所
    • ETC・一般:1

出口[編集]

  • ブース数:2
    • ETC専用:1
    • ETC・一般:1

沿革[編集]

はじめに、名神高速道路の開通時に米原町(当時)にもインターチェンジを誘致することが考えられたが、農地を存続させる目的で断念した[6]

その後、1967年(昭和42年)11月9日に北陸自動車道武生IC - 米原JCTの整備計画が決定され、滋賀県内には木之本IC長浜ICが設置されることになったが、米原町にインターチェンジを設置することは長浜ICに近すぎるため当初は計画から外れた[7]。そこで、米原町は同年に北陸縦貫高速自動車道米原町審議会設置条例を制定し、町議会に北陸自動車道米原インター対策特別委員会が設けられ、町や議会をあげてインターチェンジ設置の誘致を粘り強く請願した[7]。その結果、整備計画への追加が1971年(昭和46年)12月14日に行われた[7]

1974年(昭和49年)9月23日に滋賀県下の北陸自動車道の工事が起工され、1980年(昭和55年)4月7日に北陸自動車道敦賀IC - 米原JCTが先行して供用開始し、同年6月19日に米原ICも供用開始された[8]

周辺[編集]

[編集]

E8 北陸自動車道
(27-1)米原JCT - (1)米原IC - 神田PA - (2)長浜IC

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ 長浜市統計書 交通・通信(平成30年度) (PDF)”. 長浜市総合政策部情報政策課 (2020年5月20日). 2020年10月29日閲覧。
  2. ^ a b 佐滝剛弘『高速道路ファン手帳』中公新書ラクレ、2016年8月10日、72頁。ISBN 978-4-12-150559-0。
  3. ^ a b 川口素生『思わず人に話したくなる 関西「駅名」の謎』洋泉社、2017年3月2日、70頁。ISBN 978-4-8003-1166-5。
  4. ^ 2002 & 米原町史編さん委員会, p. 1221.
  5. ^ 05_hokuriku”. 中日本高速道路. 2019年8月15日閲覧。
  6. ^ 2002 & 米原町史編さん委員会, p. 1217.
  7. ^ a b c 2002 & 米原町史編さん委員会, p. 1220.
  8. ^ 2002 & 米原町史編さん委員会, pp. 1220-1221.

参考文献[編集]

  • 米原町史編さん委員会『米原町史通史編』米原町役場、2002年3月29日。

関連項目[編集]