若松島

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若松島
Wakamatsu Oohashi.JPG
龍観山から望む若松大橋
右側と手前は若松島、左側と奥は中通島
座標 北緯32度52分 東経129度01分 / 北緯32.867度 東経129.017度 / 32.867; 129.017座標: 北緯32度52分 東経129度01分 / 北緯32.867度 東経129.017度 / 32.867; 129.017
面積 30.99 km²
海岸線長 123.7 km
最高標高 339.2 m
最高峰 鳥越山
最大都市 若松
所属諸島 五島列島
所属国・地域 日本の旗 日本長崎県南松浦郡新上五島町
地図
Pfeil links unten rot.svg 五島列島における若松島の位置
Pfeil links unten rot.svg
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若松島(わかまつじま)は、五島列島を構成する島の一つである。五島列島では4番目に大きな島で、奈留島中通島の間に位置する。全島が長崎県南松浦郡新上五島町に属し、人口は 2010年国勢調査確定値時点で1,661人[1][2][3]

自然[編集]

全体は「U」字型に例えられるが、五島列島の他島と同じく海岸線は複雑なリアス式海岸である。最高峰は北東部の鳥越山で標高339.2mだが、平地に乏しく丘陵地が海岸まで迫り、高さ100m近い海食崖もある。南は五島灘、北は対馬海峡に面しており、奈留島との間は「滝ヶ原瀬戸」、中通島との間は「若松瀬戸」である。なお若松瀬戸には桐ノ小島、上中島、下中島などの小さな島が点在する[1][2]

豊かな自然が見られることから、島の北部と東部の広い範囲が西海国立公園区域内である[3]。植生は照葉樹林シイツバキなどが多いが、海岸性のハマゴウハマボウ、南方系のサキシマフヨウハマジンチョウルリハコベ等も見られる。地質は北部に砂岩泥岩を主とする第三紀層の堆積岩「五島層群」が見られるが、南部は流紋岩・石英斑岩など火成岩が見られる[1]

交通[編集]

北西の漁生浦島有福島日島とは1979年(昭和54年)に橋と堤防道路が開通、さらに若松瀬戸に1991年(平成3年)に若松大橋が開通したことで、上中島を経由し中通島まで陸路で行けるようになった[1][2]

若松大橋により、中通島の奈良尾港や有川港から陸路で通行できる。奈良尾港から若松港・若松港から島内各所へは西肥自動車が路線バスを運行している[4]

船便は五島旅客船が福江島奈留島から定期船を運航し、若松港や島の南部の土井ノ浦港に発着している[1][2]。2014年7月6日までは野母商船・博多-福江航路の下り便が若松港に寄港していたが、翌7日から船舶「太古」が代替されて若松港に寄港しなくなった。

歴史・民俗・産業[編集]

古くは「西島」「貝俣島」「狩俣島」と呼ばれていた。福江藩時代の安永元年(1772年-1773年)に大村藩外海地区(現・長崎市)よりキリシタン16戸70名が移住し、現在も北部の大平教会、南部の土井ノ浦教会がある他、明治期の迫害の際に信徒が隠れ住んだ「キリシタン洞窟」が残る[1][2]

中世-近代は、島の西部は日島村、島の東部は中通島西部と併せて若松村であった。1956年(昭和31年)に2村が合併して若松町が成立[1]、さらに2004年(平成16年)に5町の合併で新上五島町の一部となった。

起伏が激しく平地が少ない地形のため、基幹産業は漁業である。リアス式海岸で波静かな港があり、沿岸漁業も養殖業も行われている[1][2]

名所・観光スポット[編集]

  • 龍観山展望台 - 若松港の北にある標高138mの山。若松瀬戸が一望できる[2]
  • 若松神社
  • カトリック土井ノ浦教会
  • キリシタン洞窟

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e f g h 角川日本地名大辞典 42 長崎県』1987年 ISBN 9784040014203
  2. ^ a b c d e f g 財団法人 日本離島センター,1998.「日本の島ガイド SHIMADAS」872-888p.ISBN 4931230229
  3. ^ a b ながさきのしま|長崎のしま紹介【五島】|五島のプロフィール 長崎県 企画振興部 地域振興課
  4. ^ 旧若松町当時からスクールバスによる旅客運送が行われてきたが、2014年3月限りで取り扱いを終了、4月からは旅客運送は西肥自動車に引き継がれた

関連項目[編集]