藤田進 (陸軍軍人)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

移動先: 案内検索

藤田 進(ふじた すすむ、1884年12月21日 - 1959年2月7日)は、日本の陸軍軍人第13軍司令官、第3師団長等を歴任した。階級は陸軍中将勲一等功二級石川県出身。

経歴[編集]

1904年(明治37年)10月24日陸軍士官学校を卒業する。16期生であり同期には岡村寧次土肥原賢二板垣征四郎安藤利吉陸軍大将がいる。同11月1日陸軍歩兵少尉に任官する。中尉任官を経て1913年(大正2年)陸軍大学校(25期)を卒業する。以後歩兵科将校として累進しフランス駐在を経験する。1919年(大正8年)9月2日から参謀本部附の身分でチリに駐在し、1921年(大正10年)4月20日チリ公使館附武官に就任する。1922年(大正11年)12月28日帰国。

1925年(大正14年)5月1日陸軍歩兵学校教官、1928年(昭和3年)3月8日には陸軍大佐に進み歩兵第15連隊長に任命される。1929年(昭和4年)8月1日に第19師団参謀長に移り、1932年(昭和7年)12月7日陸軍少将に進級し歩兵第32旅団長となる。1934年(昭和9年)3月5日の陸軍兵器本廠附の後、同年4月21日から独立混成第1旅団長となり、1936年(昭和11年)3月7日から陸軍歩兵学校長に任命される。同年8月1日陸軍中将に任ぜられ、1937年(昭和12年)8月2日第3師団長に就任する。

1939年(昭和14年)10月14日参謀本部附、同年10月26日には第13軍司令官に就任する。1940年(昭和15年)4月29日功により勲一等旭日大綬章を受章し、同年12月2日参謀本部附、1941年(昭和16年)1月20日待命となり、同31日予備役編入となる。大戦末期には予備役将校が次々と召集される中、藤田も1945年(昭和20年)4月1日金沢師管区司令官に就任。同司令官のまま終戦を迎える。