若宮神社 (大紀町)

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若宮神社
Wakamiya-jinja.jpg
所在地 三重県度会郡大紀町滝原872
位置 北緯34度21分58.6秒
東経136度25分35秒
座標: 北緯34度21分58.6秒 東経136度25分35秒
主祭神 若宮神
社格 瀧原宮所管社
創建 安貞2年(1228年)以前
本殿の様式 神明造
別名 天若宮
地図
若宮神社の位置(三重県内)
若宮神社
若宮神社
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若宮神社(わかみやじんじゃ)は、伊勢神宮皇大神宮(内宮)の別宮である瀧原宮の所管社である。

瀧原宮の所管社は当社と長由介神社川島神社の3社あり、3社とも瀧原宮の境内に鎮座する[1]

概要[編集]

三重県度会郡大紀町滝原の瀧原宮宮域内に位置し[2]、瀧原宮本宮の右側(東側[1])の高くなったところに鎮座する[3][4]。瀧原宮境内の神社は、瀧原宮、瀧原竝宮、若宮神社、長由介神社・川島神社の順に参拝するのが習わしである[4]

若宮神社は、瀧原宮所管社3社のうち第1位である[2]。別名は天若宮[1]。南向きに鎮座する。『神宮要綱』によれば、正殿は神明造萱葺であり、1重の瑞垣と瑞垣御門を有し、1基の神明鳥居が建つ[5]

祭神は若宮神(わかみやのかみ)[2][3][4]。滝原ゆかりの水神とされる[4]。別の説では水分神(みくまりのかみ)とする[3]。『大宮町史』では祭神不明とし、補注で神宮司庁発行の『お伊勢まいり』では「若宮の神」としている、と解説している[6]

歴史[編集]

2014年11月の遷座までの社殿。左手に御船倉(みふなくら)が並ぶ[3][4]。御船倉は倭姫命が使用した御船が納められているとされる[3][4]

創建年代は不明である[6]。現存史料で若宮神社に関する最古の言及があるのは安貞2年(1228年)の『内宮遷宮記』である[1]。それ以前の建久3年(1192年)の『皇太神宮年中行事』6月23日条に、祭使が並宮(瀧原竝宮)を参拝した後、河島・長由介・天若宮を参拝した旨が記述されているが、これは荒木田氏経が寛正5年(1464年)に加筆したものである[6]

寛文2年(1662年)より、若宮神社・長由介神社は江戸幕府による神宮式年遷宮の対象となる[5]。また1889年(明治22年)以降は神宮司庁の造営となる[5]。長由介神社は江戸時代まで若宮神社と同じく南向きに鎮座していたが、1874年(明治7年)に西向きに変更され、それまでなかった玉垣・玉垣御門を設置した[5]。またこの際、川島神社を長由介神社に同座させることとした[5]

若宮神社は2014年(平成26年)11月に建て替えられている。それ以前の遷座は1909年(明治42年)のことである[2]

交通[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d 大宮町史編纂委員会 編(1987):686ページ
  2. ^ a b c d 宇治山田市役所 編(1929):17ページ
  3. ^ a b c d e 伊勢文化舎 編(2008):86ページ
  4. ^ a b c d e f 学研パブリッシング(2013):73ページ
  5. ^ a b c d e 大宮町史編纂委員会 編(1987):687ページ
  6. ^ a b c 大宮町史編纂委員会 編(1987):686 - 687ページ
  7. ^ 伊勢文化舎 編(2008):83ページ
  8. ^ 主婦の友社 編(2011):44ページ
  9. ^ a b c 三重県観光連盟"皇大神宮別宮瀧原宮の観光スポット情報 - 観光三重"(2014年1月22日閲覧。)

参考文献[編集]

  • 伊勢文化舎 編『お伊勢さん125社めぐり』別冊『伊勢人』、伊勢文化舎、平成20年12月23日、151p. ISBN 978-4-900759-37-4
  • 宇治山田市役所 編『宇治山田市史 上巻』宇治山田市役所、昭和4年1月20日、862p.
  • 大宮町史編纂委員会 編『大宮町史 歴史編』大宮町、昭和62年3月31日、1133p.
  • 学研パブリッシング『伊勢神宮に行こう』Gakken Mook神社紀行セレクションvol.1、薗田稔監修、学研マーケティング、2013年7月4日、82p. ISBN 978-4-05-610047-1
  • 主婦の友社 編『開運!ガールズ♡お伊勢まいり』主婦の友社、2011年1月20日、95p. ISBN 978-4-07-276191-5

関連項目[編集]

画像外部リンク
若宮神社