芽殖孤虫

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芽殖孤虫 Sparganum proliferum
分類
: 動物界 Animalia
: 扁形動物門 Platyhelminthes
: 条虫綱 Cestoda
亜綱 : 真性条虫亜綱 Eucestoda
: 擬葉目 Pseudophyllidea
: 裂頭条虫科 Diphyllobothriidae
: Sparganum
: 芽殖孤虫 S. proliferum
学名
Sparganum proliferum
(Ijima, 1905) Stiles, 1908[1]
和名
芽殖孤虫

芽殖孤虫(がしょくこちゅう、英:Sparganum proliferum)は、ヒトに寄生する人体寄生虫の1種。条虫綱擬葉目裂頭条虫科に属する扁形動物。成虫は同定されていないため、孤虫の名が付けられている。ヒトの体内に入ると、急速に分裂して全身に転移しながら増殖し、宿主を確実に死に至らしめるという、非常に危険な性質を持つ。

1904年に発症例が初めて確認され、1905年に東京帝国大学の飯島魁により「人体内で急激に増殖する新種条虫の幼虫」("On a new cestode larva parasitic inman(Plerocercoides prolifer)" J. College Sci.Imperial Univ. Tokyo Jap., 20: 21, )という物騒な題名の論文で新種記載された。幼虫(プレロセルコイド)でのみ発見されたことから、飯島は「プレロセルコイド属」(Plerocercoides)に属せしめたが、成虫が見つかっていない幼虫(孤虫)である点が特徴であるとして、1908年にアメリカのスタイルス博士が「孤虫属」(Sparganum)に移管した。いずれも成虫が同定された際にはシノニムとなることを前提とした一時的な属名である。

特徴[編集]

移動性の腫瘤を形成し患者から摘出された虫体は数〜10数mmで不定形である。かつてはマンソン裂頭条虫にある種のウイルスが感染したものという報告がなされたが[2]、遺伝子解析の結果、マンソン裂頭条虫に近縁ではあるが異なるものであることがわかっている。

芽殖孤虫症の発症者には両生類爬虫類の喫食経験者が多い事から、マンソン孤虫症と同様にヘビ、カエル、スッポンなどの「野味」の生食が原因となっている可能性を示唆している。戦後、寄生虫病予防法により公衆衛生の改善が推進され、獣肉の生食が厳しく戒められるようになると、日本における芽殖孤虫症の発症例も1956年を最後に長く途絶えた。

しかし、1987年には東京都心で芽殖孤虫症の死亡者が発生している。患者は当然に野味の喫食歴はなかったが、井戸水を飲んでいた。マンソン裂頭条虫はケンミジンコを一時宿主としており、ミジンコが混ざった生水を飲んだことによりマンソン孤虫症を発症した事例があることから、芽殖孤虫症も同様に生水から感染する可能性が指摘されている。[3]

分布[編集]

世界的に感染報告が少なく、明確なことはわかっていないが、日本での感染報告例が多い。2000年の時点で14例の症例が報告されている。内訳は日本が6例、台湾3例、アメリカ2例、カナダパラグアイベネズエラが各1例である。

生活史[編集]

成虫が同定されていないため、生活史は全く不明である。

ヒトに寄生した場合、体内では成虫にはなれないため、幼虫移行症を起こす。また、この類ではよくある事であるが、幼虫のままで宿主体内で分裂して増殖する。

宿主[編集]

ヒトの体内では成虫になれないため、他に終宿主が存在すると思われるが、全く不明である。ヒトへの感染経路が不明であるため、ヒト以外の中間宿主も明確ではない。ヒトの体内で増殖する理由も不明である。

症状[編集]

寄生した幼虫は皮下で増殖し、やがて全身の皮膚に膨隆が見られるようになり、内臓や脳へ至り慢性化する。臓器や脳の破壊により、喀血嘔吐下痢腹痛、胸痛、脳障害などさまざまな症状を呈する。

治療法[編集]

治療法は確立していない。幼虫移行症を起こす寄生虫は外科手術で幼虫を摘出することが有効であるが、芽殖孤虫は摘出しても体内に残った幼虫が分裂して再び増殖するため効果が薄い。

国内2例目の症例では、患者死亡後の剖検で全身に幼虫の寄生が広がっていた旨の記述があり、「皮膚筋肉結締組織内のみならず内臓諸器官中心臓の腔内を除くの外殆んど犯されざる処なき」状態で、「一刀を切り入るれば切り口よりは無数の蟲体押し出さるるを見るなり」との有様であったため、「斯の如く多くの蟲に寄生せられては蟲を殺すより人間を殺す方早し。」と治療の無力を嘆じている。[4]

予後[編集]

現在の感染報告は死亡例が大半である。当面の治療終了後の予後追跡が不明確な例も多いため致死率は不明であるが、幼虫が増殖した状態からの自然治癒が現実的でないため、明確に救命に成功した事例はないと考えられてきた。

しかし、2014年のフライブルク大学病院の報告で、脇腹の皮下に寄生した条虫1匹を摘出し快癒した事例に関し、遺伝子解析で芽殖孤虫であることが判明しており[5]、芽殖孤虫症が治療可能であることを明らかにしている。この種の奇病は、とかく重症化事例のみが報告されセンセーショナルに考えられる傾向があるが、従来マンソン孤虫症として治療されていた症例が芽殖孤虫である可能性も含め、遺伝子技術も活用した今後の分析が待たれる。

脚注・参考文献[編集]

  1. ^ 日本寄生虫学会用語委員会 (2008年5月22日). “暫定新寄生虫和名表”. 2011年5月9日閲覧。
  2. ^ Mueller JF, Strano AJ. (1974-02). “Sparganum proliferum, a sparganum infected with a virus?”. Int J Parasitol 60 (1). PMID 4360813. 
  3. ^ 中村卓郎「PIE症候群、肺塞栓症を合併した芽殖孤虫症の1例」(日本胸部疾患学会雑誌27 1989)
  4. ^ 吉田貞雄「Plerocercoides prolifer Iijima に就て」(動物学雑誌244 1909)
  5. ^ Schauer et al (2014-03). “Travel-acquired subcutaneous Sparganum proliferum infection diagnosed by molecular methods.”. Br J Dermatol. 173 (3). PMID 24124973.