細川利国

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 
細川利国
時代 江戸時代後期
生誕 天明4年3月29日1784年5月18日
死没 文化7年1月22日1810年2月25日
改名 亀之丞(幼名)、利国
別名 右近
墓所 東京都品川区北品川東海寺妙解院
幕府 江戸幕府
主君 徳川家斉
肥後熊本新田藩
氏族 高瀬細川家
父母 細川利庸全操院
兄弟 利国利愛、利安、利和、利豊、
興津利器、黒沢方利、光容院、
戸川安民正室ら
稲葉弘通、森田氏
利用利愛
テンプレートを表示

細川 利国(ほそかわ としくに)は、江戸時代後期の大名肥後国熊本新田藩7代藩主。

生涯[編集]

天明4年(1784年)3月29日、6代藩主・細川利庸の長男として誕生。天明8年(1788年)に世子に指名され、文化2年(1805年)の父の死去で跡を継いだ。材木火之番や勅使饗応役などを歴任する。しかし生来から病弱だったため、文化7年(1810年)1月22日に死去した。享年27。

長男・利用は幼少の上に庶子だったため、跡を弟・利愛が養子として継いだ。

系譜[編集]