蝦蟇の油 (落語)

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蝦蟇の油(がまのあぶら)は古典落語の演目の一つ。

概要[編集]

ガマの油」を売る香具師を主人公にした噺である。

元々は『両国八景』という、風俗描写を中心とした長編落語(あらすじ:酔っ払いの男が居酒屋でからむのを、友人がなだめて両国広小路に連れ出し、男が大道の物売りたちをからかう)の後半部だったものが、独立して一席の落語となった。主な演者には、3代目春風亭柳好6代目三遊亭圓生林家彦六などがいる。

なお、『両国八景』の前半部分は3代目三遊亭金馬が『居酒屋』というタイトルで独立させ、自身の十八番とした。

ガマの油売り[編集]

香具師は大抵、白袴に鉢巻、タスキ掛けの服装だった。腰に刀を差し、膏薬が入った容器を手に持ち、そばに置いた台の上にひからびたガマガエルを乗せ、口上を言っていた。

あらすじ[編集]

演者はまず、のちの主人公となるガマの油売りの口上を演じる(以下は一例)。

口上[編集]

さあさ、お立ち会い。御用とお急ぎでない方は、ゆっくりと聞いておいで。遠目山越し笠のうち、物の文色(あいろ)と理方(りかた)がわからぬ。山寺の鐘は、ごうごうと鳴るといえども、童子(どうじ)来立って鐘に鐘木(しゅもく)をあてざえば、鐘が鳴るやら鐘木が鳴るやら、とんとその音色がわからぬが道理。

だがお立ちあい、てまえ持ちいだしたる(なつめ)の中には、一寸八分の唐子(からこ)ゼンマイの人形。人形の細工人は数多ありと言えども、京都にては守随(しゅずい)。大坂表(おおさかおもて)には竹田縫之助(ぬいのすけ)、近江の大掾藤原の朝臣(だいじょうふじわらのあそん)。手前持ちいだしたるは、近江の津守細工(つもりざいく)。咽喉(のど)には八枚の歯車を仕掛け、背中には十二枚のこはぜを仕掛け、大道へ棗を据え置くときは、天の光と地の湿りを受け、陰陽(いんよう)合体して、棗のふたをパッととる。ツカツカ進むか、虎の小走り、虎走り、すずめ、駒鳥、駒がえし、孔雀、雷鳥の舞い、人形の芸当は十と二通りある。

だがしかし、お立ち会い、投げ銭や放り銭はお断りだ。手前、大道に未熟な渡世をいたすといえども、投げ銭や放り銭はもらわないよ。

では、何を家業にいたすかと言えば、手前持ち出したるは、これにある蟇蟬噪(ひきせんそう)、四六のガマの油だ。そういうガマは、おのれの家の縁の下や流しの下にもいると言うお方があるが、それは俗にオタマガエル、ヒキガエルといって、薬力(やくりき)と効能の足しにはならん。手前持ち出したるは四六のガマだ。

四六、五六は何処で分かる。前足の指が四本で後足の指が六本、これを名付けて四六のガマ。これが住めるのは、これよりはるーか北にあたる常陸の国(ひたちのくに)は筑波山の麓、オンバコという露草を食らい成長をする。これが捕れるのは、五月に八月に十月、これを名付けて五八十(ごはっそう)は四六のガマだ、お立ち会い。

このガマの油を取るには、四方に鏡を立て、下に金網を敷き、その中にガマを追い込む。ガマは己(おのれ)の姿が鏡に映るのを見ておのれと驚き、たらーり、たらりと脂汗を流す。これを下の金網にてすき取り、柳の小枝をもって、三七(さんしち)二十一日の間とろーり、とろりと煮詰めたるのがこのガマの油だ。

赤いは辰砂(しんしゃ)、椰子(やし)の油、テレメンテエカマンテエカ、金創(きんそう)には切り傷。効能は、出痔、イボ痔、はしり痔、横痃(よこね)、雁瘡(がんがさ)、その他、腫れ物一切に効く。いつもはひと貝で百文だが、今日は出張っての披露目のため、小貝を添え、ふた貝で百文だ。

まあ、ちょっとお待ち。ガマの効能はそればかりかというと、まだある。切れ物の切れ味を止めると言う。てまえ持ちいだしたるは、鈍刀(どんとう)たりと言えど、先が斬れて、元が斬れぬ、半ばが斬れぬと言う鈍(なまくら)ではない。ご覧のとおり、抜けば玉散る氷の刃だ、お立ちあい。お目の前の白紙を一枚切ってお目にかける。白紙一枚切れるときは人間の甘皮が切れるという。さあ、一枚の紙が二枚に切れる。二枚が四枚、四枚が八枚、八枚が十と六枚、十と六枚が三十と二枚。三十と二枚が六十と四枚。六十と四枚が一束と二十八枚。春は三月落花のかたち、比良の暮雪は雪降りの形だ、お立ち会い。

