舞鶴公園
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舞鶴公園 | |
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分類 | 総合公園 |
所在地 | |
座標 | 北緯33度35分10.9176秒 東経130度23分6.6912秒 / 北緯33.586366000度 東経130.385192000度座標: 北緯33度35分10.9176秒 東経130度23分6.6912秒 / 北緯33.586366000度 東経130.385192000度 |
面積 | 39.3ha |
前身 | 福岡城址、大日本帝国陸軍第12師団歩兵第24連隊駐屯地 |
開園 | 1948年 |
運営者 | 福岡市 |
設備・遊具 |
陸上競技場、球技場、梅園 |
駐車場 | あり(139台) |
事務所 | 舞鶴公園管理事務所 |
事務所所在地 | 福岡市中央区城内1-4 |
公式サイト | 舞鶴公園 |
舞鶴公園(まいづるこうえん)は、福岡県福岡市中央区にある福岡城の本丸址を中心とする公園。福岡市中心部大濠公園の東部に隣接する位置にあり、市民の憩いの場となっている。城址には約500本の桜が植えられており、毎年春には大勢の花見客で賑わう。
概要[編集]
福岡城址のある同場所には、1871年に福岡県庁が置かれた。福岡県庁が、1876年に福岡市中央区天神に移転したのち、旧陸軍第12師団歩兵第24連隊駐屯地が置かれるが、第二次世界大戦後、福岡城址、連隊跡地をまとめる形で当公園が設置された。1948年に第3回国民体育大会が開催される際に、陸軍施設跡地には、平和台陸上競技場を設置、翌1949年に平和台野球場などを含め「平和台総合運動場」が併設され、そのほかにも続々と公共施設等が建築された。
全域公園化[編集]
平和台野球場およびその周辺から鴻臚館(こうろかん)跡が発見され、周辺を歴史公園として整備する「舞鶴城址将来構想」(セントラルパーク構想)に基づく整備計画が進行している。舞鶴公園と大濠公園にはさまれた地区には、福岡城跡にもかかわらず、個人の住宅地などの私有地が出来てしまい「城内住宅」と呼ばれている。それ以前は陸軍練兵場であったが、戦後、外地からの引揚者や戦災被害者のための一時集団住宅地となっていたが、この構想計画に基づく住宅地区の公園化のために土地取得が行われている[1]。
この地域から移転した施設[編集]
- 平和台野球場(鴻臚館発掘調査および保存のため1997年11月24日に閉場、2008年に完全撤去)
- 国立福岡中央病院(1994年7月1日に国立病院九州医療センターとして、福岡市中央区地行浜へ移転)
- 自衛隊福岡地方連絡部(現「自衛隊福岡地方協力本部」。博多区へ移転)
- 福岡市立舞鶴中学校(2014年4月に施設一体型小中連携校として現在の福岡市立舞鶴小中学校へ統合移転[2]。)
- 福岡高等裁判所(九州大学六本松キャンパス跡地「福岡高地家簡裁庁舎」へ移転)
- 福岡地方裁判所(同上)
- 福岡簡易裁判所(同上)
- 福岡県弁護士会館 (同上)
この地域から移転が計画されている施設[編集]
- 平和台陸上競技場
- 城内住宅地
平和台陸上競技場、テニスコート ラグビー場 その他スポーツ施設などについては、現在代替地などの検討を行っている。
施設[編集]
交通アクセス[編集]
周辺隣接施設[編集]
- 大濠公園
- NHK福岡放送局
- 福岡高等裁判所
- 福岡地方裁判所
- 福岡簡易裁判所
- 福岡市中央市民センター
- 福岡市中央図書館
- 学校
- 福岡市立警固中学校
- 福岡市立赤坂小学校
- 福岡簡易保険事務センター
- 福岡縣護國神社
脚注[編集]
- ^ “第4委員会関係/1.都市整備/(38)舞鶴公園(セントラルパーク構想) (PDF)”. 福岡市. 2010年10月23日閲覧。
- ^ “舞鶴中ブロック小中連携校整備の基本的な考え方 (PDF)”. 福岡市. 2010年10月23日閲覧。