茶臼山城 (摂津国)

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茶臼山城(ちゃうすやまじょう)は、兵庫県神戸市北区にあった戦国時代日本の城である。上津城ともいう。この茶臼山城は、一般的に全国に200以上あるといわれている戦跡の茶臼山のひとつである。

現在の長尾町上津の茶臼山城は、地元住民の要望によって、安全な公園化を行い、展望台顕彰碑などの整備もされた。名を「茶臼山城跡(ちゃうすやましろあと)」を改め、「茶臼山城緑地」となった[1]

茶臼山城は「一蓮坊(いちれんぼう)祐之」という土豪が指揮を執っていたが、豊臣秀吉三木城攻め(三木合戦)の際に、秀吉の家臣による攻撃を受け、降参することを余儀なくされた。一蓮坊祐之は、自分の自害を条件に家臣の命を救ったという[1]。その後茶臼山城は秀吉の家臣仙石秀久に与えられた。

脚注[編集]

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  1. ^ a b 住民の願いかない公園に 神戸・北区の茶臼山城跡”. 神戸新聞 (2002年6月11日). 2011年4月10日閲覧。

関連項目[編集]