花戦争

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
花戦争
Flower War Collage.jpg
1454 – 1519
場所メキシコ中部
結果

アステカ帝国英語版チョルラ英語版アトリスコ英語版を併合

トラスカラ王国ウエホツィンゴ英語版が交易路を失う
衝突した勢力
アステカ帝国 トラスカラ王国 チョルラ ウエホツィンゴ アトリスコ
1519年のアステカ周辺の地図

花戦争(ナワトル語: xōchiyāōyōtl)(スペイン語: guerra florida)は、アステカ帝国と敵対国が1450年代から1519年スペインに滅ぼされるまで断続的に行っていた儀式戦争である[1]メキシコ中部の都市国家群が敵対国になった[1] 参加国は一連の手続きに従って戦争を行った[2]。 スペイン人が侵入した際、トラスカラ王国はアステカ帝国を倒すためにスペインに味方した[3]

起源[編集]

1450年1454年にかけて、アステカを不作と深刻な旱魃が襲い、中央メキシコ高地で多くの餓死者が出た[4]。 これに対して神官が「神の怒りを鎮める為に多くの男性を定期的に生贄に捧げなければならない」と述べた。 これを受けてアステカと4つの都市国家が、神への生贄を得るための戦争を行う事に同意した。

慣習[編集]

ペルーで出土した0~300年頃の儀式用アトラトル
ファイル:Ceremonial Macuahuitl.jpg
儀式用マクアフティル

花戦争は通常の戦争と幾つかの点で異なっている。 例えば、花戦争は事前に決めた場所と時間に行われる[5]。 これらの戦場は聖地となり「cuauhtlalli」や「yaotlalli」と呼ばれる[2]。 大量の紙やお香を燃やす事が戦闘開始の合図になる[2]。 アステカは通常の戦争ではアトラトル(小型投槍器)や投石のように遠距離武器を用いるが[6]、花戦争ではマクアフティル英語版(黒曜石の刃の付いた棍棒)[7]を用いる。 この武器は接近戦用の上に技術が必要なので、敵に己の技量を見せつけるのに向いている[6]。 通常の戦争は農閑期の晩秋から初春の間しか出来ないが、花戦争は少人数制なのでいつでも出来た[8]。 同人数に揃えて戦うのも特徴である。 花戦争は長く続く事で徐々に深刻なものになっていった。 初期には貴族は捕虜になってもよく解放されたが、後には平民と共に生贄にされるようになり[9]、花戦争のコストは増加した。 アステカでは通常の戦死に比べて花戦争の戦死は高貴なもので、「xochimiquiztli」(花の死、至福の死、幸運な死)と呼ばれた。 花戦争の戦死者はウィツィロポチトリ(太陽と炎と戦争を司る最高神)が住む天国に送られると考えられた[10][11]

目的[編集]

花戦争の目的には生贄獲得以外にも戦闘訓練が有ったと考える歴史家も居る[2]エルナン・コルテスの部下のAndrés de Tapia Motelchiuhがモクテスマ2世に「何故強大なアステカ帝国は近隣のTlaxcalaを征服しないのか?」と尋ねた所、「我らが望めば征服は出来るが、Tlaxcalaは生贄獲得と戦闘訓練に都合が良いので残している」と答えた[12]。 しかしアステカがTlaxcalaを頻繁に包囲した事を踏まえると、別の理由で征服出来なかったのではないかとFrederic HicksやDiego Muñoz Camargo等の歴史家は考えている[13]

多くの研究者が花戦争は生贄目的である事を疑っているが、Hicksはモクテスマ2世の説明は論理的と述べた[14]。 アステカが生贄と戦闘技術の両方を重んじていたからである[14]。 貴族にとって実際の戦争に備えて戦闘訓練を行う事は義務だったが、平民にとってもそれは強く推奨されていた[13]。 これらの理由から、Hicksはモクテスマ2世が侵略失敗の言い訳に述べたのではないと考えた[13]

しかし一部の研究者は生贄や戦闘訓練以上の目的[2]、例えばRoss Hassigのように「戦争を続ける事で(アステカの)敵国の戦力を削ぐ仕組み」と考える者もいた[15]。 両軍から同数の兵士が戦いに参加する事は一見平等に見えるが、割合で考えると戦力の少ない国に多くの消耗を強いるものだった。 これによってアステカは敵国の戦力を削ぐ事に成功した[15]。 また、花戦争には少数の兵士しか参加しないので、アステカは残りの大部分の兵士で敵国を威圧出来た[15]

