芸術家の家 (マリア・グギング)

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マリア・グギングの芸術家の家

芸術家の家(げいじゅつか の いえ、ドイツ語: Haus der Künstler in Gugging)は、オーストリアニーダーエスターライヒ州ウィーンの郊外にあるマリア・グギング精神科病院英語版内にある、(精神障害者の)芸術家の共同生活施設[1]。設立は1981年で、精神科病院内の患者の生活するための家であった[1](後に病院は閉鎖)。1981年に前身であるセンターが開設され、1986年に芸術家の家に改称された[1]2006年には一部が美術館に改修された[1]

生活[編集]

選ばれたアール・ブリュット(アウトサイダー・アート)の作家たちが共同生活をしている。その運営には何人かのスタッフがつき、国の援助、寄附、有志の助成、そして作品の売却によって費用を得ている。彼らは、作家たちを拘束したりせず、自由に任せていることも特徴的である。彼らには一人に一つの個室があてがわれ、そこをふくむ家の中や外壁は、この家に住む(もしくは住んでいた)作家たちによって色彩豊かに装飾されてしまった。このおおらかさは、現在の責任者、ヨハン・ファイラッハーの方針によるところも大きい。

現在は、作家らは、主に美術館とギャラリーに併設するアトリエで創作活動を行っている。

作家たちは芸術の家開設以前も含めて「グギングの芸術家たち」として世に知られていて、代表する作家に、アウグスト・ヴァッラやオズワルド・チルトナー、ルドルフ・ホラチェック、ヨハン・ハウザー、フィリップ・ショプケがいる。

歴史[編集]

芸術家の家は、精神科医レオ・ナヴラティル英語版によってはじめられた。ナヴラティルは芸術に理解があり、1950年代から患者たちの美術の才能を伸ばすべく指導を行ってきた。その作品はメディアにも取り上げられ、だんだん知れ渡っていった。1970年には初の展覧会が好評をもって迎えられた。

1981年にはマリア・グギング精神科病院内に「芸術家の家」の前身となるセンターが設けられた[1]。1986年に芸術家の家に改称され[1]、同年のナヴラティルの引退後は、彫刻家で医学者であるヨハン・ファイラッハーが責任者に就任している。ここでは、芸術家の家の作家の新作やそれ以外の作品を展示している。また、芸術家の家の手前には、以前、小児科等であった建物を改修して美術館(2006年開設)、ギャラリー、アトリエ(2001年開設)等が入る建物がある。アールブリュットを専門とする美術館である。

現在はその国立病院は閉鎖している。芸術家の家は跡地の丘の上にあり、丘の下は、科学技術研究所のIST[2]などになっている。その森の中の家は、2011年に改修して女性作家も生活ができるようになった。その建物の前の丘の上には、子供らのワークショップの場がある。(2014年5月The BirdmanことHANS LANGERの作品を取り付け)そこには2014年現在で、12人の芸術家が住んでいる。

映像化[編集]

1999年にドキュメンター・ジャパンの五十嵐久美子監督によるドキュメンタリー映画「遠足 Der Ausflug」がある。撮影は、映画「誰も知らない」「歩いても歩いても」(是枝裕和監督) の山崎裕が担当。音楽はトランペッターの近藤等則。2009年にDVD化された。

出典[編集]

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  1. ^ a b c d e f 『美術手帖』第69巻第1049号、2017年2月、 36頁、 JAN 4910076110274
  2. ^ Institute of Science and Technology Austria (IST Austria) - 公式サイト

参考文献[編集]

  • 長谷川祐子「病める天才たちのユートピア:グギング<芸術家の家>」新潮社『芸術新潮』1993年12月号