行くぞ大洋

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横浜DeNAベイスターズ > 行くぞ大洋
行くぞ大洋
大洋ホエールズ選手/三鷹淳とチャッピーズシングル
初出アルバム『『'89横浜大洋ホエールズ選手別応援歌』(1989年)』
B面 勝利花
リリース
規格 シングルレコード
ジャンル 球団歌
レーベル 日本コロムビア
作詞・作曲 作詞:能丸武 / 作曲:三鷹淳
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行くぞ大洋』(ゆくぞたいよう)は、かつて日本プロ野球セントラル・リーグに所属していた大洋ホエールズ(現・横浜DeNAベイスターズ)の球団歌。作詞・能丸武、作曲・三鷹淳。発表・制定は1977年昭和52年)[1]

概要[編集]

1950年(昭和25年)の球団創設以来、初めての球団歌として川崎球場を本拠地として使用した最終年である1977年に制定され、日本コロムビアよりレコードが発売された。発表当時、セントラル・リーグの6球団はもとよりパシフィック・リーグを含む日本野球機構(NPB)所属12球団の中では大洋が最後発の球団歌制定であった[2]。B面は大洋ホエールズ讃歌「勝利花」で、歌唱は「大洋ホエールズ選手/三鷹淳とチャッピーズ」とジャケットに記載されている。

球団は翌1978年(昭和53年)より横浜スタジアムへ本拠地を移転し横浜大洋ホエールズへ改称したが、この球団歌に関しては歌詞に地名が入っていないこともあり1992年平成4年)まで引き続き使用された。その関係でレコードのジャケットにはオレンジと緑色(いわゆる湘南電車カラー)のユニフォームを着た選手10名が整列している初期バージョンと、1978年以降の横浜スタジアムを背景に紺色のユニフォームを着た選手12名が整列している後期バージョンの2種類が存在する。

本曲・「勝利花」ともに1989年(平成元年) - 1992年までコロムビアミュージックエンタテインメント(現・日本コロムビア)よりCD・カセットテープで発売された『横浜大洋ホエールズ選手別応援歌』に収録されている。

2004年(平成16年)1月21日にコロムビアミュージックエンタテインメントより発売されたコンピレーション・アルバム『ハーバーライト 〜横浜BEST〜』では18曲目に本曲が収録されている[3]

2016年DeNAがベイスターズの親会社になってから5周年を記念して、ベイスターズ球団から復刻版CD「『行くぞ大洋/勝利花』We☆YOKOHAMA限定パッケージ」が発売された[4]

脚注[編集]

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  1. ^ 日本音楽著作権協会(JASRAC)作品コード:090-4576-7。
  2. ^ 1953年(昭和28年)に大洋と合併し、大洋松竹(洋松)ロビンスとなった松竹ロビンスは球団名を大陽ロビンスとしていた1947年(昭和22年)に球団歌「輝けロビンス」を制定していたが、この球団歌が松竹に引き継がれたか否かは不明。
  3. ^ ハーバーライト 横浜ベスト - 日本コロムビア。
  4. ^ 6/15(水)・16(木)は『We☆YOKOHAMA DAY』!!【横浜大洋】グッズ新商品が登場!!”. 横浜DeNAベイスターズ公式サイト (2016年6月10日). 2018年12月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年12月24日閲覧。

関連項目[編集]

  • 熱き星たちよ - 1993年シーズンよりベイスターズへ球団名を改称した際、本曲に代わり制定された球団歌。