羅常培

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羅常培
Luo Chang Pei.jpg
出身地: 北京
職業: 言語学者
各種表記
繁体字 羅常培
簡体字 罗常培
拼音 Luó Chángpéi
和名表記: ら じょうばい
発音転記: ルオ・チャンペイ
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羅常培(ら じょうばい、1899年8月9日1958年12月13日)は、中国言語学者莘田でも知られる。号は恬庵中国語の音韻史研究で知られる。

生涯[編集]

羅常培は北京満州族旗人の家庭に生まれた。同じ旗人出身の老舎とは小学生時代の同級生だった[1]

1916年に北京大学に入学、中文系を卒業後さらに2年間哲学系で学んだ。1924年以降西安の西北大学で教え、その後厦門大学中山大学を歴任した。

1929年に中央研究院歴史語言研究所が成立すると、趙元任李方桂とともに研究員になった。趙・李と共同で、カールグレンの『Études sur la phonologie chinoise』を中国語に翻訳している。

1934年に北京大学の中文系の教授になった。日中戦争で北京大学が西南連合大学として昆明に移転すると、その中文系の主任をつとめた。

中華人民共和国成立後は中国科学院語言研究所の初代所長となり、雑誌『中国語文』の編集長をつとめた。

業績[編集]

趙元任・李方桂にくらべると羅常培の研究内容はより伝統的なものだったが、歴史語言研究所時代に中国語の音韻に関する論文を多く書いている。『唐五代西北方音』(1933)は、漢字音をチベット文字で記した蔵漢対音資料をもとに当時の中国語の音価を推定したもので、現在もしばしば利用される。

敦煌などの切韻系韻書を集めたものに『十韻匯編』(1935、劉復魏建功と共著)がある。

中古音に関する論文にはほかに「知徹澄娘音値考」(1931)・「釈重軽」(1932)・「釈内外転」(1933)などがある。とくに「知徹澄娘音値考」はサンスクリット対音を利用してカールグレン口蓋化した歯茎音と考えた舌上音そり舌音に修正する論で、カールグレン自身の『Compendium』を含め、しばしば他の著作で引用される。

『漢魏晋南北朝韻部演変研究』(1959、周祖謨と共著)は、押韻資料によって上古音から中古音への変遷をたどる書物で、本来は全4分冊の大著になる予定だったが、第1分冊(漢代の部)しか出版されなかった。

中国語方言の音韻を研究した著作には『厦門音系』(1930)、『臨川音系』(1940)がある。

没後に出版された文集に『羅常培語言学論文選集』(1963)、『羅常培文集』(1999、全10巻)がある。

脚注[編集]

  1. ^ 老舎. “悼念羅常培先生”. 中国語文 (1959-01).