花岡菊子

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はなおか きくこ
花岡 菊子
花岡 菊子
1933年の写真(『一九三三年版 オール松竹俳優名鑑』)
本名 瀧川 幾代 (たきがわ いくよ、出生名)
松崎 幾代 (まつざき いくよ、婚姻後)
生年月日 (1910-09-11) 1910年9月11日
没年月日 (1984-06-12) 1984年6月12日(73歳没)
出生地 日本の旗 日本 静岡県静岡市寺町(現在の同県同市葵区駿河町)
身長 152.4cm
職業 俳優
ジャンル 劇映画現代劇時代劇サイレント映画トーキー
活動期間 1928年 - 1982年
配偶者 結城一朗
著名な家族 2男1女
主な作品
『ちよつと出ました三角野郎』
『林蔵出世旅』

花岡 菊子(はなおか きくこ、1910年9月11日 - 1984年6月12日)は、日本の女優である[1][2][3][4][5][6][7][8][9][10][11]。出生名は瀧川 幾代(たきがわ いくよ)、結婚後本名は松崎 幾代(まつざき いくよ)[2][3][7]。1920年代末の松竹蒲田撮影所の喜劇女優として知られ、戦後は新東宝に所属、脇役俳優として映画に多く出演した[2][3]

人物・来歴[編集]

松竹キネマの時代[編集]

1910年明治43年)9月11日静岡県静岡市寺町(現在の同県同市葵区駿河町)に生まれる[2][3][7]。『一九三三年版 オール松竹俳優名鑑』(蒲田雑誌社)には「1911年9月1日出生」との旨の記述がみられる[1]

旧制小学校卒業後、旧制・静岡精華高等女学校(現在の静岡大成高等学校)に進学、1928年(昭和3年)3月、同校を卒業する[1][2][3]。東京に移り、同年10月1日付で松竹蒲田撮影所に入社、同年11月25日に公開されたサイレント映画『飛行機花婿』(監督佐々木恒次郎)で映画界にデビューした[1][2][3]。同作で主演した斎藤達雄とはコンビとなり、同じ佐々木恒次郎監督による『珍客往来』(1929年)や『裏町の大将』(同年)、清水宏監督による『村の王者』等に主演、多くのコメディ映画に出演した[2][3]

1929年(昭和4年)1月、大幹部に鈴木伝明、幹部に岡田時彦高田稔結城一朗、斎藤達雄、龍田静枝筑波雪子が昇進したときに、山内光浪花友子青山万里子及川道子川崎弘子、谷崎龍子とともに、満18歳で準幹部に昇進した[12]。同年8月1日に公開された清水宏監督の『陽気な唄』に助演、記録の上では、同作で初めて結城一朗と共演したことになる[4][5]。1930年(昭和5年)1月26日に公開された西尾佳雄監督の『スポーツ精神』、同年2月8日に公開された佐々木恒次郎監督の『黒百合の花』、同年2月22日に公開された清水宏監督の『紅唇罪あり』と立て続けに結城とともに主演、ないしは恋人役を演じた[2][4][5]。1933年(昭和8年)8月24日に公開された清水宏監督の『旅寝の夢』に助演したのを最後に、松竹下加茂撮影所へ異動、時代劇に転向した[4][5]

1935年(昭和10年)初頭、結城も追って下加茂に異動になり、同年6月27日に公開された衣笠貞之助監督の『雪之丞変化 第一篇』で、数年ぶりに共演している[4][5][13]。翌1936年(昭和11年)9月に、6歳上の俳優・結城一朗(本名松崎龍雄、1904年 - 1988年)と結婚、その後、2男1女をもうけた[2][3][14]。1941年(昭和16年)には、夫婦ともども、松竹を退社した[4][5][14]

東宝争議を経て新東宝へ[編集]

1年ほどのブランクを経て、東京の東宝映画(現在の東宝)に移籍、1943年(昭和18年)1月3日に公開された滝沢英輔監督の『伊那の勘太郎』に出演している[4][5]。以降、第二次世界大戦終結後も、東宝に所属した[4][5][7][9]。終戦直後の1945年(昭和20年)12月、東宝の高勢実乗の一座に加わり、吉本興業直営の京都のヤサカ劇場で、舞台実演『花嫁入来』に出演した記録が残っている[15]

1947年(昭和22年)3月、東宝争議から生まれた新東宝映画製作所(のちの新東宝)に参加、同年5月6日に公開された、同じく新東宝に参加した萩原遼監督の『大江戸の鬼』や、同年6月10日に公開された、同じく斎藤寅次郎監督の『見たり聞いたりためしたり』に出演する[4][5]。以降、同社が倒産するまで、同社に所属して脇役俳優を続けた[4][5]。その後は、『特別機動捜査隊』等、映画会社が製作するテレビ映画にも多く出演した[10]

満69歳を迎えた1979年(昭和54年)、マツダ映画社が製作した『地獄の蟲』(監督山田達雄)に夫婦ともども出演し、戦前以来の映画共演となった[4][5][16]

