蜀州

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蜀州(しょくしゅう)は、中国にかつて存在した

隋の蜀州[編集]

本節では、隋代に現在の四川省アバ・チベット族チャン族自治州一帯に設置された蜀州について述べる。北周のときに置かれた汶州を前身とする。開皇初年、隋により汶州は蜀州と改められた。585年開皇5年)、蜀州は会州と改められた[1]

唐宋の蜀州[編集]

本節では、唐代から宋代にかけて、現在の四川省成都市北西部に設置された蜀州について述べる。

686年垂拱2年)、唐により益州の4県を分割して蜀州が立てられた。742年天宝元年)、蜀州は唐安郡と改称された。758年乾元元年)、唐安郡は蜀州と改められた。蜀州は剣南道に属し、晋原青城唐安新津の4県を管轄した[2]

宋のとき、蜀州は成都府路に属した。1177年淳熙4年)、蜀州は崇慶府に昇格した[3]

脚注[編集]

  1. ^ 隋書』地理志上
  2. ^ 旧唐書』地理志四
  3. ^ 宋史』地理志五