菅谷昭

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菅谷 昭
すげのや あきら
生年月日 (1943-11-22) 1943年11月22日(76歳)
出生地 長野県更埴市(現:千曲市
出身校 信州大学医学部
前職 医師
長野県衛生部長
松本市長
現職 松本大学学長
所属政党 無所属
称号 医学士

当選回数 4回
在任期間 2004年3月28日 - 2020年3月27日
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菅谷 昭(すげのや あきら、1943年11月22日 - )は、日本医師松本大学学長、元政治家松本市長 4期)。

経歴[編集]

長野県更埴市(現:千曲市)生まれ。信州大学医学部卒業。聖路加国際病院での研修を経て信州大学医学部第二外科学教室に入局。1976年トロント大学に留学して甲状腺疾患の基礎研究を学ぶ。1991年から松本市NGOによるチェルノブイリ原子力発電所事故の医療支援活動に参加する。1993年信州大学医学部助教授に就任。その後教授選考から漏れたことをきっかけに退局。

鎌田實らの勧めにより1996年からベラルーシ共和国首都ミンスクの国立甲状腺がんセンターにて小児甲状腺癌の外科治療を中心に医療支援活動に従事した。1999年チェルノブイリ原発事故により高度に汚染されたゴメリ州の州立がんセンターで医療支援活動にあたる。なおベラルーシにて医療活動に従事したわけではなく単に支援活動である。

2001年日本に帰国し長野県知事田中康夫の指名により長野県衛生部医監に就任。同年吉川英治文化賞受賞。

2002年田中康夫知事指名により長野県衛生部長に就任。

松本市長[編集]

2004年3月14日に行われた松本市長選挙に日本共産党の支援を受けて立候補。松本市民芸術館建設反対運動の機運に乗り、4期目を目指す市民芸術館建設推進の現職の有賀正を9,715票差で破り初当選を果たした[1][2]

2008年、前収入役の市川博美を49,465票差で退け再選。

2012年、無投票により3選。過去の松本市長選挙における無投票当選の例は1976年3月の和合正治の初当選以来36年ぶりの出来事であった。なお当選後、退職金の市への返還(後に特別条例で可決制定)と任期後の引退を表明した。

2016年3月13日に投開票された松本市長選では、就任当初に任期後の引退を公約として表明していた菅谷の去就が注目されたが、直前まで進退を明らかにしなかった為市長退任を前提とした候補が乱立し松本史上最多(当時)の候補が立候補表明するなど混乱をきたしたが、結局ぎりぎりになって後援会から要請があったなどとして公約を覆し4選の立候補表明をした。現職の菅谷は無所属ではあるが日本共産党・社民党およびそれらを母体とした市民団体、民主党および連合長野松本広域協議会、市内の建設土木業界団体などの支援を受け、自民党公明党の自主投票で、医療・福祉や子育て支援などの充実を柱とする「健康寿命延伸都市・松本」施策の継続前進などを訴え、無所属新人で元NHK解説委員の臥雲義尚 (18,128票差)と団体役員の鈴木満雄(48,521票差)を破り4選を果たした[3]。なお4選後に任期後の引退もしくは5選の出馬について新聞記者らに尋ねられた菅谷は、今回混乱をきたした反省から4年後のことについては言明しないと発言した。

2019年11月8日、市議会臨時会において、5選不出馬を表明した[4]

後任の市長には、臥雲が当選した。

松本大学学長[編集]

市長退任から半年余りを経て、2020年10月1日に菅谷は松本大学学長に就任した[5]

人物[編集]

著書[編集]

  • 真っ当な生き方のススメ
  • チェルノブイリいのちの記録
  • ぼくとチェルノブイリのこどもたちの5年間
  • チェルノブイリ診療記
  • 子どもたちを放射能から守るために
  • 新版 チェルノブイリ診療記 福島原発事故への黙示

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ 松本市長に菅谷氏当選/共産党支援 自・民・公現職破る/長野 しんぶん赤旗 2004年3月16日
  2. ^ 自・民・公現職破り 菅谷市政誕生/長野・松本/6万署名無視 145億円施設に批判 しんぶん赤旗 2004年3月17日
  3. ^ 3月14日の信濃毎日新聞Web版(信毎web)
  4. ^ “長野・松本市 菅谷市長が不出馬表明”. 日本経済新聞. (2019年11月8日). https://www.nikkei.com/article/DGXMZO51950510Y9A101C1L31000/ 2019年12月26日閲覧。 
  5. ^ 松本大学並びに松本大学松商短期大学部 新学長の就任について (PDF)”. 松本大学 (2020年10月2日). 2020年10月2日閲覧。
  6. ^ 菅谷 昭 (1999年8月1日), 講演録「チェルノブイリで子供たちに何が起きたのか!」小児甲状腺がんの現状, “資料庫(特集・通信・要望書など)”, プルサーマルを考える医師歯科医師の会 プルサーマルを考える柏崎刈羽市民ネットワーク, http://www.kisnet.or.jp/net/sugenoya.htm 2011年6月14日閲覧, "5月の15日までは、乳牛に新鮮な牧草を与えることを全国的に禁止するっていうことで、結局この牧草の中に放射性のヨードが舞い降りてますからそれを食べた乳牛のお乳の中に放射性ヨードが含まれるから、そういう意味でもって牧草を与えることを禁止したってことですね。それから1000ベクレル/リットル以上の汚染ミルクを子供や妊娠授乳中の女性が飲むことを禁止。…(中略)…4歳以下の子供には乳牛のお乳がなくて粉ミルクを飲ませると、まずいですけどもねでも粉ミルクを飲ませて、これも良かったですね、子供や妊娠授乳中新鮮な葉菜類、葉物の野菜を採らないように。こういうことを初期に対策したもんですから、もちろん4日目ですけども、遅れてるんですけれども、結果としては現在ポーランドでは小児の甲状腺ガンが増えてないということで、初期にきちんと対策すれば…(中略)…この場合はあくまでも、子供の甲状腺のガンの発生に関してはこういう対策をしたら防げるということであります。"