1984年(昭和59年)6月12日、死去した[2][3]。満73歳没。夫の結城は、1988年(昭和63年)9月15日、満84歳で死去した[17]

フィルモグラフィ[編集]

白木屋の広告(1929年)、左から辻英子、花岡(満18歳)、宝光子。
『靑春の夢いまいづこ』(1932年)出演時、満22歳。左から花岡江川宇礼雄
生さぬ仲』(1932年)出演時、満22歳。左から花岡阿部正三郎

すべてクレジットは「出演」である[4][5]。公開日の右側には役名[4][5]、および東京国立近代美術館フィルムセンター(NFC)、マツダ映画社所蔵等の上映用プリントの現存状況についても記す[11][18]。同センター等に所蔵されていないものは、とくに1940年代以前の作品についてはほぼ現存しないフィルムである。資料によってタイトルの異なるものは併記した。

松竹蒲田撮影所[編集]

特筆以外すべて製作は「松竹蒲田撮影所」、すべて配給は「松竹キネマ」、特筆以外すべてサイレント映画である[4][5]

  • 『飛行機花婿』 : 監督佐々木恒次郎、1928年11月25日公開 - デビュー作
  • 『青春交響楽』 : 監督野村芳亭、1928年12月31日公開 - とし子
  • 『珍客往来』 : 監督佐々木恒次郎、1929年1月10日公開
  • 『あひる女』 : 監督清水宏、1929年3月9日公開 - その許婚・内海初枝
  • 『噴泉騒動』 : 監督佐々木恒次郎、1929年3月24日公開
  • 『街の抒情詩』 : 監督重宗務、1929年4月6日公開
  • 『村の王者』 : 監督清水宏、1929年6月7日公開 - 恋人・お春
  • 『陽気な唄』 : 監督清水宏、1929年8月1日公開 - 不二子
  • 浪花小唄』 : 監督重宗務、1929年8月8日公開
  • 『裏町の大将』 : 監督佐々木恒次郎、1929年10月10日公開
  • 『父の願ひ』 : 監督清水宏、1929年11月8日公開 - その娘・お達
  • 『ちよつと出ました三角野郎』 : 監督佐々木恒次郎、1930年1月5日公開 - お花、55分尺で現存(NFC所蔵[11]
  • 『スポーツ精神』 : 監督西尾佳雄、1930年1月26日公開
  • 『黒百合の花』[2][4](『黒ゆりの花』[5]) : 監督佐々木恒次郎、1930年2月8日公開
  • 『紅唇罪あり』 : 監督清水宏、1930年2月22日公開 - 妹・道子
  • 生きる力』 : 監督西尾佳雄、1930年2月製作・公開 - 妹はる、70分尺で現存(NFC所蔵[11]
  • 『黎明の世界』 : 監督重宗務、1930年4月3日公開
  • 麗人』 : 監督島津保次郎、1930年4月26日公開 - 桃子(百合子の妹)、158分尺で現存(NFC所蔵[11]
  • 抱擁』 : 監督清水宏、1930年6月13日公開
  • 『嫁とり根気比ベ』 : 監督佐々木恒次郎、1930年6月26日公開
  • 『女よ! 君の名を汚す勿れ』 : 監督五所平之助、1930年8月15日公開
  • 『アラ! 大漁だね』[4](『あら! 大漁だね』[5]) : 監督斎藤寅次郎、1930年8月22日公開
  • 『浮気ばかりは別者だ』 : 監督清水宏、1930年9月19日公開 - 村の娘・お照
  • 『絹代物語』 : 監督五所平之助、1930年10月10日公開
  • 『愛慾の記』 : 監督五所平之助、1930年11月10日公開
