苦竹駅

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苦竹駅
改札口
改札口
にがたけ
Nigatake
陸前原ノ町 (0.8km)
(1.6km) 小鶴新田
所在地 仙台市宮城野区苦竹一丁目7-33
所属事業者 東日本旅客鉄道(JR東日本)
所属路線 仙石線
キロ程 4.0km(あおば通起点)
電報略号 カケ
駅構造 高架駅
ホーム 2面2線
乗車人員
-統計年度-
2,926人/日(降車客含まず)
-2018年-
開業年月日 1928年昭和3年)5月15日
備考 業務委託駅
仙 仙台市内
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苦竹駅(にがたけえき)は、宮城県仙台市宮城野区苦竹一丁目にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)仙石線である。

歴史[編集]

苦竹駅は太平洋戦争中に宮城電気鉄道の駅として開業した。苦竹駅が開業する以前には、苦竹から北東の新田地区に新田駅があった。苦竹地区に軍需工場である東京第一陸軍造兵廠仙台製造所があったことから、ここに勤める工員の輸送を目的として、新田駅が1943年(昭和18年)に造兵廠前へ移転し、駅名が苦竹駅へと変わったのである[1][2]

仙石線あおば通駅 - 陸前原ノ町駅間の地下化工事に伴い陸前原ノ町電車区が福田町へ宮城野電車区(現在の仙台車両センター宮城野派出)として移転したため、陸前原ノ町発着だった出入庫列車が苦竹駅発着に変更された(苦竹 - 宮城野信号場間回送)。2004年3月13日の改正で区間列車の発着駅は新設の小鶴新田駅に変更された。

年表[編集]

  • 1928年昭和3年)5月15日 - 宮城電気鉄道新田駅(しんでんえき、地図)が開業。
  • 1943年(昭和18年)2月8日 - 新田駅が移転し、同時に苦竹駅地図)に改称。
  • 1944年(昭和19年)5月1日 - 宮城電気鉄道国有化により、国鉄の駅となる。
  • 1966年(昭和41年)1月20日 - 高架化。これにより駅前を通り、仙石線と交差していた国道45号との踏切を解消。
  • 1975年(昭和50年) - 出札合理化により、出札窓口閉鎖。近距離乗車券のみ券売機での発売となる(回数券、定期券、長距離乗車券は仙台駅乗継出札口で集約発売)。
  • 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、JR東日本に継承。
  • 1993年平成5年)頃 - 1991年の陸前原ノ町電車区の移転、宮城野電車区開設に伴い、出入庫列車が苦竹駅発着に変更。
  • 2003年(平成15年)
    • 8月10日 - 駅舎リニューアル工事完了。自動改札機導入。
    • 10月26日 - ICカード「Suica」サービスが開始。
  • 2004年(平成16年)3月13日 - 小鶴新田駅開業に伴い、出入庫列車の発着駅が変更され苦竹駅発着の列車が消滅。
  • 2005年(平成17年)3月 - 発車ベル導入。
  • 2006年(平成18年)12月 - ホームへのエレベータ設置。
  • 2010年(平成22年)4月1日 - 直営駅(陸前原ノ町駅所属苦竹在勤)から業務委託駅(東北総合サービス)となる。

駅構造[編集]

ホーム

相対式ホーム2面2線を有する高架駅である。ホームには勾配と急なカーブがあり、停車した列車との間に大きな隙間と段差ができる。駅の接近放送や、到着時の車内放送で注意が促されている。苦竹駅は他の仙石線の駅と比較するとホームの全長が長いが、これはかつて17メートル級車両による5両編成での運転が行われていた時代の名残である。

南西から北東に長い駅は、ほぼ東西方向に走る国道45号と斜めに交差する。高架ホームの東側が、苦竹架道橋となって道路の上にかかる。駅の入口は高架下に開き、国道45号に面する。