加えて、同数の兵士が戦う事で、アステカの兵士の優秀さを見せる場でもあったとHassigは述べた[15]。 もしアステカが数に頼って侵略すれば敵国は防御に徹し、戦い辛くなる可能性が有った[15]。 しかし同数ならば開けた場所で戦え、個々の戦闘技術を見せつける機会も大いに得られた[15]。 Hassigは最後に広報活動が最重要だったとも述べた[15]。 定期的に戦闘を行う事で、アステカは敵国に己の強さを見せつけられる[15]。 これによって敵国をアステカ側に寝返らせる事も狙っていた[15]

脚注[編集]

  1. ^ a b Isaac, Barry L. (1983年). “The Aztec "Flowery War": A Geopolitical Explanation”. Journal of Anthropological Research 39 (4): 415. JSTOR 3629865. 
  2. ^ a b c d e Hassig, Ross (1988). Aztec Warfare: Imperial Expansion and Political Control. Norman: University of Oklahoma Press. pp. 10. ISBN 0-8061-2773-2. 
  3. ^ Diaz Del Castillo (author), Bernal; Burke, Janet; Homphrey, Ted (7 Sep 2012). The True History of The Conquest of New Spain (orig c. 1568 AD). Hackett Publishing Company, Inc.. p. 356. ISBN 1603848185. https://books.google.com/books?id=7Ryacr4VsJwC&source=gbs_navlinks_s 2017年12月7日閲覧。. 
  4. ^ Isaac, Barry L (1983年). “The Aztec "Flowery War": A Geopolitical Explanation”. Journal of Anthropological Research 39 (4): 416–417. 
  5. ^ Tuerenhout 2005, p. 172.
  6. ^ a b Hassig, Ross (1988). Aztec Warfare: Imperial Expansion and Political Control. Norman: University of Oklahoma Press. p. 130. 0-8061-2773-2.
  7. ^ Hassig, Ross (1988). Aztec Warfare: Imperial Expansion and Political Control. Norman: University of Oklahoma Press. p. 97. ISBN 0-8061-2773-2. 
  8. ^ Hassig, Ross (1988). Aztec Warfare: Imperial Expansion and Political Control. Norman: University of Oklahoma Press. p. 54. 0-8061-2773-2.
  9. ^ Hassig, Ross (1988). Aztec Warfare: Imperial Expansion and Political Control. Norman: University of Oklahoma Press. p. 139. 0-8061-2773-2.
  10. ^ Aguilar-Moreno, Manuel (2006). Handbook to Life in the Aztec World. New York: Facts on File, Inc.. pp. 148. ISBN 0-8160-5673-0. 
  11. ^ Aguilar-Moreno, Manuel (2006). Handbook to Life in the Aztec World. New York: Facts on File, Inc. p. 46. 0-8160-5673-0.
  12. ^ Hicks, Frederic. "Flowery War" in Aztec History" American Ethnology Vol 6 No 1 (1979) p. 88
  13. ^ a b c Hicks (1979), p. 89
  14. ^ a b Hicks (1979), pg. 90.
  15. ^ a b c d e f g h i Hassig, Ross (1988). Aztec Warfare: Imperial Expansion and Political Control. Norman: University of Oklahoma Press. p. 254-255. 0-8061-2773-2.
Aguilar-Moreno, Manuel (2006). Handbook to Life in the Aztec World. New York: Facts on File. ISBN 978-0195330830. 
Davies, Nigel (1968) (スペイン語). Los Señorios independientes del Imperio Azteca. Mexico D.F.: Instituto Nacional de Antropología e Historia (INAH). 
Hassig, Ross (1988). Aztec Warfare: Imperial Expansion and Political Control. Civilization of the American Indian series, no. 188. Norman: University of Oklahoma Press. ISBN 0-8061-2121-1. OCLC 17106411. 
Salas de Léon, Elia (2001) (スペイン語). Historiografía De Tlaxcala (online ed.). San Luis Potosí: Departamento de Publicaciones de la Universidad Abierta. ISBN 968-5095-02-7. オリジナルの2006-08-28時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20060828064958/http://www.universidadabierta.edu.mx/Biblio/S/SalasElia_HistoriografiaTlaxcala.htm. 
Van Tuerenhout, Dirk R. (2005). The Aztecs: New Perspectives. Santa Barbara, California: ABC-CLIO. ISBN 978-1-57607-921-8.