  • 『感激の春』 : 監督池田義信、1931年1月5日公開
  • 餓鬼大将』 : 監督清水宏、1931年1月15日公開 - 昭二の許婚・お繁
  • 『女給哀史』 : 監督五所平之助、1931年1月22日公開
  • 『夜ひらく』 : 監督五所平之助、1931年3月6日公開
  • 『混線ニタ夫婦』 : 監督清水宏、1931年3月20日公開 - みよ子
  • 『受難の青春』[4](『受難青春』[5]) : 監督佐々木康、1931年3月27日公開
  • 『有憂華』 : 監督清水宏、1931年4月3日公開
  • 愛よ人類と共にあれ 前篇 日本篇』 : 監督島津保次郎、1931年4月17日公開 - 芸者君勇、『愛よ人類と共にあれ』前後篇合計242分尺で現存(NFC所蔵[11]
  • 愛よ人類と共にあれ 後篇 米国篇』 : 監督島津保次郎、1931年4月17日公開 - 芸者君勇、同上[11]
  • 『愛の闘ひ』 : 監督島津保次郎、1931年6月6日公開
  • 『落第未遂』 : 監督松井稔、1931年7月23日公開
  • 『一太郎やあい』 : 監督野村芳亭、1931年7月31日公開
  • 『人生の風車』 : 監督清水宏、1931年8月1日公開 - お常
  • 『娘の意気高し』 : 監督斎藤寅次郎、1931年8月15日公開
  • 『女の求むる男』 : 監督斎藤寅次郎、1931年9月1日公開
  • 『島の裸体事件』 : 監督五所平之助、1931年9月11日公開
  • 『愚弟賢兄』 : 監督五所平之助、1931年10月8日公開
  • 『淑女倶楽部』 : 監督佐々木恒次郎、1931年11月28日公開
  • 『いざ戦ひに』 : 監督佐々木恒次郎、1932年1月5日公開
  • 金色夜叉』 : 監督野村芳亭、1932年1月14日公開 - その娘お俊、82分尺で現存(NFC所蔵[11]
  • 『情熱 ラ・パシオン』 : 監督清水宏、1932年2月4日公開 - 令嬢・時子
  • 『陸軍大行進』(『勅諭下賜五十年記念 陸軍大行進』[11]) : 監督清水宏・佐々木康・石川和雄・松井稔・井上金太郎・渡辺哲二、製作松竹蒲田撮影所・松竹下加茂撮影所、サウンド版、1932年5月6日公開 - 礼子、20分尺で現存(NFC所蔵[11]
  • 『陽気なお嬢さん』 : 監督重宗務、サウンド版、1932年6月3日公開 - その妹
  • 『海の王者』 : 監督清水宏、サウンド版、1932年6月17日公開 - 金持ちの娘・お豊
  • 『靑春の夢いまいづこ』 : 監督小津安二郎、1932年10月13日公開 - 花嫁候補の令嬢、114分尺で現存(NFC所蔵[11]
  • 『風雲元禄史』[4](『風雲元禄日記』[5]) : 監督稲葉蛟児、製作市川右太衛門プロダクション、1932年11月24日公開
  • 生さぬ仲』 : 監督成瀬巳喜男、1932年12月16日公開 - 女給、94分尺で現存(NFC所蔵[11]
  • 『与太者と芸者』 : 監督野村浩将、1933年1月26日公開 - 芸者藤千代、104分尺で現存(NFC所蔵[19]
  • 恋の花咲く 伊豆の踊子』 : 監督五所平之助、サウンド版、1933年2月2日公開 - 芸妓、124分尺で現存(NFC所蔵[11]
  • 『應援団長の恋』 : 監督野村浩将、トーキー、1933年3月1日公開 - ユリ子の友達、78分尺で現存(NFC所蔵[11]
  • 『旅寝の夢』 : 監督清水宏、1933年8月24日公開 - 酌婦・おつね