かほどに切れる業物(わざもの)でも、差裏(さしうら)、差表(さしおもて)へガマの油を塗るときは、白紙一枚容易に斬れぬ。さあこの通り、たたいて斬れない。押して斬れない。引いて斬れない。拭き取る時はどうかというと、鉄の一寸板もまっ二つ。触ったばかりでかように斬れる。だがお立ち会い、こんな傷は何の造作もない。ガマの油をこうして付ければ、たちどころに痛みが去って血がピタリと止まる。

酔っ払う油売り[編集]

上のような怪しげな口上で大儲けしたガマの油売りは、飲み屋でベロベロになった。帰りがけ、両国橋を通りかかり、

「まだ人がいるなあ。もうひと儲けできそうだな。さあさ、お立ち会い……フヒー」と、くだんの口上をしゃべり始めたが、酒のせいで呂律が回らない上に、話す内容も段々おかしくなってくる。

「北の筑波山」が「東の高尾山」に。「四六のガマ」は「一六のガマ」。「ガマの前指が四本、後ろ足が八本」「それじゃあだ」

「いつもはひと貝で百文だが、今回はふた貝で百文」が「いつもはふた貝で百文だが、今回はひと貝で百文」となってしまい、これでは値上げである。

「さあこの通り、たたいて斬……」

自分の腕に刀を当てると、本来なら切り傷に見せるトリックを行うはずが、切れてしまった。「驚くことはない、この通りガマの油をひと付け付ければ、痛みが去って、血も……止まらねえ。ふた付け付ければ……トホホ、お立ち会い」「何だ?」「お立ち会いの中に、血止めはないか」

バリエーション[編集]

  • 短い噺のため、マクラで、両国広小路や回向院境内のインチキ見世物(銭を客からもぎ取ってしまえば、あとは一切構わない、というところから、「モギドリ」と呼ばれる)の小屋を、面白おかしく紹介し、油売りの口上に入る場合が多い。同様のモギドリが紹介される演目に、『軽業』『一眼国』『花見の仇討ち』などがある。
    • 頼朝の骸骨
「あの鎌倉幕府を興した、源頼朝公の骸骨だよ」「偽物ですな、これ」「どうしてです?」「頼朝って、頭が大きかったんでしょう? 川柳にも『拝領の頭巾を梶原縫い縮め』とある」「ああ、これは幼少のみぎりの骸骨でして」
  • 八間の大灯篭
八間は約14.55メートル。案内人に連れられ、小屋の中をとおり、裏口から外に出された。「はい、トォーローゥ(「通ろう」/「灯篭」)!」
  • 目が三つ、歯が二本の化物
小屋の中に入ったら、ただ下駄が一つ落ちているだけ。
血(に模した絵の具)の塗りつけられた大きな板が飾られていて、「板血」。
天竺木綿製の九尺ふんどしが干してある。
以上のようなものを見せられた客が、だまされた、と文句を言っても、興行師は決まって「取ったらもぎ取り、変わろ、変わろ」と言ったという。
  • 3代目春風亭柳好は「歌い調子」と呼ばれるリズミカルな口跡で人気があり、この演目は頻繁に演じられた。口上は立て板に水の名調子であったといわれる。柳好が寄席中継の録音技術が発達する直前に没したため、この演目の音源はスタジオ録音のSPレコードしか残されていないと考えられていたが、2009年、日本ビクターコロムビアから2種類のライブ音源CDが発売された。
  • 5代目古今亭志ん生が朝太のころの正月に、東京の二ツ目という触れ込みで、浜松の寄席を巡業しているときにこの演目を出し、大喝采を受けたが、翌朝の起き抜けにいきなり、宿に4、5人の男に踏み込まれた。男たちいわく「やいやい、俺たちゃあな、本物のガマの油売りで、元日はばかに売れたのに、二日目からはさっぱりいけねえ。どうも変だてえんで調べてみたら、てめえがこんなところでゴジャゴジャ言いやがったおかげで、ガマの油はさっぱりきかねえってことになっちまったんだ!!」[1]

脚注[編集]

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  1. ^ 古今亭志ん生『びんぼう自慢』(ちくま文庫

関連項目[編集]