累積債務

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累積債務(るいせきさいむ)とは、1970年代の第1次オイルショック石油危機)を契機に、先進国の民間銀行、国際機関、公的機関が、発展途上国に貸し付けた多額の資金が、80年代に入って返済不能となった債務を指す。

オイルショックの余波[編集]

第1次オイルショックは、アラブを中心とした産油国に多額の石油収入をもたらした。これらの資金は先進国の民間銀行に預託されたが、先進国経済は、原油価格の暴騰による景気後退が深刻で、めぼしい投資先がなかった。そのためこの資金は、工業化を推進するために国内貯蓄を上回る投資を続けていた発展途上国へ向かったが、80年代になると、世界的な高金利により途上国の資金繰りが悪化、1982(昭和57)年にメキシコがまず元利返済不能となり、累積債務問題に発展した。

その後、途上国の累積債務額は、年率9%の割合で膨張を続け、国際復興開発銀行世界銀行)の調査によると、1987(昭和62)年には1兆1230億ドル、92年には1兆7030億ドルに達した。そのうち、約26%が中南米諸国の債務で、近年増大している旧ソ連(ロシア)、東欧諸国分は2035億ドルに過ぎない。

国際社会の取り組み[編集]

債務問題の解決に向け、1989年に、当時のアメリカ合衆国財務長官ニコラス・ブレイディが提案した「ブレイディ構想」を土台とした債務削減努力が本格化した。内容は、途上国に経済の構造調整を求める一方で、先進国の金融機関は元本削減、利払い軽減、新規融資を実施するなどだが、メキシコを皮切りに、フィリピンベネズエラアルゼンチンなど7ヶ国にこの対策が適用されている。

ただこの問題は、途上国の経済成長を阻害することに加え、債務削減交渉の過程で、国際金融機関の内政干渉問題も引き起こしたため、反発もあった。一方では、債務の約半分を供給している先進国民間銀行の経営を圧迫し続けた。ただ、1990年代に入り、中南米諸国では軍事独裁政権が次々と倒れ、政治的にも経済的にも安定感を増し、一時の危機を脱したといえる。

関連項目[編集]