松竹下加茂撮影所[編集]

雪之丞変化 第一篇』(1935年)のポスター。共演した結城一朗と翌年結婚している。

特筆以外すべて製作は「松竹下加茂撮影所」、すべて配給は「松竹キネマ」(のちに松竹)、特筆以外すべてトーキーである[4][5]

  • 『雲霞の兇敵』 : 監督二川文太郎、サイレント映画、1933年10月22日公開 - 主演
  • 初陣』 : 監督冬島泰三、サウンド版、1933年11月1日公開
  • 『三日月次郎吉』 : 監督大下宗一、サイレント映画、1933年12月22日公開
  • 『浅太郎赤城の唄』 : 監督秋山耕作、1934年2月15日公開
  • 『春姿だんだら染』 : 監督大下宗一、サイレント映画、1934年3月21日公開
  • 『勝敗人斬賽』[4][6](『勝敗人斬り橋』[5]) : 監督星哲六、サイレント映画、1934年3月29日公開
  • 『槍さび恋慕』 : 監督二川文太郎、サイレント映画、1934年6月14日公開
  • 『めをと大学』 : 監督二川文太郎、1934年6月28日公開
  • お江戸日本橋』 : 監督大下宗一、サイレント映画、1934年6月製作・公開
  • 『船場の暴君』 : 監督冬島泰三、サイレント映画、1934年7月26日公開
  • 『旅烏けんか友達』 : 監督星哲六、サイレント映画、1934年8月22日公開
  • 『林蔵出世旅』 : 監督二川文太郎、サイレント映画、1934年9月6日公開
  • 『源三郎異変 必殺剣鬼の巻』 : 監督大曾根辰夫、サイレント映画、1934年10月17日公開 - お吉(水茶屋の女)
  • 『源三郎異変 絢爛恋慕の巻』 : 監督大曾根辰夫、サイレント映画、1934年11月8日公開 - お吉(水茶屋の女)
  • 『辻斬ざんげ』 : 監督二川文太郎、サイレント映画、1934年11月15日公開
  • 『侠客曾我』 : 監督井上金太郎、サイレント映画、1934年12月31日公開 - おつた
  • 『道中女仁義』 : 監督星哲六、サウンド版、1935年3月21日公開 - 湯女お米
  • 雪之丞変化 第一篇』 : 監督衣笠貞之助、製作松竹京都撮影所、1935年6月27日公開 - 芸者、新版総集篇『雪之丞変化』のみが97分尺で現存(NFC所蔵[11]
  • かごや判官』 : 監督冬島泰三、製作松竹京都撮影所、1935年7月14日公開 - お春、63分尺で現存(NFC所蔵[11]
  • 『御用唄鼠小僧』 : 監督中川信夫、製作市川右太衛門プロダクション、サウンド版、1935年9月5日公開 - 姉娘お七
  • 雪之丞変化 第二篇』 : 監督衣笠貞之助、製作松竹京都撮影所、1935年10月1日公開 - 芸者、第一篇に同[11]
  • 『永久の愛 前後篇』 : 監督池田義信、製作松竹蒲田撮影所、1935年10月15日公開[5][6]
  • 『疾風森の石松』 : 監督笠井輝二、サウンド版、1935年11月21日公開
  • 雪之丞変化 解決篇』 : 監督衣笠貞之助、製作松竹京都撮影所、1936年1月15日公開 - 芸者、第一篇に同[11]
  • 『江戸節めをと姿』 : 監督大曾根辰夫、1936年3月5日公開
  • 『三ン下お旦那』 : 監督近藤勝彦、1936年4月3日公開
  • 『総州侠客伝』 : 監督秋山耕作、1936年4月29日公開
  • 『男の街』 : 監督竹久新、製作第一映画、1936年10月22日公開 - 主演
  • 番町皿屋敷』 : 監督冬島泰三、1937年11月1日公開 - お仙
  • 『鼠小僧初草鞋』 : 監督古野栄作、1937年12月15日公開
  • 『御赦免船』 : 監督岩田英二、1937年12月25日公開
  • 『黒田誠忠録』 : 監督衣笠貞之助、1938年6月17日公開 - 楓
  • 『千両の腕』 : 監督笠井輝二、1938年7月1日公開
  • 『権太の小判』 : 監督星哲六、1939年3月1日公開 - 女房おひさ
  • 『月夜鴉』 : 監督井上金太郎、1939年3月16日公開 - 芸者、100分尺で現存(NFC所蔵[11]
  • 殘菊物語』 : 監督溝口健二、製作松竹京都撮影所、1939年10月10日公開 - 芸妓小仲、143分尺で現存(NFC所蔵[20]
  • 『粗忽評判記』 : 監督小坂哲人、1939年11月9日公開 - 腰元かへで
  • 『仇討恋人形』 : 監督冬島泰三、1940年3月14日公開 - 桐竹小重
  • 『銭形平次捕物控 南蛮秘法箋』 : 監督笠井輝二、1940年4月25日公開
  • 阿新丸』 : 監督岩田英二、1940年5月30日公開
  • 『弥次喜多怪談道中』 : 監督古野栄作、1940年7月13日公開 - お秀の方
  • 『紅梅二筋道』 : 監督犬塚稔、1940年9月5日公開[5]
  • 『高砂船』 : 監督星哲六、1941年1月7日公開 - その女房お徳

東宝[編集]

特筆以外すべて製作・配給は「東宝」、以降すべてトーキーである[4][5][7]

  • 『伊那の勘太郎』(『伊那節仁義 「伊那の勘太郎」より』[11]) : 監督滝沢英輔、製作東宝映画、配給映画配給社、1943年1月3日公開 - 鳶屋おふさ、63分尺で現存(NFC所蔵[11]
  • 『名人長次彫』 : 監督萩原遼、製作東宝映画、配給映画配給社、1943年7月15日公開 - およね
  • 『愉しき哉人生』[11](『楽しき哉人生』[4]) : 監督成瀬巳喜男、製作東宝、配給映画配給社、1944年1月27日公開 - 妻・よね、72分尺で現存(NFC所蔵[11]
  • 『芝居道』 : 監督成瀬巳喜男、製作東宝、配給映画配給社、1944年5月11日公開 - 豊沢春昇、82分尺で現存(NFC所蔵[21]
  • 人生とんぼ返り』 : 監督今井正、1946年6月27日公開 - 役名不明、80分尺で現存(NFC所蔵[22]
  • 或る夜の殿様』 : 監督衣笠貞之助、1946年7月11日公開 - おきく、112分尺で現存(NFC所蔵[11]
  • 『霧の夜ばなし』 : 監督萩原遼、1946年9月10日公開 - 菊香、70分尺で現存(NFC所蔵[11]
  • 『愛の宣言』[5][7](『愛の宣書』[4]) : 監督渡辺邦男、1946年12月31日公開 - バーのマダム

新東宝[編集]

『女競輪王』(1956年)のポスター。
四谷怪談』(1956年)のポスター。

特筆以外すべて製作・配給は「新東宝」である[4][5][7]

