蟹ケ谷

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
日本 > 神奈川県 > 川崎市 > 高津区 > 蟹ケ谷
蟹ケ谷
—  大字  —
蟹ケ谷の位置(神奈川県内)
蟹ケ谷
蟹ケ谷
蟹ケ谷の位置
座標: 北緯35度34分3.72秒 東経139度37分51.41秒 / 北緯35.5677000度 東経139.6309472度 / 35.5677000; 139.6309472
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Kanagawa Prefecture.svg 神奈川県
市町村 Flag of Kawasaki, Kanagawa.svg 川崎市
高津区
面積[1]
 - 計 0.4242km2 (0.2mi2)
人口 (2017年(平成29年)12月31日現在)[2]
 - 計 8,640人
等時帯 日本標準時 (UTC+9)
郵便番号 213-0025[3]
市外局番 044 (川崎MA)[4]
ナンバープレート 川崎

蟹ケ谷(かにがや)は、神奈川県川崎市高津区大字[5]2011年(平成23年)11月17日時点で、住居表示は未実施である[6]郵便番号は213-0025[3]2010年国勢調査時点での面積は42.4 haである[1]

地理[編集]

高津区の南東端[7]下末吉台地の北東部に位置する[5]。北端を矢上川が流れ、丘陵地に谷戸が刻み込まれた地形となっている[8]。一帯は宅地化がなされている[9]

蟹ケ谷は北端で矢上川を挟んで子母口や明津と、東端で中原区井田と、南端で横浜市港北区下田町と、西端で久末と接する(特記のない町・字は川崎市高津区所属)。

小字[編集]

蟹ケ谷には、鎗ヶ崎西の森池の里緑下東神庭(ひがしかみにわ)・仲町西田原往古滝四方嶺清水という小字がある(地番順)[10]

地価[編集]

住宅地の地価は、2014年平成26年)1月1日公示地価によれば、蟹ケ谷字清水313番50の地点で21万9000円/m2となっている。[11]

歴史[編集]

中世以前[編集]

当地に隣接する井田からは神庭遺跡、井田伊勢台遺跡など縄文時代から古墳時代にかけての遺跡が多数発見されており[8]、また蟹ケ谷でも市内で唯一前方後円墳が発見されている(蟹ヶ谷古墳群[12]

中世には、当地を鎌倉道が通り、源頼朝をかけたと伝わる松がある[9]ほか、専念寺の敷地には安元年間に伊東祐清の子息である祐高が蟄居したと伝わっている[13]

江戸時代[編集]

江戸時代はじめ、当地は旗本の小幡氏領であったが、1697年元禄10年)に天領となった[8]。石は、正保期の『武蔵田園簿』で46あまり、『元禄郷帳』で61石あまり、『天保郷帳』や幕末の『旧高旧領取調帳』では66石あまりであった[5]。低地や谷戸には水田が広がり、台地上には畑が作られていた[9]

明治以降[編集]

明治維新以降当地は神奈川県に属し、行政上は蟹ケ谷村→橘村川崎市というように推移していった[14]昭和に入ると、帝国海軍が通信隊を設置し、戦時中には地下壕も設けられた[15]

戦後しばらくは農村であり続けたが、1960年(昭和35年)以降宅地化が進行していった[9]。なお、旧海軍の建てた鉄塔のうち1基は航空無線の施設に転用され、戦後も長く使われた[5]

地名の由来[編集]

いくつかの説がある[8]

神庭(かにわ)説
1625年寛永2年)の知行状に「橘樹郡加丹羽村」とあること、また神庭遺跡から勾玉などが出土していることから推測されるように、「祭祀を行う場所」という意味合いの「神庭」(かにわ)から転じた。
自然地名説
急な崖を意味する「カニ」から、「急な崖の多い谷戸」の意味合いで付いた。当地の小名として残る「滝ヶ谷」の「タキ」も、カニと同じ意味である。
蟹説
当地の崖下からは湧き水が出て、そこにサワガニが多く住み着いていたことから、「サワガニのいる谷戸」という意味合いで付いた。

沿革[編集]

世帯数と人口[編集]

2017年(平成29年)12月31日現在の世帯数と人口は以下の通りである[2]

大字 世帯数 人口
蟹ケ谷 3,623世帯 8,640人

小・中学校の学区[編集]

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[18][19]

番地 小学校 中学校
全域 川崎市立子母口小学校 川崎市立東橘中学校

交通[編集]

路線バス[編集]

川崎市交通局が当地と武蔵新城駅武蔵小杉駅元住吉駅川崎駅などとを結ぶバスを運行しているほか、東急バスは武蔵新城駅と綱島駅を結ぶバスや当地と溝の口駅を結ぶバス、新日本製鐵研究所の跡地が宅地開発されたさくらが丘Issac日吉日吉駅を結ぶバスを運行している。

道路[編集]

神奈川県道106号子母口綱島線が当地の東端を通過しているほか、それにほぼ並行して宮内新横浜線の計画がある。

施設[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ a b 町丁別面積(総務省統計局「地図で見る統計(統計GIS)」の数値)”. 川崎市 (2015年10月26日). 2018年2月15日閲覧。
  2. ^ a b 町丁別世帯数・人口”. 川崎市 (2018年1月25日). 2018年2月15日閲覧。
  3. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2018年2月15日閲覧。
  4. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2018年2月15日閲覧。
  5. ^ a b c d e 角川日本地名大辞典 14 神奈川県』 p.259。
  6. ^ 区別町名一覧表(高津区)”. 川崎市 (2011年11月17日). 2012年10月18日閲覧。
  7. ^ 川崎の町名』、p.173。
  8. ^ a b c d 川崎地名辞典(上)』、p.400。
  9. ^ a b c d 川崎の町名』、p.174。
  10. ^ 川崎地名辞典(上)』、pp.401-402。
  11. ^ 国土交通省地価公示・都道府県地価調査
  12. ^ “蟹ヶ谷で前方後円墳発見”. タウンニュース 高津区版. タウンニュース社 (横浜市青葉区). (2012年4月13日). http://www.townnews.co.jp/0202/2012/04/13/141804.html 2012年10月8日閲覧。 
  13. ^ a b c 川崎地名辞典(上)』、p.403。
  14. ^ a b 川崎地名辞典(上)』、p.401。
  15. ^ a b c 100.海軍地下壕跡”. 川崎市 (2012年9月15日). 2012年10月18日閲覧。
  16. ^ 「大字及字区域変更」(昭和13年5月31日神奈川県公報pp.37-62)
  17. ^ 住居表示新旧対照案内図 No.67 中原区井田1, 2, 3丁目、井田三舞町、井田杉山町、井田中ノ町 川崎市、1996年。
  18. ^ 川崎市立小学校の通学区域”. 川崎市 (2015年4月1日). 2018年2月15日閲覧。
  19. ^ 川崎市立中学校の通学区域”. 川崎市 (2015年4月1日). 2018年2月15日閲覧。

参考文献[編集]

  • 『川崎の町名』 日本地名研究所 編、川崎市、1995年
  • 『川崎地名辞典(上)』 日本地名研究所 編、川崎市、2004年
  • 角川日本地名大辞典 14 神奈川県』 角川書店1984年