羊角湾

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羊角湾
羊角湾の位置(熊本県内)
羊角湾
羊角湾
羊角湾の位置(九州内)
羊角湾
羊角湾
羊角湾の位置(日本内)
羊角湾
羊角湾
羊角湾(およその位置)
座標 北緯32度18分 東経130度2分 / 北緯32.300度 東経130.033度 / 32.300; 130.033座標: 北緯32度18分 東経130度2分 / 北緯32.300度 東経130.033度 / 32.300; 130.033
親水域 東シナ海天草灘
日本の旗 日本

羊角湾(ようかくわん)は熊本県天草市天草下島)の南西部に位置するである。雲仙天草国立公園の中にある。

地理[編集]

面積は11.28km2で、最大水深は21mである。西海岸の湾口で天草灘東シナ海)に通じる。山がちな地形の中に深く複雑に入り込んだリアス式海岸をなし、亀浦・早浦などの肢湾にわかれた形が羊の角に似ていることからその名が付いた。穏やかな内海であることを利用して真珠の養殖などが行われており、またチヌ(クロダイ)をはじめとする釣りの好適地としても知られる。干潟には絶滅危惧種貝類甲殻類・塩性湿地植物など80種以上が棲息している。

キリスト教文化[編集]

崎津天主堂
崎津天主堂

天草は16世紀後半にキリスト教が広まった土地で、湾奥の河浦地区には天草コレジヨ(大学・学林)が建てられて神学・哲学・語学教育が行われた。またグーテンベルク式印刷機によって『平家物語』『伊曾保物語』『羅葡日辞典』等の印刷物(天草本)も刊行されるなど、天草キリシタン文化の中心であったとされる。

湾内の小さな入江の漁村・崎津には、昭和9年(1934年)に建てられた崎津天主堂がたたずむ。キリスト教禁制が解かれた明治の初めに御堂が建てられ、現在の天主堂は3代目の建物。天草西海岸を望む大江天主堂とともに鉄川与助の設計である。ゴシック様式の天主堂の正面はコンクリート造りだが、後部は木造、内部は教会建築では珍しい畳敷きになっている。近くの丘の上にある「チャペルの鐘展望公園」からは、崎津地区や羊角湾、天草灘を一望することができる。崎津天主堂やこの地区の風景は、「重要文化的景観」、「日本の渚百選」、「かおり風景百選」、「未来に残したい漁業漁村の歴史文化財産百選」に選ばれている。

羊角湾干拓事業[編集]

南天草は耕地面積が少なく、降雨の時期的偏りもあって農業経営が零細で不安定なものであったことから、1974年(昭和49年)に湾奥の早浦を閉め切って農地と淡水湖にする国営干拓事業が始まった。しかし、漁業者との対立や農業情勢の変化に伴う入植希望者の減少と未利用地・耕作放棄地の増加、自然環境保護の世論などから、1997年(平成9年)に干拓事業は廃止となった。積み上げられた総延長433mの捨て石は残されたままで、干潮時に現れる。

羊角湾周辺の空中写真。
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成。2014年撮影の8枚を合成作成。