  • 『大江戸の鬼』 : 監督萩原遼、製作新東宝、配給東宝、1947年5月6日公開 - 役名不明、99分尺で現存(NFC所蔵[11]
  • 『見たり聞いたりためしたり』 : 監督斎藤寅次郎、1947年6月10日公開 - お欣
  • 『浮世も天国』 : 監督斎藤寅次郎、製作新東宝・吉本プロダクション、配給東宝、1947年9月23日公開 - 質屋のお内儀
  • 『愛よ星と共に』 : 監督阿部豊、製作新東宝、配給東宝、1947年9月24日公開 - 女給小夜子
  • ぼんぼん』 : 監督佐伯清、製作新東宝、配給東宝、1947年11月21日公開 - 女中お春
  • 『誰がために金はある』 : 監督斎藤寅次郎、製作新東宝、配給東宝、1948年1月13日公開 - 大家の妻
  • 流星』 : 監督阿部豊、製作新東宝、配給東宝、1948年5月3日公開 - 役名不明、82分尺で現存(NFC所蔵[11]
  • 『平次八百八町』 : 監督佐伯清、製作新東宝・新演伎座、配給東宝、1949年8月8日公開 - お仙、30分尺で現存(NFC所蔵[11]
  • 『鍋島怪猫伝』 : 監督渡辺邦男、製作新東宝、配給東宝、1949年8月23日公開 - 女房お粂
  • 銀座三四郎』 : 監督市川崑、製作新東宝・青柳プロダクション(青柳信雄)、配給東宝、1950年3月30日公開 - 待合のおかみ、改題『銀座の猛者』が64分尺で現存(NFC所蔵[11]
  • 『群盗南蛮船 ぎやまんの宿』[11](『群盗南蛮船』[4]) : 監督稲垣浩、1950年6月13日公開 - おまさ、94分尺で現存(NFC所蔵[11]
  • 『母情』 : 監督清水宏、1950年6月28日公開 - 役名不明、83分尺で現存(NFC所蔵[11]
  • 『桃の花の咲く下で』 : 監督清水宏、1951年3月24日公開 - 隣室の内儀、73分尺で現存(NFC所蔵[11]
  • 銀座化粧』 : 監督成瀬巳喜男、製作伊藤プロダクション(伊藤基彦)、配給新東宝、1951年4月14日公開 - 役名不明、87分尺で現存(NFC所蔵[11]
  • 無国籍者』 : 監督市川崑、製作昭映プロダクション・東横映画、配給東映、1951年4月14日公開 - キヨ・ホテルの女
  • 『無宿猫』 : 監督志村敏夫、1951年6月29日公開 - 松崎つる
  • 『夜の未亡人』 : 監督島耕二、1951年7月20日公開 - 女給君子
  • 『月よりの母』 : 監督阿部豊、1951年8月24日公開 - 八重
  • さすらいの旅路[11](『さすらいの航路』[4]) : 監督中川信夫、1951年11月9日公開 - 木村やす子、82分尺で現存(NFC所蔵[11]
  • 『芸者ワルツ』 : 監督渡辺邦男、1952年10月2日公開 - 六郷とし
  • 『恋人のいる街』 : 監督阿部豊、製作東京映画、配給東宝、1953年2月19日公開 - おとよ[9]
  • 『アジャパー天国』 : 監督斎藤寅次郎、出演1953年4月15日公開 - おみや、84分尺で現存(NFC所蔵[11]
  • 『もぐら横丁』 : 監督清水宏、1953年5月7日公開 - 女中お君、93分尺で現存(NFC所蔵[11]
  • 恋文』 : 監督田中絹代、1953年12月13日公開 - 役名不明、97分尺で現存(NFC所蔵[11]
  • 犬神家の謎 悪魔は踊る』 : 監督渡辺邦男、製作東映東京撮影所、配給東映、1954年8月10日公開 - 犬神竹子
  • 叛乱』 : 監督佐分利信、1954年1月8日公開 - おかみさん、115分尺で現存(NFC所蔵[11]
  • 『巌ちゃん先生行状記 処女合戦』 : 監督志村敏夫、1954年1月22日公開 - おせん
  • 『花祭底抜け千一夜』 : 監督斎藤寅次郎、1954年2月17日公開 - おしん
  • 『君ゆえに』 : 監督野村浩将、1954年3月3日公開 - 母やえ
  • 『潜水艦ろ号未だ浮上せず』 : 監督野村浩将、1954年7月13日公開 - 役名不明、82分尺で現存(NFC所蔵[11]
  • 鶴亀先生』 : 監督青柳信雄、1954年7月20日公開 - 細君お常
  • 『東尋坊の鬼』 : 監督志村敏夫、1954年9月28日公開 - お筆
  • 『若い人たち』 : 監督吉村公三郎、製作近代映画協会・全国銀行従業員組合連合会、配給新東宝、1954年11月8日公開 - 志津子の姉、118分尺で現存(NFC所蔵[11]
  • 『隠密若衆』 : 監督渡辺邦男、1955年2月20日公開 - 左膳宅の婆や
  • 『爆笑青春列車』 : 監督斎藤寅次郎、1955年2月28日公開 - 妻里枝
  • 『森繁の新入社員』 : 監督渡辺邦男、1955年3月21日公開 - 新田ふみ
  • 番場の忠太郎』 : 監督中川信夫、1955年3月29日公開 - 女中ふみ、86分尺で現存(NFC所蔵[11]
  • 『春色大盗伝』 : 監督冬島泰三、1955年4月11日公開 - 女房おきく
