若林漸

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
わかばやし ?
若林 漸
プロフィール
職歴 TBSアナウンサー
→編成局報道部
→調査局考察部
→テレビ編成局編成部
→調査局社史編集室
活動期間 1951年 - 1955年
出演番組・活動
過去 ボクシング中継
備考
ラジオ東京アナウンサー1期生
ラジオ東京最初のスポーツ実況担当アナウンサー
日本の民間放送初のボクシング中継実況担当者
アナウンサー: テンプレート - カテゴリ

若林 漸(わかばやし ?)は、日本アナウンサー

経歴[編集]

1951年10月、12月の開局を控えていたラジオ東京(のちのTBS)[注釈 1]にアナウンサー第1期生として入社[1][2]

1952年2月9日には、日本の民間放送初のボクシング中継[3](日本バンタム級タイトルマッチ白井義男堀口宏[4][3])で同局アナウンサーとして最初のスポーツ実況を担当した[1][2][注釈 2]。元々若林はボクシングのことを全く知らず、ディレクターの尾上高一[3]に連れられジムへ行き用語指導を受けた上で中継に臨んだ[6]。中継第一声は「皆さんこんばんわ、どうぞ、ラジオの前にお集まり下さい」[6]

しかし、3月にNHKからスポーツ実況経験者である小坂秀二近江正俊が移籍。以降ボクシング実況はこの二人が担当することとなり、実況はこの1回限りとなった[3]

1955年10月には編成局報道部へ異動しアナウンス職から離れた[2]。その後、1959年5月から調査局考察部[2]、同年10月からテレビ編成局編成部[2]1960年4月から調査局社史編集室へと異動を重ね[2]1961年8月にTBSを退社した[1][2]

注釈[編集]

  1. ^ 1955年4月から2001年9月までラジオテレビ兼営局1960年11月29日に東京放送へ社名変更。2001年10月にラジオ局がTBSラジオ&コミュニケーションズへ、2009年4月にテレビ局がTBSテレビへそれぞれ分離し、持株会社「東京放送ホールディングス(TBSHD)」となった。
  2. ^ なお、開局以来初のスポーツ中継は、同年1月の『大相撲春場所実況』だったが、実況は新日本放送(NJB。後の毎日放送)アナウンサーの杉本隆平江本三千年が担当した[5]

出典[編集]

  1. ^ a b c 『TBS50年史』P235より、若林の情報を参照。
  2. ^ a b c d e f g 『TBSアナウンサーの動き』P3より、若林の情報を参照。
  3. ^ a b c d 『私とTBS -TBS20周年におもう-』4ページに掲載された、郡司信夫(ラジオ東京初中継解説者)のコメントより。
  4. ^ 『TBS50年史』P54
  5. ^ 『TBS50年史』資料編P191掲載のラジオ番組一覧表より、『大相撲春場所実況』番組情報を参照。
  6. ^ a b 『座談会 ラジオ開局前夜』9ページより、当時大阪で中継を聞いていたという小坂秀二の発言を参照。「」内はその発言部分より引用。

参考資料[編集]

  • TBS50年史(2002年1月、東京放送編・発行)…国立国会図書館の所蔵情報
    • 資料編
    • 付録のDVD-ROM『ハイブリッド検索編』に収録されたPDFファイル
      • 『TBSアナウンサーの動き』(ラジオ東京→TBSの歴代アナウンサーの記録を、同社の歴史とともにまとめた文書)全34ページ。
      • 社内報の再録記事
        • 『私とTBS -TBS20周年におもう-』(1971年5月10日発行『TBS社報』No.360の20 - 29ページ掲載記事。創立20周年を記念した、TBSゆかりの人物によるコメントが掲載)の再録。全10ページ。
        • 『座談会 ラジオ開局前後』(1971年5月10日発行『TBS社報』NO.360の10ページから19ページに掲載された記事)の再録。全10ページ。

関連項目[編集]