結城しのぶ

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ゆうき しのぶ
結城 しのぶ
生年月日 (1953-11-25) 1953年11月25日(66歳)
出生地 日本の旗 日本千葉県松戸市
身長 157 cm[1]
職業 女優
ジャンル テレビドラマ映画
主な作品
映画
蘇える金狼
テレビドラマ
新・坊っちゃん
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結城 しのぶ(ゆうき しのぶ、1953年11月25日[1][2][3][4][5][6] - )は、日本女優血液型はA型[6]

千葉県[4][5][6] 松戸市 出身[2][3]和洋女子大学[4]中退[2]藤竜也事務所[2]、オフィスAT[4]、アンテーヌに所属していた[1]

身長158cm。B80cm、W58cm、H86cm(1975年9月)[7]

人物[編集]

幼少時より女優に憧れ、1972年に和洋女子大学に入学するが、東宝現代劇および文学座養成所も受験し、両方に合格したことにより大学一年時に中退[7]。東宝現代劇の第17期生となる[2][5]

1973年、『湯葉』 (芸術座) で初舞台を踏み[3][2]1974年 、『大岡越前第4部TBS)で本格的にデビューする[2][5]。当時の紹介記事では「今はまだ必死で、監督の言う通りに動くだけですが、将来は内面的な芝居ができるようになりたいです」と述べている[5]。1975年3月、星野事務所に移籍[7]

1975年、『新・坊っちゃん』(NHK)に、ギランバレー症候群で降板した大原麗子の代役としてマドンナ役で出演し、清純派女優として注目される[2]。大原の急な降板で代役に挙がった目ぼしい女優はスケジュールが決まっていて急遽新人のオーデイションを行い結城が大抜擢された[7]。以後、『火の国に』(NHK)、『嫁だいこん』(フジテレビ)などのテレビドラマに出演するが、『真夜中のヒーロー』(1980年)などでは薄幸な女性や悪女役も演じている[2]

1978年、『正午なり』で映画で初出演。以後、1979年の『蘇える金狼』(角川映画)などに出演した[2]

その後、出産を機に芸能活動を10年間休止していたが、2000年以降、芸能活動を本格的に再開している[3]

学生時代は陸上競技バレーボールをやっていた[7]。 特技は、手話[1]乗馬[1]茶道[7]

出演[編集]

テレビドラマ[編集]

NHK

NTV

TBS

CX

NET→ANB→EX

テレビ東京

映画[編集]

吹き替え[編集]

ディスコグラフィ[編集]

シングル[編集]

  1. だけど奥飛騨いきどまり(1979年11月)
    (c/w 私語(ささやき))
  2. 天井川(1980年5月25日)
    • 作詞:白石ありす / 作曲:福留順一 / 編曲:大村雅朗
    (c/w 夏泊半島)

オリジナル・アルバム[編集]

  • 未知案内(1980年1月)

著書[編集]

  • 明るい母子家庭宣言-ステキに過保護したい(2001年、冬青社) ISBN 4-924-72593-5

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e 『日本タレント名鑑2017』VIPタイムズ社、2017年、772頁。ISBN 978-4904674086。
  2. ^ a b c d e f g h i j 『日本映画俳優全集 女優編』キネマ旬報社〈キネマ旬報増刊〉、1980年12月31日、738-739頁。
  3. ^ a b c d 結城しのぶのプロフィール”. システム ブレーン. 2018年11月24日閲覧。
  4. ^ a b c d 日本タレント名鑑'82』VIPタイムズ社、1981年、391頁。
  5. ^ a b c d e 『福島民報』1974年12月12日付朝刊、8面。
  6. ^ a b c 結城しのぶ”. 日本タレント名鑑. VIPタイムズ社. 2017年1月12日閲覧。
  7. ^ a b c d e f “マドンナ大原麗子の代役に 『新・坊ちゃん』 結城しのぶを抜擢 『一生懸命がんばります』”. デイリースポーツ (デイリースポーツ社): p. 5. (1975年9月12日)