2003年(平成15年)8月、自動改札機の導入と同時に駅舎のリニューアル工事が完了し、現在の形態となった。それまでは、現在の改札通路部分に待合室やトイレ、駅事務室があり、現在の駅事務室や店舗スペースの部分が改札通路であった。2005年(平成17年)に番線の案内表示が掲出されるようになった。それまでは「○○方面」といった案内のみであった。また2006年(平成18年)12月にはエレベーターが設置されバリアフリー化が図られた。

仙台地区センター管理の業務委託駅JR東日本東北総合サービス委託)。出札窓口(朝晩および一部時間帯は無人、POS端末設置)・自動券売機自動改札機設置。

JRの特定都区市内制度における「仙台市内」の駅である。

のりば[編集]

番線 路線 方向 行先
1 仙石線 下り 松島海岸石巻方面[3]
2 上り 仙台あおば通方面[3]

利用状況[編集]

JR東日本によると、2018年度(平成30年度)の1日平均乗車人員は2,926人である[利用客数 1]。付近にある陸上自衛隊仙台駐屯地の隊員が通勤で利用するため、年間を通して2500人前後で安定していたが、付近のマンション開発により微増傾向である。

近年の推移は以下のとおりである。

乗車人員推移
年度 1日平均
乗車人員
出典
1999年(平成11年) 2,469
2000年(平成12年) 2,712 [利用客数 2]
2001年(平成13年) 2,755 [利用客数 3]
2002年(平成14年) 2,555 [利用客数 4]
2003年(平成15年) 2,603 [利用客数 5]
2004年(平成16年) 2,442 [利用客数 6]
2005年(平成17年) 2,502 [利用客数 7]
2006年(平成18年) 2,414 [利用客数 8]
2007年(平成19年) 2,407 [利用客数 9]
2008年(平成20年) 2,384 [利用客数 10]
2009年(平成21年) 2,420 [利用客数 11]
2010年(平成22年) 2,334 [利用客数 12]
2011年(平成23年)    
2012年(平成24年) 2,458 [利用客数 13]
2013年(平成25年) 2,538 [利用客数 14]
2014年(平成26年) 2,621 [利用客数 15]
2015年(平成27年) 2,645 [利用客数 16]
2016年(平成28年) 2,734 [利用客数 17]
2017年(平成29年) 2,844 [利用客数 18]
2018年(平成30年) 2,926 [利用客数 1]
1日平均乗車人員(単位:人/日)


駅周辺[編集]

苦竹駅の南は、陸上自衛隊東北方面隊仙台駐屯地で占められる。かつて駅の北側から梅田川にかけて飲食店風俗店が軒を連ねた苦竹小路などの歓楽街があり、1990年代まではストリップティーズ劇場もあった。これらは仙台駐屯地がかつて進駐軍の苦竹キャンプ (キャンプシンメルフェニヒ) だった第二次世界大戦後の占領期に成立したと見られる。現在は、国道45号の拡幅工事に伴って店舗が次々閉鎖されて歓楽街的要素はほとんどなくなり、新たにパチンコ屋ゲームセンターなどの大型遊興施設に変化している。また、駅の東側は、国道4号仙台バイパスとの苦竹インターチェンジから国道45号沿いに西に広がってきた自動車販売関連の店舗が連なるようになった。

苦竹駅の西には陸前原ノ町駅、北には東北本線東仙台駅があり、これら3駅は徒歩圏となっている。近年、マンション開発が進みつつある。

仙石線は、陸前原ノ町駅から苦竹駅までの区間を国道45号とほぼ並走する。この並走区間の国道45号はボトルネックとなっていて仙台市内でも渋滞が激しいことで有名である。過去に仙台市電原ノ町線が通っていた国道45号の陸前原ノ町駅前より西側は道幅が広かったが、それより東側は道幅が狭かった。この約1.2キロメートルのボトルネックの解消は「一般国道45号坂下拡幅」との名称で事業化されており、1965年(昭和40年)度に都市計画決定がなされ1972年(昭和47年)度に事業着手した[4]。しかし、苦竹駅周辺の計画が反対に遭って1983年(昭和58年)に測量着手となり、苦竹駅周辺の約500メートルを除いて平成期に順次供用されてきた[4]東北地方太平洋沖地震東日本大震災)前の2010年(平成22年)度における事業評価では、残る苦竹駅周辺が拡幅されて坂下拡幅が完成するのは2015年(平成27年)度と見込まれていたが[4]2012年(平成24年)12月23日に供用が開始された[5]