  • 『のんき裁判』 : 監督渡辺邦男、1955年4月24日公開 - 田崎検事の細君
  • 『緋牡丹記』 : 監督野村浩将、1955年5月10日公開 - 下宿のおばさん
  • 『母の曲』 : 監督小石栄一、1955年5月15日公開 - すき焼屋の女将、98分尺で現存(NFC所蔵[11]
  • 』 : 監督新藤兼人、製作近代映画協会・独立映画、配給独立映画、1955年7月3日公開 - 役名不明、128分尺で現存(NFC所蔵[11]
  • 『森繁のやりくり社員』 : 監督渡辺邦男、1955年7月5日公開 - 芸者
  • 『三等社員と女秘書』 : 監督野村浩将、1955年8月18日公開 - 役名不明、78分尺で現存(NFC所蔵[11]
  • 『森繁のデマカセ紳士』 : 監督渡辺邦男、1955年9月6日公開 - 日高夫人
  • 『若夫婦なやまし日記』 : 監督田尻繁、製作東京映画、配給東宝、1955年9月13日公開 - 女房お竹
  • 名月佐太郎笠』 : 監督冬島泰三、1955年11月1日公開 - おげん
  • 『風流交番日記』 : 監督松林宗恵、1955年11月8日公開 - その女房、91分尺で現存(NFC所蔵[11]
  • 『関の弥太ッぺ』 : 監督渡辺邦男、1955年11月22日公開 - 市川喜久之助
  • 『息子一人に嫁八人』 : 監督志村敏夫、1955年12月6日公開 - 三沢さだ
  • 『若人のうたごえ』 : 監督毛利正樹、1955年12月27日公開 - 「いろは」の女将
  • 『あばれ行燈』 : 監督渡辺邦男、1956年1月3日公開 - おたき
  • 『何故彼女等はそうなったか』 : 監督清水宏、1956年2月5日公開 - 女工、81分尺で現存(NFC所蔵[11]
  • 『びっくり捕物帖 女いれずみ百万両』 : 監督渡辺邦男、1956年2月18日公開 - 髪結のお兼
  • 『社長三等兵』 : 監督志村敏夫、1956年3月6日公開 - 外山勝子
  • 『駈出し社員とチャッチャ娘』 : 監督毛利正樹、1956年3月20日公開 - 村田かめ
  • 『隠密七生記 剣雲碓氷峠の乱陣』 : 監督渡辺邦男、1956年3月27日公開 - 宿の女中
  • 『続隠密七生記 龍攘虎搏の決戦』 : 監督渡辺邦男、1956年4月1日公開 - 宿の女中
  • 『金語楼の兵隊さん』 : 監督渡辺邦男、1956年5月11日公開 - 妻キヨ子
  • 『大学の剣豪 京洛の暴れん坊』 : 監督佐伯幸三、1956年6月6日公開 - 藤の家の女将
  • 『怨霊佐倉大騒動』 : 監督渡辺邦男、1956年6月27日公開 - 女房・よし
  • 四谷怪談』 : 監督毛利正樹、1956年7月12日公開 - その妻お弓
  • 『女大学野球狂時代』 : 監督小森白、1956年7月26日公開 - 矢淵おくに
  • 『金語楼のお巡りさん』 : 監督青柳信雄、1956年8月5日公開 - 横山勝子
  • 『勤王? 佐幕? 女人曼陀羅』 : 監督渡辺邦男、1956年8月14日公開 - 妻お杉
  • 『続勤王? 佐幕? 女人曼陀羅』 : 監督渡辺邦男、1956年8月29日公開 - 妻お杉
  • 『女競輪王』 : 監督小森白、1956年11月21日公開 - 椎野友枝
  • 『鬼姫競艶録』 : 監督渡辺邦男、1956年12月28日公開 - 座長しげ、82分尺で現存(NFC所蔵[11]
  • 『妖雲里見快挙伝 前後篇』 : 監督渡辺邦男、1956年12月28日公開 - 五十子
  • 『妖雲里見快挙伝 解決篇』 : 監督渡辺邦男、1957年1月9日公開 - 五十子
  • 『海の三等兵』 : 監督志村敏夫、1957年1月13日公開 - 森本くに
  • 『体当り殺人狂時代』 : 監督斎藤寅次郎、1957年3月3日公開 - 里子夫人
  • 明治天皇と日露大戦争』 : 監督渡辺邦男、応援監督毛利正樹、1957年4月29日公開 - 出征兵士の母、113分尺で現存(NFC所蔵[23]
  • 『怒濤の兄弟』 : 監督志村敏夫、1957年6月5日公開 - 里見厚子
  • 怪談累が渕』(『「怪談累が渕」より怪談かさねが渕』[11]) : 監督中川信夫、1957年7月10日公開 - お鉄、66分尺で現存(NFC所蔵[11]
  • 『白蝋城の妖鬼』 : 監督曲谷守平、1957年7月30日公開 - 姥の槙
  • 『修羅八荒 薩多峠の剣陣』 : 監督渡辺邦男、1957年8月13日公開 - おしま
  • 『修羅八荒 猛襲伏魔殿』 : 監督渡辺邦男、1957年8月20日公開 - おしま
  • ひばりの三役 競艶雪之丞変化』 : 監督渡辺邦男、1957年11月17日公開 - 松ケ枝
  • ひばりの三役 続競艶雪之丞変化』 : 監督渡辺邦男、1957年11月23日公開 - 松ケ枝
  • 『飛竜鉄仮面』 : 監督毛利正樹、製作富士映画、配給新東宝、1957年12月15日公開 - 女房おのぶ
  • 『金語楼の成金王』 : 監督曲谷守平、1958年1月3日公開 - 政子
