葛島 (長崎県)

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葛島
Kazurashima Island Goto, Nagasaki Aerial photograph.2014.jpg
葛島の空中写真。(2014年5月10日撮影)
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成
所在地 日本の旗 日本
所在海域 東シナ海
座標 北緯32度53分22.3秒 東経128度54分50.4秒 / 北緯32.889528度 東経128.914000度 / 32.889528; 128.914000座標: 北緯32度53分22.3秒 東経128度54分50.4秒 / 北緯32.889528度 東経128.914000度 / 32.889528; 128.914000
面積 0.720[1] km²
最高標高 139 m
葛島 (長崎県)の位置(長崎県内)
葛島 (長崎県)
     
Project.svgプロジェクト 地形
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葛島(かずらしま)は、長崎県五島市にある無人島。かつては300人を超える人が住んでいたが、昭和48年(1973年)に住民が奈留島へ集団移転したことで無人化した[2]

概要[編集]

奈留島の観音崎鼻の北西約1.6キロメートルにある無人島である[3]。東側の一部を除くと周囲のほとんどが海食崖で、平坦地は少ない。

かつての産業[編集]

山の斜面を開墾しての畑作と、ブリ一本釣り・タイ延縄漁・イカ釣りなどが営まれた。

かつての交通[編集]

奈留島との間に渡船「葛島丸」(11トン)が1日2便就航していたが、強い季節風による欠航も多く、荒天時には漁船も奈留島へ避難させねばならなかった。

歴史[編集]

  • 寛政9年(1797年)に西彼杵半島・三重の樫山から3人のキリシタンが迫害を逃れて定住したのが葛島開拓の始まりである。
  • 明治32年(1899年)にはフランス人神父ペルーによって教会が建てられた。
  • 大正2年(1913年)に船廻小学校葛島分校が設置された。
  • 昭和23年(1948年)には奈留中学校の分校も設置された。
  • 昭和34年(1959年)に中学校分校は奈留中学校本校に統合された。
  • 昭和41年(1966年)には奈留島との間に渡船「葛島丸」が就航した。
  • その後急激な過疎化が進み、昭和48年(1973年)3月26日に葛島分校の閉校式と教会でのミサが行われ、23世帯122人が奈留島相ノ浦湾奥の樫木山地区へ集団移転した。
  • 平成9年(1997年)5月には、密航中国人の集団上陸事件が発生している[2]

備考[編集]

昭和48年の集団移転は、代替地の確保や職業斡旋、生活保障など総合的な過疎対策事業として離島で初めて実施されたケースとなった。

脚注[編集]

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  1. ^ 五島市の島”. 五島市. 2018年1月12日閲覧。
  2. ^ a b 日本の離島は、周囲からの脅威に無策である”. 東洋経済新報社 (2015年8月25日). 2018年1月12日閲覧。
  3. ^ デジタル大辞泉プラスの解説”. コトバンク. 2018年1月12日閲覧。

参考文献[編集]

  • 『日本の島ガイド SHIMADAS(シマダス)』第2版、2004年7月、財団法人日本離島センター、ISBN 4-931230-22-9