藤間勘五郎

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ふじま かんごろう
藤間勘五郎
藤間勘五郎
本名 安藤 和夫
生年月日 (1922-08-14) 1922年8月14日
没年月日 (1996-11-06) 1996年11月6日(74歳没)
出身地 大阪府大阪市
職業 舞踊家、振付師
配偶者 藤間勘紫寿
著名な家族 安藤孝子、弓恵子、藤間千寿、盛田将太郎
藤間 勘五郎
舞台で.jpg
「陽暉楼」撮影現場

藤間勘五郎(ふじま かんごろう、1922年8月14日1996年11月6日 )は、日本の舞踊家であり、振付師。本名は安藤和夫(あんどう かずお)。大阪府大阪市出身。血液型O型。宗家藤間流の関西での古参格。国立劇場養成課講師や日本舞踊協会京都支部役員。戦後は映画での舞踊指導などにも取り組んだ。妻は舞踊家の藤間勘紫寿で、孫はギタリストの安藤リク。 曾孫にはバレエダンサーの盛田将太郎、子孫達も芸術分野で活躍している。

舞台.jpg
藤間勘紫寿
藤間勘五郎と勘紫寿

略歴[編集]

昭和12年4月:藤間流宗家、六世藤間勘十郎に入門

昭和17年10月:六世宗家より藤間紫郎拝命

昭和18年1月:出征。陸軍に配属

昭和20年10月:陸軍中尉で帰郷

昭和24年1月:京都に稽古場を構える

昭和26年4月:劇場映画の振付を手がける

昭和27年:大阪に稽古場を構える。関西歌舞伎の振り付け師となる。以後、先代中村鴈治郎、片岡仁左衛門、先代中村富十郎、中村雀右衛門、中村扇雀、実川延若などの振付を担当する。この頃より大映、東映、松竹等、約500本の劇場映画の振付を手がける。

昭和29年:三世「藤間勘五郎」襲名

昭和31年:第一回、藤間勘五郎舞踏会を京都南座にて主催、以後隔年開催

昭和32年:藤寿会藤間流舞踏会主催、以後隔年開催

東映歌舞伎座旗揚げ公演振付

昭和39年:大川橋蔵、新生歌舞伎座旗揚げ公演振付

東京に稽古場開設

昭和42年:美空ひばり定期公演振付

昭和44年9月:国立劇場、歌舞伎俳優研修の講師となる

昭和58年:東映俳優養成所の講師となる

昭和59年:大阪国立文楽劇場養成科の講師となる

平成3年:国立劇場養成科歌舞伎俳優新人研修講師となる

平成4年:ハリウッド映画作品振付

映画振付代表作[編集]