隣の駅[編集]

東日本旅客鉄道(JR東日本)
仙石線
陸前原ノ町駅 - 苦竹駅 - 小鶴新田駅

脚注[編集]

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記事本文[編集]

  1. ^ 『仙台市史』特別編9(地域史)291頁。
  2. ^ 『新田』6・52-53頁。
  3. ^ a b 時刻表 苦竹駅”. 東日本旅客鉄道. 2019年8月14日閲覧。
  4. ^ a b c 道路事業 再評価 一般国道45号 坂下拡幅 (PDF)国土交通省東北地方整備局 平成22年度事業評価監視委員会(第3回)資料)
  5. ^ 国道45号坂下拡幅が全線4車線で交通開放 http://www.thr.mlit.go.jp/bumon/kisya/kisyah/images/44094_1.pdf 国土交通省 仙台河川国道事務所

利用状況[編集]

  1. ^ a b 各駅の乗車人員(2018年度)”. 東日本旅客鉄道. 2019年7月18日閲覧。
  2. ^ 各駅の乗車人員(2000年度)”. 東日本旅客鉄道. 2019年2月10日閲覧。
  3. ^ 各駅の乗車人員(2001年度)”. 東日本旅客鉄道. 2019年2月10日閲覧。
  4. ^ 各駅の乗車人員(2002年度)”. 東日本旅客鉄道. 2019年2月10日閲覧。
  5. ^ 各駅の乗車人員(2003年度)”. 東日本旅客鉄道. 2019年2月10日閲覧。
  6. ^ 各駅の乗車人員(2004年度)”. 東日本旅客鉄道. 2019年2月10日閲覧。
  7. ^ 各駅の乗車人員(2005年度)”. 東日本旅客鉄道. 2019年2月10日閲覧。
  8. ^ 各駅の乗車人員(2006年度)”. 東日本旅客鉄道. 2019年2月10日閲覧。
  9. ^ 各駅の乗車人員(2007年度)”. 東日本旅客鉄道. 2019年2月10日閲覧。
  10. ^ 各駅の乗車人員(2008年度)”. 東日本旅客鉄道. 2019年2月10日閲覧。
  11. ^ 各駅の乗車人員(2009年度)”. 東日本旅客鉄道. 2019年2月10日閲覧。
  12. ^ 各駅の乗車人員(2010年度)”. 東日本旅客鉄道. 2019年2月10日閲覧。
  13. ^ 各駅の乗車人員(2012年度)”. 東日本旅客鉄道. 2019年2月10日閲覧。
  14. ^ 各駅の乗車人員(2013年度)”. 東日本旅客鉄道. 2019年2月10日閲覧。
  15. ^ 各駅の乗車人員(2014年度)”. 東日本旅客鉄道. 2019年2月10日閲覧。
  16. ^ 各駅の乗車人員(2015年度)”. 東日本旅客鉄道. 2019年2月10日閲覧。
  17. ^ 各駅の乗車人員(2016年度)”. 東日本旅客鉄道. 2019年2月10日閲覧。
  18. ^ 各駅の乗車人員(2017年度)”. 東日本旅客鉄道. 2019年2月10日閲覧。

参考文献[編集]

  • 仙台市史編さん委員会 『仙台市史』特別編9(地域史) 仙台市、2014年。
  • 宮城野区役所・地元学講座編集委員会 『新田』 宮城野区民ふるさと創生事業実行委員会、1993年。

関連項目[編集]