藤井秀人

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藤井 秀人(ふじい ひでと、1947年12月13日 - )は、日本の財務官僚。主計局長財務事務次官等を歴任。2007年 退官2008年より株式会社日本政策投資銀行代表取締役副社長

略歴[編集]

松江市立第四中学校島根県立松江南高等学校卒業。高校の同期だった松浦正敬らと東京大学を受けるもあえなく不合格となり、翌年に親戚が京都にいるため京都大学法学部へ入学する[1]

  • 1971年4月 大蔵省入省(大臣官房文書課
  • 1973年8月 大臣官房調査企画課
  • 1976年7月 福知山税務署長
  • 1977年7月 国税庁長官官房人事課長補佐
  • 1979年7月 主計局総務課長補佐
  • 1980年7月 主計局主計企画官補佐(調整第1係主査)
  • 1981年7月 主計局主計官補佐(通産第3係主査)
  • 1982年6月 主計局主計官補佐(防衛第2係主査)
  • 1983年6月 主計局主計官補佐(防衛第1係主査)
  • 1985年6月 主計局総務課長補佐(企画担当)[2]
  • 1986年6月 大臣官房企画官兼大臣官房文書課
  • 1988年6月 大臣官房文書課広報室長
  • 1989年6月 人事院事務総局給与局給与第2課長
  • 1991年6月 主計局主計官(防衛担当)
  • 1993年7月 主計局主計官(外務・通産担当)
  • 1994年7月 主計局法規課長
  • 1995年7月 主計局総務課長
  • 1996年7月 関東財務局東京証券取引所監理官
    東証監理官は従来証券局担当の大臣官房審議官が兼任していたポストだが、藤井の転任は実績をみるためだと捉えられていた[3]
  • 1997年7月 主計局次長(末席)
  • 1999年7月 主計局次長(次席)
  • 2000年6月 主計局次長(首席)
  • 2001年
    • 1月 財務省主計局次長(首席)
      主計局次長(末席〜首席)を異例の4年務めた[4]
    • 7月 総括審議官
  • 2003年1月 大臣官房長
  • 2004年7月 主計局長
  • 2006年7月 財務事務次官
池田勇人以来、58年ぶりの京大出身にして非東大出身の財務(旧大蔵)事務次官となった
  • 2007年7月 退官
  • 2007年10月 日本政策投資銀行副総裁
  • 2008年10月 株式会社日本政策投資銀行代表取締役副社長

同期入省者[編集]

その他[編集]

好きな言葉は五省。趣味は囲碁、読書。好きなスポーツはゴルフ、水泳。家族は夫人と二男。東京都世田谷区代沢在住(いずれも1991年時)[5]

脚注[編集]

  1. ^ 藤井秀人君のこと 松浦 正敬 松江市メールマガジン 第96号
  2. ^ 『大蔵省職員録』大蔵財務協会、1986年発行
  3. ^ 『月刊政治と経済,第22巻、第7~12号』政治と経済社、1996年発行、24頁
  4. ^ 『経済財政戦記』日本経済新聞出版社清水真人、2007年5月31日発行、94頁
  5. ^ 『日本の官庁,その人と組織:大藏省,経済企画庁』政策時報社、1991年発行、504頁
官職
先代:
細川興一
財務事務次官
2006年 - 2007年
次代:
津田廣喜
先代:
細川興一
財務省主計局長
2004年 - 2006年
次代:
津田廣喜
先代:
細川興一
財務省大臣官房長
2003年 - 2004年
次代:
津田廣喜
先代:
田村義雄
財務省大臣官房総括審議官
2001年 - 2003年
次代:
津田廣喜
先代:
大蔵省
財務省主計局次長(首席)
2001年
次代:
津田廣喜
先代:
寺澤辰麿
大蔵省主計局次長(首席)
2000年 - 2001年
次代:
財務省