胴上げ

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入学試験の合格発表における胴上げ(東京大学、2007年春)
同大学が掲示する合格発表の場にて胴上げが恒例になっていたが、2017年春以降、安全面から禁止の通達が出された。

胴上げ(どうあげ)とは、偉業を達成した者、祝福すべきことがあった者を祝うために、複数の人間がその者を数度空中に放り投げる所作をいう。胴上げされるのは男性であることが多い。

日本において、多く見られる所作であるが、起源については諸説がある。人生の節目における祝福の意味で行われるほか、特にスポーツにおいては祝賀・祝福や感謝の意を込めた胴上げが多く見られる。

発祥[編集]

婿の胴上げ(新潟県南魚沼市、2018年1月6日撮影)

胴上げの発祥は長野市善光寺との説がある。善光寺において、12月の2度目の申(さる)の日に、寺を支える浄土宗14寺の住職が五穀豊穣、天下太平を夜を徹して祈る年越し行事「堂童子(どうどうじ)」で、仕切り役を胴上げをする習慣がある。この行事は江戸時代初期には記録があり、少なくともそのころから胴上げが成されていたことは確かである[1]。『ワイショ、ワイショの掛声のもと、三度三尺以上祝う人を空中に投げ上げる』と書いてある。日本テレビ系列『ザ!鉄腕!DASH!!』でこの胴上げを再現する試みがあった。

新潟県糸魚川市能生地域では江戸時代初期から伝わる「裸胴上げまつり」(糸魚川市無形民俗文化財)があり、厄よけとして男衆がさらしの姿で、厄年の男性などを胴上げするという風習がある。

新潟県南魚沼市の八坂神社では、毎年正月に前年結婚した婿を胴上げする「婿の胴上げ」が行われており、これは戦国時代の武将長尾政景が城下を繁栄させる為、他の地域から来た婿養子を祝って胴上げさせたことが始まりとされる。

民俗学者の桜井徳太郎(元駒澤大学学長)は、『しまねの古代文化』において、古くは祭りが終わる際、取り仕切った神主氏子達が胴上げしたことや僧侶が仕切り役を胴上げしたことを、「(ハレから)胴上げによって日常の生活(ケ)に戻った」と解釈する(後述書 p.54)。また大相撲においても「神送り」といって、土俵に降りてくれた神に礼を奉げ、元の場所へ送り出す儀式があり、神の宿った白幣を1本もった行司を胴上げして、神を天に返す(元は親方を胴上げしていたが、落下事故があり、現在は行司となっている)[2]

祝福としての胴上げ[編集]

公職に当選した政治家の胴上げ(蜷川虎三

人生の節目における祝福の意味での胴上げが行われることがあり、例えば、高校や大学の野球部で部員がプロ野球ドラフト会議で指名された者や、選挙で当選した候補者・入学試験合格者、結婚式において新郎を胴上げすることもある。

大相撲においては新大関が決まった力士への昇進伝達式での胴上げが恒例となっていた。一方、小錦が例外的に胴上げ無し(重過ぎてできなかったとされる)となった。以後、昇進伝達式での胴上げは行われない。

NHKNHK紅白歌合戦』で優勝チームの司会者がその組の出場歌手に胴上げをされたケースもある。

スポーツにおける胴上げ[編集]

野球における胴上げ(2007年、アジアシリーズで優勝した中日ドラゴンズ)

スポーツにおいて勝利(特に優勝)した場合に監督やチームオーナー、功労者などを胴上げすることがある。特に、プロ野球におけるペナントレース優勝・日本シリーズ優勝の際の監督の胴上げは恒例となっており、新聞等のマスコミ報道では優勝することが象徴的に「胴上げ」と表現されている。

用例『札幌ドームヒルマン監督(現在は退任)の胴上げを[3]』『目の前の胴上げだけは阻止したかった[4]

プロ野球における胴上げは、1950年セントラル・リーグ初代優勝チームとなった松竹ロビンスの監督・小西得郎がこの優勝時に選手一同にこれをされたことが発祥とされる[5]

また同じく野球において、優勝が決定した瞬間にマウンドに立っていた投手を「胴上げ投手」と呼ぶ(サヨナラ勝利で優勝を達成した場合はこの存在はなし)。ただし、ここでいう胴上げとは先述の優勝の代名詞的扱いであり、必ずしもその投手が胴上げされるわけではない。また、チームのエースピッチャーにこの栄誉を与えるために優勝のかかった試合に限り抑えに起用する事もある(1966年巨人金田正一1985年西武東尾修1989年近鉄阿波野秀幸2013年楽天田中将大など)[6]

