藤堂高成

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藤堂 高成(とうどう たかしげ、慶応3年2月12日1867年3月17日) - 昭和5年(1930年10月23日)は、旧名張領主名張藤堂家(藤堂宮内家)第12代。男爵。幼名は憲丸。父は子爵竹内治則。

明治9年(1876年)2月、旧名張領主の名張藤堂家の養子となる。妻は先代高節の次女郁子。明治27年(1894年)、神宮皇學館の舎監兼助教授。明治39年(1906年)9月、男爵を授けられ従五位。明治44年(1911年)、貴族院議員。昭和5年(1930年)10月23日没。享年64。都市計画中央委員会委員や鉄道会議議員などを務めた。子女に惇子(酒井忠英夫人)、高伸がいる。

日本の爵位
先代:
叙爵
男爵
(名張)藤堂家初代
1906年 - 1930年
次代:
藤堂高伸