蘇我比め神社

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本来の表記は「蘇我比咩神社」です。この記事に付けられた題名は技術的な制限または記事名の制約により不正確なものとなっています。
蘇我比咩神社
Sogahimeshrine01.jpg
本殿
所在地 千葉県千葉市中央区蘇我町1丁目188
位置 北緯35度34分21秒
東経140度07分47秒
北緯35度34分21秒
東経140度07分47秒
座標: 北緯35度34分21秒 東経140度07分47秒
主祭神 蘇我比咩大神
千代春稲荷大神
社格 式内社(小)
郷社
創建 不詳
本殿の様式 流造
例祭 10月9日
地図
蘇我比咩神社の位置(千葉県内)
蘇我比咩神社
蘇我比咩神社
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蘇我比咩神社(そがひめじんじゃ)は、千葉県千葉市中央区にある神社である。式内社で、旧社格郷社

蘇我比咩大神と千代春稲荷大神を主祭神とし、天照皇大神春日神経津主神武甕槌神天児屋根神天児屋根比売神)・八幡神応神天皇・比咩大神・神功皇后)を配祀する。中世には春日神が信仰の中心となっており、春日大明神と称していた。

歴史[編集]

創建の年代は不詳である。紀記神話によれば、日本武尊の東征の際、相模から総国に渡ろうとしたとき暴風雨に遭い、それを鎮めるために日本武尊の后の弟橘姫が入水した。社伝によれば、そのとき弟橘姫に付き従ってきた5人の女性も一緒に水に入ったが、そのうちの一人、蘇我大臣の娘の蘇我比咩だけは浜に打ち上げられ、里人の看護により蘇生し、都に帰った。後に里人は、日本武尊が帰途に亡くなったことを聞き、その霊を慰めるために社を建てて祀った。応神天皇はその行為に感激し、蘇我一族をこの周辺の国造として派遣した。蘇我氏春日大社と比咩神社を信仰しており、両社を勧請して蘇我比咩神社を創建したという。

ただしこれには別の伝承もあり、浜に打ち上げられ蘇生したのは弟橘姫であり、弟橘姫が「我、蘇(よみがえ)り」と言ったので「蘇我」という地名となったともいう。

延喜式神名帳には「下総国千葉郡 蘇賀比咩神社」と記載され、小社に列している。

天正19年(1613年)、徳川家康が社領10石を寄進した。

境内[編集]

交通[編集]