  • 『坊ちゃん天国』 : 監督近江俊郎、製作富士映画、配給新東宝、1958年1月3日公開 - 忠彦
  • 『天城心中 天国に結ぶ恋』 : 監督石井輝男、1958年1月26日公開 - 王家の乳母鈴木トミ
  • 『世界の母』 : 監督野村浩将、1958年2月11日公開 - 母しげ
  • 『色競べ五人女』 : 監督加戸野五郎、1958年3月9日公開 - 乳母お兼
  • 不如帰』 : 監督土居通芳、1958年5月24日公開 - 妻すみ
  • 『おこんの初恋 花嫁七変化』 : 監督渡辺邦男、製作東映東京撮影所、配給東映、1958年7月6日公開 - おさん
  • 『坊ぼん罷り通る』 : 監督近江俊郎、製作富士映画、配給新東宝、1958年8月17日公開 - 菊子
  • 『宇治みさ子の緋ぢりめん女大名』[5][7](『緋じりめん女大名』[4]) : 監督毛利正樹、1958年8月24日公開 - 牢番お寅
  • 『警察官出世パトロール』 : 監督小森白、製作富士映画、配給新東宝、1958年11月1日公開 - 吉岡桂
  • 『爆笑王座征服』 : 監督毛利正樹、1958年12月28日公開 - 挨拶
  • 『大暴れ女侠客陣』 : 監督毛利正樹、1958年12月28日公開 - 布袋屋お舟
  • 『坊ちゃんに惚れた七人娘』 : 監督近江俊郎、製作富士映画、配給新東宝、1959年1月5日公開 - 菊野花子(オールド・ミス)
  • 『カックン超特急』 : 監督近江俊郎、1959年1月15日公開 - あき、66分尺で現存(NFC所蔵[11]
  • 『剣姫千人城』 : 監督加戸野五郎、1959年2月11日公開 - 姉小路
  • 『ワンマン今昔物語』 : 監督近江俊郎、製作富士映画、配給新東宝、1959年3月20日公開 - 殺人生命保険員
  • 『坊ちゃんとワンマン親爺』 : 監督近江俊郎、製作富士映画、配給新東宝、1959年5月23日公開 - 小六助の妻菊子
  • 東海道四谷怪談』 : 監督中川信夫、1959年7月1日公開 - お槇、77分尺で現存(NFC所蔵[11]
  • 『まぼろし鷹』 : 監督山田達雄、1959年7月24日公開 - 伊吹政江
  • 『婦系図 湯島に散る花』 : 監督土居通芳、1959年10月1日公開 - お増
  • 『大学の御令嬢』 : 監督近江俊郎、製作富士映画、配給新東宝、1959年11月15日公開 - 井上舎監
  • 『東海道弥次喜多珍道中』 : 監督近江俊郎、製作富士映画、配給新東宝、1959年12月27日公開 - お静の母親
  • 『晴れのユニホーム』 : 監督吉田功、製作東京文芸プロダクション、配給不明、1959年製作- 役名不明、48分尺で現存(NFC所蔵[11]
  • 『競艶お役者変化』 : 監督加戸野五郎、1960年1月9日公開 - お新
  • 『危険な誘惑』 : 監督小林悟、製作富士映画、配給新東宝、1960年1月23日公開 - 厚生施設園長
  • 『美男買います』 : 監督曲谷守平、製作富士映画、配給新東宝、1960年2月21日公開 - 伊藤千代
  • 『爆発娘罷り通る』 : 監督近江俊郎、製作富士映画、配給新東宝、1960年5月17日公開 - 赫子の母
  • 『続々べらんめえ芸者』(『続続べらんめぇ芸者』[6]) : 監督小石栄一、製作東映東京撮影所、配給東映、1960年8月7日公開 - 踊りの師匠
  • 『風流深川唄』 : 監督山村聡、製作東映東京撮影所、配給東映、1960年9月13日公開 - お久
  • 『裸の谷間』 : 監督小林悟、製作富士映画、配給新東宝、1960年9月17日公開 - もと後家
  • 『弥次喜多珍道中 中仙道の巻』 : 監督近江俊郎、製作富士映画、配給新東宝、1960年12月9日公開 - 庄屋の妻
  • 『暴力五人娘』 : 監督曲谷守平、1960年12月27日公開 - 保坂学長
  • 『恋愛ズバリ講座 第一話』 : 監督三輪彰、1961年1月21日公開 - 女社長
  • 『誰よりも金を愛す』 : 監督斎藤寅次郎、1961年2月2日公開 - 庄助の母お鉄、85分尺で現存(NFC所蔵[11]
  • 風流滑稽譚 仙人部落』 : 監督曲谷守平、1961年2月8日公開 - 松山照子(三姐)
  • 「粘土のお面」より かあちゃん』(『かあちゃん』[11]) : 監督中川信夫、1961年3月15日公開 - その母親、88分尺で現存(NFC所蔵[11]
  • 『私は嘘は申しません』[5][7][11](『私は嘘を申しません』[4]) : 監督斎藤寅次郎、製作しばたプロダクション(柴田万三)、配給新東宝、1961年4月5日公開 - お兼、81分尺で現存(NFC所蔵[11]
  • 『湯の町姉妹』[5][7](『湯の街姉妹』[4]) : 監督山田達雄、1961年5月17日公開 - 民子
  • 『悲しみはいつも母に』 : 監督中川信夫、1962年6月3日公開 - 女将
  • 『太平洋戦争と姫ゆり部隊』 : 監督、製作・配給大蔵映画、1962年4月7日公開 - 大島八重

