藤谷為寛

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藤谷 為寛(爲寛、ふじたに ためちか、1865年6月8日(慶応元年5月15日[1])- 1936年昭和11年)1月12日[1][2])は、明治から昭和期の政治家華族貴族院子爵議員。幼名・琴麿[3]

経歴[編集]

山城国京都越前権介・藤谷為遂の三男[注 1]として生まれる[1][3]。父の死去に伴い、1877年6月1日に家督を継承し[1][3][4]1880年12月、為寛と改名[3]1884年7月8日、子爵を叙爵した[5]

1883年、殿掌に就任[2]1909年7月、貴族院子爵議員補欠選挙で当選し[6]研究会に所属して活動し、1932年7月まで四期在任した[2]

親族[編集]

  • 妻:昭子(あきこ、豊岡健資二女)[1]
  • 二男:為隆(子爵)[1]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 『人事興信録』第10版 下、フ68頁では長男。

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f 『平成新修旧華族家系大成』下巻、451頁。
  2. ^ a b c 『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』53頁。
  3. ^ a b c d 『大日本華族大鑑』186頁。
  4. ^ 『人事興信録』第10版 下、フ68頁。
  5. ^ 『官報』第308号、明治17年7月9日。
  6. ^ 『官報』第7814号、明治42年7月13日。

参考文献[編集]

  • 霞会館華族家系大成編輯委員会『平成新修旧華族家系大成』下巻、霞会館、1996年。
  • 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 人事興信所編『人事興信録』第10版 下、1934年。
  • 筒井住蓮編『大日本華族大鑑』都通信社、1911年。


日本の爵位
先代:
叙爵
子爵
藤谷家初代
1884年 - 1936年
次代:
藤谷為隆