藤原康二

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
藤原 康二
基本情報
本名 藤原 康二
階級 フライ級
スーパーフライ級
身長 170cm
国籍 日本の旗 日本
誕生日 (1976-01-13) 1976年1月13日(42歳)
出身地 大阪府堺市
スタイル サウスポー
プロボクシング戦績
総試合数 26
勝ち 21
KO勝ち 16
敗け 4
引き分け 1
テンプレートを表示

藤原 康二(ふじわら こうじ、1976年1月13日 - )は、日本プロボクサーグリーンツダボクシングクラブ所属。大阪府堺市出身。堺市立深井中学校卒業。

長身の左ボクサーファイターで、切れ味鋭い左ストレートと右フックで高いKO率を誇った天才肌のスラッガー[1]

実績[編集]

  • 日本フライ級1位
  • OPBF東洋太平洋フライ級2位
  • WBC世界フライ級13位

来歴[編集]

1991年鳳商業高等専修学校のボクシング部でボクシングを始めるが、同校を12月で中退。翌年1月にグリーンツダボクシングクラブに入門。

1993年6月21日、三階級制覇を目指す井岡弘樹(グリーンツダ)のWBA世界フライ級タイトルマッチの前座でプロデビュー戦を2RKO勝利。

1994年7月31日、デビューから5連続KO勝ちで、6戦目に後のWBA世界スーパーフライ級王者となる戸高秀樹(宮崎ワールド)と対戦し、開始早々から一方的な展開で試合を進める。しかし、1R終了間際に戸高の放った2発のパンチで2度倒れ、1RKOで敗れる。

その後は、元WBC世界ストロー級チャンピオンのナパ・キャットワンチャイタイ)を含む、国内外の選手を相手に15連勝を飾る。

1997年には、ランキング1位の指名挑戦者として、王者のスズキ・カバト(新日本大阪)と日本フライ級チャンピオンカーニバルで対戦する予定であったが、体調不良により欠場する。その代役に当時グリーンツダ所属であった徳山昌守(金沢)が急遽出場した。それを機にフライ級からスーパーフライ級に転級[2]

2000年4月20日、OPBF東洋太平洋スーパーフライ級タイトルマッチの前哨戦として、比国フライ級王者のユージン・ゴンザレス(フィリピン)と対戦。序盤から積極的に攻め続け主導を握るが、6Rに強烈な右ストレートを浴びて逆転KO負け。

同年10月2日、比国ランカーのアルフラン・ブララ(フィリピン)を相手に再起戦を判定勝ちで飾る。

2001年4月24日、後の日本スーパーフライ級王者、田中聖二(金沢)のアウトボクシングに苦戦を強いられて引き分け。

同年11月23日、7ヶ月ぶりに名古屋のホープ、小縣新(松田)と対戦するも、試合勘が戻らず大差の判定で敗れる。その後、ボクシング界から姿を消す。

2006年12月1日、小縣戦から約5年ぶりにカムバック試合を敵地タイにて、元WBC世界バンタム級チャンピオンのウィラポン・ナコンルアンプロモーションタイ)と拳を交える。1Rはポイントを取ったと思える立ち上がりだったが、2R以降からはウィラポンの徹底したボディ攻めに遭い、3RTKOで敢え無く敗退。

結局、タイトルマッチは一度も実現することなく、この試合を最後に引退した。

戦績[編集]

プロボクシング:26戦21勝(16KO)4敗1分

日付 勝敗 時間 内容 対戦相手 国籍 備考
1 1993年6月21日 勝利 2R KO 瀧正太郎 (フォーラムS) 日本の旗 日本 プロデビュー戦
2 1993年11月8日 勝利 4R KO 大西久一 (陽光アダチ) 日本の旗 日本
3 1994年1月31日 勝利 3R TKO 富内徹和(JM加古川) 日本の旗 日本
4 1994年3月21日 勝利 1R KO 五嶋敏郎 (松田) 日本の旗 日本
5 1994年4月13日 勝利 2R KO 西山知広 (岡崎) 日本の旗 日本
6 1994年7月31日 敗北 1R KO 戸高秀樹 (宮崎W) 日本の旗 日本
7 1995年1月10日 勝利 6R 判定 ジョジョ・トーレス フィリピンの旗 フィリピン
8 1995年4月23日 勝利 1R TKO クリス・カルボニリャ フィリピンの旗 フィリピン
9 1995年7月3日 勝利 6R 判定 ジョエル・ニセー フィリピンの旗 フィリピン
10 1995年9月4日 勝利 2R KO ジョナサン・ジェームス フィリピンの旗 フィリピン
11 1995年11月14日 勝利 1R KO ラウル・カバト フィリピンの旗 フィリピン
12 1995年12月23日 勝利 4R KO ジュン・タバロス フィリピンの旗 フィリピン
13 1996年6月3日 勝利 6R 判定 リッキー・ガヤモ フィリピンの旗 フィリピン
14 1996年8月25日 勝利 3R KO ジュプリ・カニエラ フィリピンの旗 フィリピン
15 1997年1月21日 勝利 1R KO ペノイ・モンテホ フィリピンの旗 フィリピン
16 1997年6月30日 勝利 1R KO ラウル・カバト フィリピンの旗 フィリピン
17 1997年8月27日 勝利 4R TKO 平山謙一(久留米櫛間) 日本の旗 日本
18 1997年12月15日 勝利 5R KO ローランド・バクラヨ フィリピンの旗 フィリピン
19 1998年11月9日 勝利 10R 判定 延山丈二(新日本大阪) 日本の旗 日本
20 1999年5月20日 勝利 4R KO ギャット・セーンモラコット タイ王国の旗 タイ
21 1999年10月21日 勝利 6R TKO ナパ・キャットワンチャイ タイ王国の旗 タイ
22 2000年4月20日 敗北 6R KO ユージン・ゴンザレス フィリピンの旗 フィリピン OPBF東洋太平洋スーパーフライ級タイトルマッチ前哨戦
23 2000年10月2日 勝利 10R 判定 アルフラン・ブララ フィリピンの旗 フィリピン
24 2001年4月24日 引分 8R 判定 田中聖二(金沢) 日本の旗 日本
25 2001年11月23日 敗北 10R 判定 小縣新(松田) 日本の旗 日本
26 2006年12月1日 敗北 3R TKO ウィラポン・ナコンルアンプロモーション タイ王国の旗 タイ カムバック戦
テンプレート

脚注[編集]

  1. ^ ボクシング栄光のタイトルマッチ60年史(第2号)32頁参照”. 2012年2月25日閲覧。
  2. ^ 『ボクシング栄光のタイトルマッチ60年史 第2号 32頁』ベースボール・マガジン社(分冊百科シリーズ)2011年9月14日発売

関連項目[編集]