紀伊長島町

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きいながしまちょう
紀伊長島町
廃止日 2005年10月11日
廃止理由 新設合併
紀伊長島町海山町紀北町
現在の自治体 紀北町
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 東海地方近畿地方
都道府県 三重県
北牟婁郡
団体コード 24541-1
面積 110.48km2.
総人口 10,505
(2004年11月1日)
隣接自治体 多気郡宮川村度会郡大紀町北牟婁郡海山町
町の木 ヒノキ
町の花 ハマユウ
町の鳥
町の魚
カンムリウミスズメ
マンボウ
紀伊長島町役場
所在地 519-3292
三重県北牟婁郡紀伊長島町長島2141
外部リンク 紀伊長島町
座標 東経136度19分38.1秒
北緯34度11分53.9秒
Map.Kiinagashima-Town.Mie.PNG
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紀伊長島町(きいながしまちょう)は、かつて三重県南部の北牟婁郡(きたむろぐん)にあった。2005年(平成17年)10月11日には海山町合併して紀北町が発足した。合併特例法で定められた地域自治区制度を導入して紀北町紀伊長島区となったが、2016年(平成28年)3月31日に廃止された。

主な産業として、黒潮の恩恵を受けて漁業が盛ん。気候は温暖で雨が多い。熊野灘レクリエーション都市開発を進めており観光立町を目指している。世界遺産熊野古道がある。毎年7月には海のねぶたと呼ばれる巨大燈籠と花火の祭典燈籠祭が開催される。

三重県内にはもうひとつ県北部にナガシマスパーランド輪中の郷で知られる桑名郡長島町(現・桑名市長島町)も存在していたことから1970年に長島町から紀伊長島町に改名された。

地理[編集]

  • 河川: 赤羽川、有久寺川、志子川、片上川、尾山川、萩原川

隣接していた自治体[編集]

歴史[編集]

  • 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により、近世以来の長島浦が単独で自治体を形成して長島村が発足。
  • 1899年(明治32年)2月21日 - 長島村が町制施行して長島町となる。
  • 1950年(昭和25年)12月15日 - 長島町が二郷村を編入。
  • 1955年(昭和30年)1月1日 - 長島町・三野瀬村が合併し、改めて長島町が発足。
  • 1955年(昭和30年)2月5日 - 長島町が赤羽村を編入。
  • 1970年(昭和45年)8月1日 - 長島町が改称して紀伊長島町となる。
  • 2005年(平成17年)10月11日 - 海山町と合併して紀北町が発足。同日紀伊長島町廃止。

行政[編集]

  • 町長:奥山始郎

広域行政[編集]

姉妹都市・提携都市[編集]

教育[編集]

高等学校[編集]

中学校[編集]

  • 紀伊長島町立赤羽中学校
  • 紀伊長島町立紀北中学校

小学校[編集]

  • 紀伊長島町立赤羽小学校
  • 紀伊長島町立海野小学校
  • 紀伊長島町立志子小学校
  • 紀伊長島町立西小学校
  • 紀伊長島町立東小学校
  • 紀伊長島町立三浦小学校

図書室[編集]

交通[編集]

鉄道[編集]

バス[編集]

一般国道[編集]

観光地・旧跡・城[編集]

電気[編集]

紀伊長島町はかつて北牟婁電気株式会社(きたむろでんき)という電気事業者が存在した[1]。同社は本社を現在の松阪市に構えていたが、小規模火力発電所(ガス機関によるガス力発電所、出力32キロワット)を長島町(当時)の山居に置き、1915年(大正4年)12月に事業を開始した[1]資本金は10万円で、社長は松阪水力電気社長の安保庸三が務めた[1]

1926年末時点における北牟婁電気の供給区域は、紀伊長島町域にあたる長島・二郷・赤羽・三野瀬の4町村と錦町(現・大紀町)であり[2]、この地域において1926年度末時点では、電灯については需要家2,783戸に対し計5,227灯を供給、電力については電動機用に60.4キロワットを供給していた[3]

北牟婁電気は、隣接する尾鷲電気などとともに1927年(昭和2年)5月15日付で三重合同電気(本社津市、後の合同電気)に合併された[4]。その後の再編を経て、1951年(昭和26年)以降紀伊長島町域は中部電力の供給区域である[5]

娯楽[編集]

かつて紀伊長島町には以下の映画館があった。1960年(昭和35年)の北牟婁郡には8館の映画館があった[注 1]

  • 三河劇場
  • 長島映画劇場
  • 大洋館
  • 中央劇場

出身者[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 1960年の映画館(東海地方)「消えた映画館の記憶」を参照した[6]

出典[編集]

  1. ^ a b c 浅野伸一「戦前三重県の火力発電事業」『シンポジウム中部の電力のあゆみ』第10回講演報告資料集 三重の電気事業史とその遺産、中部産業遺産研究会、2002年、141頁
  2. ^ 逓信省電気局(編)『電気事業要覧』第19回、電気協会、1928年、145頁、NDLJP:1076946/99
  3. ^ 『電気事業要覧』第19回、676-677・712-713頁、NDLJP:1076946/365
  4. ^ 東邦電力史編纂委員会(編) 『東邦電力史』、東邦電力史刊行会、1962年、239-242頁
  5. ^ 三重県は南牟婁郡の一部以外中部電力の供給区域。中部電力電気事業史編纂委員会(編)『中部地方電気事業史』下巻、中部電力、1995年、4-5頁
  6. ^ 『映画年鑑 戦後編 別冊 全国映画館録 1960』日本図書センター、1999年。
  7. ^ 紀北教育研究所長 小倉 肇 経歴紹介”. ZTV. 紀北教育研究所. 2014年9月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年9月11日閲覧。

関連項目[編集]