藤田寛之

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No image.svg 藤田 寛之 Golf pictogram.svg
Hiroyuki Fujita
基本情報
名前 藤田 寛之
生年月日 (1969-06-16) 1969年6月16日(50歳)
身長 168 cm (5 ft 6 in)
体重 70 kg (154 lb)
出身地 福岡県福岡市東区
経歴
プロ転向 1992年
成績
優勝回数 日本ツアー:18勝
初優勝 サントリーオープン1997年
賞金ランク最高位 日本ツアー:1位(2012年
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藤田 寛之(ふじた ひろゆき、1969年6月16日- )は、福岡市東区出身のプロゴルファーである。

経歴・人物[編集]

高校1年からゴルフを始め、香椎高3年の時、日本ジュニアゴルフ選手権で4位に入る(その年の優勝は丸山茂樹)。専修大学時代にプロ転向。プロ転向から5年後に初優勝を獲得。

趣味はアウトドア釣り、朝食はフレンチトーストが大好物である。2008年から日本ゴルフツアー機構の選手会会長を担当している。

大学卒業後、葛城GCに所属し、寺下郁夫に師事する。 20代の頃は出場大会のテレビ中継に映る事もなく無名で、苦しい時代を送った。

プロゴルファーとしては小柄で身体能力に恵まれないが、ショートショットを身上とする。パッティングを得意とし、3種の違うパターを使いわける。リカバリーアプローチも巧みである[1]

芹沢信雄の下で宮本勝昌とチームになって、レッスン用の著作を数多く出版している。宮本は飛距離、藤田はアプローチが専門である。

2010年は、つるやオープンを制するなど序盤から好調をキープ、そして12月5日ゴルフ日本シリーズJTカップ谷口徹らの猛追を振り切って通算15アンダーで大会初優勝、遂に悲願のメジャータイトルを手にした。この年は1億5793万2927円を稼いで賞金ランキングも自己最高の2位に躍進、日本ゴルフツアー機構によって最優秀選手賞に表彰された。また、世界ランク48位になったため、41歳にして初めてマスターズ・トーナメントの出場権を得た。

2011年は、マスターズに初出場。初日は70(−2)で回ったが、2日目に大きくスコアを崩し79(+7)をたたき、2日間合計で149(+5)で予選落ちとなった。国内ツアーにおいては、12月4日に谷口徹とのプレーオフを制して日本シリーズ2連覇を達成(この優勝で、生涯獲得賞金が10億円を突破)。

2012年、史上初の日本シリーズ3連覇を含む年間4勝をマーク、1億7515万9972円を稼いで悲願の賞金王を獲得した(2年ぶり2回目の最優秀選手賞も獲得)。

エピソード[編集]

つるやオープンで優勝した時、6歳になった息子と優勝を祝う事ができたが、子供にはゴルフは教えていないという。本人が頭を下げてやる気がでてからでも遅くはないと考えている。

優勝歴[編集]

その他[編集]

関連作品[編集]

DVD[編集]

  • 秘伝! プロの技!! 藤田寛之編(2009年、ゴルフネットワーク
  • 藤田寛之のパーフェクトレッスン(コンシューマーズ・ハッピー)
  • 藤田寛之 シングルへの道(NHK出版

書籍[編集]

  • 藤田寛之のゴルフ 僕が気をつけている100の基本 (2013年、青春文庫)
  • 藤田寛之のミスをしないゴルフ 飛ばなくてもスコアは上がる! (2013年、角川SSC新書)
  • 藤田寛之の目指せパット・シングル (2014年、GAKKEN SPORTS MOOK)
  • ゴルフ 「迷走」しない64のコツ(2015年、池田書店
  • スコアの壁を破る! 自分のゴルフの見直し方 (2015年、マイナビBOOKS)
  • 全力中年 遅咲きの花が咲き続ける理由 (2015年、朝日新書)

メディア出演[編集]

テレビ番組[編集]

CM・広告[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 新井真一、『親子で楽しみながら上達する ジュニアゴルフ』株式会社池田書店、2005年、76頁