芸術競技

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
検索に移動

芸術競技(げいじゅつきょうぎ)とは、かつて近代オリンピックで採用されていたオリンピック競技の一つ。種目は絵画彫刻文学建築音楽があり、スポーツを題材にした芸術作品を制作し採点により順位を競うものであった。

概説[編集]

採用の理由[編集]

古代オリンピックは神を讃えるという信仰的要素が強いものであり、その点で、スポーツは強く美しい肉体で神を表現することから生まれたものであり、芸術表現も同じく神を表現する一手段であった。また、近代オリンピックにおいてもその理念として「肉体と精神の向上の場」が掲げられており、クーベルタン男爵の希望もあり芸術競技が採用された。

実施された大会[編集]

1912年ストックホルムオリンピックから1948年ロンドンオリンピックまで合計7回の大会で正式競技として実施された。1928年アムステルダムオリンピックでの優勝者は、ポーランドの詩人カジミェシュ・ヴィエジンスキであった。

正式競技から外れた理由[編集]

芸術作品について客観的な基準をもって採点を行うことが困難であり、しばしば恣意的な判定があったのではないかとの批判が生じたことが理由とされる。ただし、このような批判は現在においてもフィギュアスケートアーティスティックスイミング等の芸術的要素が重視される競技においても同様であり、近代オリンピックが「世界的な祭典」からより純粋にトップアスリートの競技の場として変貌していくなかでそぎ落とされたものともいえる。

日本人選手[編集]

日本人選手は1932年のロサンゼルスオリンピック、1936年のベルリンオリンピックの2回参加している。一般のスポーツの国内競技団体に該当する団体として「大日本体育芸術協会」(現在の日本スポーツ芸術協会)があり作品募集・国内予選を行っていた。

芸術競技のその後[編集]

1952年ヘルシンキオリンピック以降は、オリンピック精神に則り競技ではなく文化プログラムとしての芸術展示が行われるようになった。このような芸術展示を行うことは、オリンピック憲章にも定められている。

1964年東京オリンピックでの芸術展示[編集]

1964年に開催されたオリンピック東京大会では、「芸術展示」として、A美術部門: 古美術、近代美術、写真、スポーツ郵便切手、B芸能部門: 歌舞伎、人形浄瑠璃、雅楽、能楽、古典舞踊・邦楽、民俗芸能、の企画が行われた。こうした日本古来の芸術のほかに、現代美術、演劇、クラシック音楽などの分野の企画が「協賛芸術展示」として実施された[2]。このうちクラシック音楽にあたるNHK交響楽団演奏会は次の通りである[3]

オリンピック東京大会協賛芸術展示 NHK交響楽団特別演奏会[編集]

  • 1964年10月10日 東京文化会館 指揮: 岩城宏之
    ベートーヴェン: 序曲「レオノーレ」 第3番、黛敏郎: 音楽の誕生、ブラームス: 交響曲 第2番
  • 1964年10月15日 東京文化会館 指揮: 若杉弘
    ラモー: バレエ組曲「カストールとポリュックス」より、入野義朗: 交響曲 第2番、ベルリオーズ: 幻想交響曲
  • 1964年10月19日 東京文化会館 指揮: 岩城宏之
    武満徹: 弧 第2部「テクスチュアズ」、ストラヴィンスキー: バレエ組曲「火の鳥」、チャイコフスキー: 交響曲第5番
  • 1964年10月23日 東京文化会館 指揮: 外山雄三
    ドヴォルザーク: 交響曲 第9番「新世界から」、三善晃: 管弦楽のための協奏曲、ファリャ: バレエ組曲「三角帽子」第2部

関連資料[編集]

  • 「第十一回オリンピック芸術競技参加報告」大日本体育芸術協会編(1936)
  • 「もう一人のフジタ メダリスト画家・藤田隆治」井田敏(1995)
  • 「近代オリンピックにおける芸術競技の考察──芸術とスポーツの共存(不)可能性をめぐって」吉田寛(美学会編『美学』226号、2006)

出典 [編集]

  1. ^ a b c d e 日本近代音楽館レクチャーコンサートシリーズVIII「オリンピックと音楽」プログラムパンフレット (2019.12.14)
  2. ^ 柴田葵「東京オリンピック芸術展示にみる対外文化戦略」 2020年11月7日閲覧。
  3. ^ 「オリンピック東京大会協賛芸術展示 NHK交響楽団特別演奏会」プログラム