脱走遊戯

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脱走遊戯
Jail Breakers
監督 山下耕作
脚本 高田宏治大原清秀関本郁夫
出演者 千葉真一
鰐淵晴子
垂水悟郎
郷鍈治
花澤徳衛
小沢栄太郎
音楽 八木正生
撮影 増田敏雄
編集 神田忠男
製作会社 東映
配給 東映
公開 日本の旗 1976年6月19日
上映時間 93分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
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脱走遊戯』(だっそうゆうぎ、Jail Breakers )は、1976年日本映画主演千葉真一監督山下耕作製作東映カラーシネマスコープ、93分。

解説[編集]

刑務所から囚人脱獄させる“脱獄仕掛人”に千葉真一が扮し、その活躍を描いた作品[1][2]。出演する作品のジャンルが替わっても[3]東映から吹き替えに頼らずスタントすることを求められていた千葉は[3]、軽業師のような“脱獄仕掛人”として、飛んでいるヘリコプターにぶら下げられた縄梯子に捕まりながら空中で囚人服から普通の洋服に着替え、並走するオープンカートラックから飛び移る、走行する霊柩車の底から後扉に這い上がり中へ入り込み、トラッククレーンにぶら下がり刑務所へ侵入、走行するトラックの荷台で格闘などを演じた。同業の“脱獄仕掛人”には鰐淵晴子小沢栄太郎垂水悟郎郷鍈治らが配役され、それぞれ魅力的なキャラクターを好演[1]山下耕作は彼らの大胆緻密なブラックビジネスぶりを、八木正生の軽妙なジャズに乗せて演出した[1]

ストーリー[編集]

死刑確定囚や無期懲役囚を多額の報酬で脱獄させる神木渡は、12歳の時に傷害事件で教護院に収容されて以来、脱獄を32回繰り返してきた。その刑期は延べ48年にもなり、今も刑務所に収監されているが、田所洪善率いる脱獄チームがある囚人を脱走させようとしていたのを利用し、自分が脱獄してしまう。田所は神木の腕前を見込んでチームへ加入させるが、ほどなく3000万円の仕事が舞い込んできた。

キャスト[編集]

  • 配役不明 - 丸平峯子・太田優子・星野美恵子・吉沢高明・春田三三夫・吉岡靖彦

スタッフ[編集]

製作[編集]

岡田茂東映社長は、「千葉真一を世界に通用するスターに育て上げたい」と「これから千葉は企画さえよければ、どんどん外国映画に出演させる」と1976年度方針を示していた[4][5][6]。千葉、志穂美悦子のカラテ映画に併せ、前年公開した『新幹線大爆破』が世界各国で大ヒットし、東映作品の海外での信用が高まっていた[5]。1976年年頭1月7日の東映記者会見で岡田が発表した1976年の製作方針では「千葉主演でスティーブ・マックイーン的な『脱遊戯』をスポーティに描く」[7]「脱獄が趣味という奴がどんな刑務所でも脱走するという変わった作品」などと説明し[4]、(1976年)6月に松方弘樹の新シリーズ『魚河岸の若親分』[4]『河岸の若親分』[7](『お祭り野郎 魚河岸の兄弟分』)との強力二本立てで公開すると発表していた[4][7][8]。その後、『お祭り野郎 魚河岸の兄弟分』と『脱走遊戯』は、両作ともタイトルの変更があり、A面映画として封切が分けられた[5]

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ a b c 脱走遊戯”. 日本映画製作者連盟. 2012年6月2日閲覧。
  2. ^ 脱走遊戯 - KINENOTE”. 映画ライフログサービス KINENOTE. 2012年10月26日閲覧。
  3. ^ a b 脇田巧彦「アクションに賭ける男・千葉真一」 (パンフレット) 『戦国自衛隊』、角川春樹事務所、1979年12月15日、 21頁。
  4. ^ a b c d 「再び"邦高洋低"で活気づく日本映画界」『月刊ビデオ&ミュージック』1976年1月号、東京映音、 21頁。
  5. ^ a b c 「巻返しを計る各社の表情を探る 洋高邦低の声に必死の努力を続ける 岡田社長を頂点にますます業績増大の東映」『映画時報』1976年4月号、映画時報社、 12-13頁。
  6. ^ 文化通信社編『映画界のドン 岡田茂の活動屋人生』ヤマハミュージックメディア、2012年、65–66頁。ISBN 978-4-636-88519-4。
  7. ^ a b c “東映岡田社長年頭懇談会 『トラック…』の大ヒット等語る”. 週刊映画ニュース (全国映画館新聞社): pp. 1. (1976年1月10日) 
  8. ^ 黒井和男「映画界の動き 東映岡田社長が七六年大攻勢を語る」『キネマ旬報』1976年3月上旬号、キネマ旬報社、 181頁。

関連項目[編集]

  • 地下道 - 脱走メソッドの1つとして、“脱獄仕掛人”が掘っている。