藤井重夫

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藤井 重夫(ふじい しげお、1916年2月10日 - 1979年1月17日)は、作家[1]

略歴[編集]

兵庫県豊岡市生まれ[1]。豊岡商業学校卒(現兵庫県立豊岡総合高等学校)。第二次世界大戦中は中国大陸および南方に転戦する。戦後は、朝日新聞記者をしながら小説を書き、1951年、『佳人』で芥川賞候補、1959年に退社し作家に専念、1965年、大阪の戦災孤児を描いた『虹』(『オール讀物』発表)で直木賞を受賞した[1]

1979年1月17日、午前2時2分、脳出血のため世田谷中央病院で亡くなった[1]

著書[編集]

  • 『悲風ビルマ戦線』(鱒書房1956年
  • 『佳人』(東都書房、1957年
  • 『家紋の果』(東都書房、1958年
  • 『風紋』(東都書房、1959年
  • 『夜の猟人』(東京文芸社、1960年
  • 『花の肖像』(東京文芸社、1961年
  • 『誰かと誰かが』(秋元書房、1963年
  • 『千羽鶴の祈り』(秋元書房、1965年
  • 『終りなき鎮魂歌』(番町書房、1965年)
  • 『虹』(文藝春秋新社、1965年)のち春陽文庫、角川文庫
  • 『おない年』(秋元書房、1966年
  • 『祝婚歌』(春陽堂書店1970年
  • 『死線』(番町書房、1971年
  • 『静歌』(番町書房、1972年
  • 『きけわだつみもうひとつの声』(汐文社、1975年
  • 『にっぽんいそっぷ』(崙書房、1981年

脚注[編集]

  1. ^ a b c d 訃報 読売新聞 1979年1月17日 夕刊9ページ