紀元前374年

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紀元前374年は、ローマ暦の年である。

当時は、「執政武官執政官もいない2年目の年」として知られていた(もしくは、それほど使われてはいないが、ローマ建国紀元380年)。紀年法として西暦(キリスト紀元)がヨーロッパで広く普及した中世時代初期以降、この年は紀元前374年と表記されるのが一般的となった。

他の紀年法[編集]

できごと[編集]

ギリシア[編集]

  • アテナイは、テーバイスパルタの戦争から手を引こうと、スパルタと和平を結んだ。しかし、和平は長続きしなかった。
  • スパルタは、シュラクサイからも徴兵して、コルキュラを攻撃した。アテナイはコルキュラの支援に向かった。アテナイの将軍ティモテオス (Timotheus) はコルキュラを確保し、アリュジア(Alyzia:後のアカルナニア (Acarnania))沖の海戦でスパルタを破った。

キュプロス[編集]

  • サラミス (Salamis) の王エウアゴラスが暗殺された。息子ニコクレスが後を継ぎ、『ニコクレスに与う (Exhortation to Nicocles)』を著したイソクラテスの励ましを受けながら、父に倣って自由主義的、ギリシア的政策を進めた。

中国[編集]

  • の厳遂が哀侯を殺害した。韓の国人たちは懿侯を擁立した。

誕生[編集]

死去[編集]

脚注[編集]

注釈

出典

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関連項目[編集]