萩森城

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萩森城
愛媛県
築城主 宇都宮清綱
築城年 天文年間
主な城主 宇都宮清綱、房綱
廃城年 天正13年(1585年)?
遺構 石垣、堀
位置 北緯33度28分05.5秒
東経132度26分08.5秒
地図
萩森城の位置(愛媛県内)
萩森城
萩森城

萩森城(はぎもりじょう)は、愛媛県八幡浜市に存在した日本の城山城)。

概要[編集]

標高200mほどの山に築かれ、高森城、城高城、飯森城が支城として存在した。

宇都宮清綱が嫡男の宇都宮豊綱大洲城を譲った際、次男の宇都宮房綱らを連れて萩森城に隠居して7,800石を知行したという。

天正4年(1576年)、大野直之によって城が落とされ、房綱は豊後の大友宗麟を頼って落ち延びた。

しかし、天正7年(1579年)、家臣の梶谷景雄、景晴、良景の三兄弟が高森城及び当城を奪還、房綱を豊後より呼び戻し、房綱は再び城主として帰り咲いた。

天正13年(1585年)の四国の役にて、小早川隆景の進攻をうけて開城、その後廃城となった。

参考文献[編集]

  • 日本歴史地名大系 (オンライン版)

関連項目[編集]