フリーランス[編集]

下記の通りである[4][5][7]テレビ映画も含む[10]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d 蒲田[1933], p.10.
  2. ^ a b c d e f g h i j k 花岡菊子jlogos.com, エア、2013年2月18日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g h i 花岡菊子コトバンク、2013年2月18日閲覧。
  4. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad 花岡菊子日本映画データベース、2013年2月18日閲覧。
  5. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac 花岡菊子、日本映画情報システム、文化庁、2013年2月18日閲覧。
  6. ^ a b c d 花岡菊子、映連データベース、日本映画製作者連盟、2013年2月18日閲覧。
  7. ^ a b c d e f g h i j k l m 花岡菊子KINENOTE, 2013年2月18日閲覧。
  8. ^ a b 花岡菊子日活データベース、2013年2月18日閲覧。
  9. ^ a b c d e f 花岡菊子、映画データベース、東宝、2013年2月18日閲覧。
  10. ^ a b c 花岡菊子テレビドラマデータベース、2013年2月18日閲覧。
  11. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak al am an ao ap aq ar as at au av aw ax ay az ba bb bc bd be bf bg 花岡菊子東京国立近代美術館フィルムセンター、2013年2月18日閲覧。
  12. ^ 松竹[1964], p.265.
  13. ^ 雪之丞変化 第一篇、日本映画データベース、2013年2月18日閲覧。
  14. ^ a b キネマ旬報社[1979], p.622.
  15. ^ 国立劇場[2003], p.234.
  16. ^ 結城一朗 - 日本映画データベース、2013年2月18日閲覧。
  17. ^ 結城一朗jlogos.com, エア、2013年2月18日閲覧。
  18. ^ 主な所蔵リスト 劇映画 邦画篇マツダ映画社、2013年2月18日閲覧。
  19. ^ 與太者と藝者、東京国立近代美術館フィルムセンター、2013年2月21日閲覧。
  20. ^ 殘菊物語、東京国立近代美術館フィルムセンター、2013年2月18日閲覧。
  21. ^ 芝居道、東京国立近代美術館フィルムセンター、2013年2月21日閲覧。
  22. ^ 人生とんぼ返り、東京国立近代美術館フィルムセンター、2013年2月18日閲覧。
  23. ^ 明治天皇と日露大戦争、東京国立近代美術館フィルムセンター、2013年2月18日閲覧。

参考文献[編集]

  • 『一九三三年版 オール松竹俳優名鑑』、『蒲田』第12巻第5号別冊付録、蒲田雑誌社、1933年5月1日
  • 『松竹七十年史』、松竹、1964年
  • 『日本映画俳優全集・男優編』、キネマ旬報社、1979年10月23日
  • 『日本映画俳優全集・女優編』、キネマ旬報社、1980年12月31日
  • 『芸能人物事典 明治大正昭和』、日外アソシエーツ、1998年11月 ISBN 4816915133
  • 『近代歌舞伎年表 京都篇』、国立劇場近代歌舞伎年表編纂室、八木書店、2003年 ISBN 4840692319

関連項目[編集]