なお日本では、野球以外のスポーツでも、サッカーラグビー駅伝等の競技において優勝チームのメンバーによる監督の胴上げなどが行われる。

また、祝福の他に感謝の意味を込めることもあり、名選手の引退試合や退任が決定している監督の最終試合で胴上げを行うこともある。

大相撲では千秋楽にすべての表彰式が終わった後、その場所で出世披露を受けた力士が土俵に上がってお神酒を受けて三本締めを行った後(出世力士手打式)に、土俵祭で脇行司を務めた行司(十両格行司)が御幣を持って土俵に上がり、出世力士から胴上げされる(人数が少ない時は呼出も加わる)。これは「神送りの儀式」と呼ばれ、土俵祭で土俵に降りた神様を元の場所に戻す儀式と言われる。

主な胴上げ例
  • 2007年1月1日に開催されたサッカー天皇杯決勝戦では、優勝した浦和レッドダイヤモンズギド・ブッフバルト監督は試合後に選手の手で胴上げされ、更にこの試合限りで退任する予定だったため、表彰式の後にはスタンドのサポーターにより再び胴上げされた。

目前胴上げ[編集]

その一方で、目の前で相手チームの監督が胴上げされることは、最大の屈辱といわれている。特にリーグ戦では、成績に関係なく優勝に王手がかかったチームと対戦する可能性があるため、優勝戦線から遠のいていたとしても、負ければ目の前で敵将の胴上げを見せられることになるケースも多い。

事故の危険[編集]

放り投げる者が確実に支えていないと、胴上げされる者が落下して頭部を強打し死亡したり、脊椎損傷などの重傷を負う事例が発生している。

原因としては、「空中に放り投げる回数に誤解があった」や、「結婚式・送別会などの祝いの席で実施されたため、放り投げる者が酒に酔っており、受け止められなかった」「悪ふざけの一環として、わざと落とした」などがある。

事故の事例[編集]

外国の胴上げ[編集]

海外では、チェコハンガリースウェーデンロシアなどヨーロッパ東部で日本同様の作法・目的で胴上げが行われてきている。ホーリー祭などでも胴上げに近い光景が見られる。21世紀にはいるとスペインを中心にサッカー界で流行しているほか、様々なスポーツで散見されるようになっている。また、

脚注[編集]

  1. ^ 出典:善光寺鏡善坊の行事解説
  2. ^ 内館牧子 『大相撲の不思議』 潮新書 2018年 ISBN 978-4-267-02149-7 pp.53 - 54.
  3. ^ 2006年10月23日 朝日新聞
  4. ^ 2006年10月8日 朝日新聞
  5. ^ スポーツ報知』2013年9月21日付
  6. ^ 楽天M2でマー君ご褒美胴上げ投手プラン - 日刊スポーツ、2013年9月26日、2014年10月2日閲覧。
  7. ^ 出典:1967年3月20日 毎日新聞朝刊15面
  8. ^ 出典:1967年3月27日 毎日新聞夕刊11面
  9. ^ 出典:1992年2月8日 朝日新聞
  10. ^ 出典:1996年12月10日 朝日新聞
  11. ^ 出典:2000年4月25日 朝日新聞
  12. ^ 胴上げで落とし死亡、同僚3人に罰金10万円”. YOMIURI ONLINE (2010年7月6日). 2010年7月10日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2011年2月14日閲覧。
  13. ^ 李知姫、胴上げで転落…腰を強打/日韓対抗女子”. SANSPO.COM (2009年12月5日). 2009年12月8日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2009年12月6日閲覧。
  14. ^ 胴上げの事故について経過のご報告 BCリーグニュース(2012年10月1日)
  15. ^ 胴上げの事故における処分について BCリーグニュース(2012年10月3日)
  16. ^ 1956 Press Photo Ljuvovj Kozyreva Of Russia Tossed Into Air After Win In Italy The historic image outlet (2018年7月16日閲覧)
  17. ^ Crown Prince Carl Gustaf of Sweden is tossed into the air by fellow students The International Museum of the Student (2018年7月16日閲覧)
  18. ^ Olympic Gymnast Vera Caslavska The National(2018年7月16日閲覧)
  19. ^ If a World Cup could be won solely on experience, Brazil need to look only as far as Scolari’s assistant, Carlos Alberto Parreira, who has enjoyed a life so entwined that a World Cup without him would feel very odd. The National(2014年6月9日)