衣笠 (京都市)

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衣笠
きぬがさ
日章旗 日本
地方 近畿地方
都道府県 京都府
自治体 京都市北区
旧自治体 愛宕郡衣笠村
世帯数
4,097世帯
総人口
7,718
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金閣寺

衣笠(きぬがさ)は、京都府京都市北区の地区名のひとつ。地域としては、衣笠の他に等持院や小松原、平野、北野、大北山などの全域や一部を含むが、そのうち「衣笠」を冠称する町名は23に止まる。本項では同区域にかつて存在した葛野郡衣笠村(きぬがさむら)についても述べる。

概要[編集]

北区右京区の境界を成す衣笠山(きぬがさやま)[1]は、宇多天皇法皇)が夏のさなかに雪が見たいと所望して白絹をかけたという故事から「きぬかけ山」とも呼ばれ、それが衣笠山の東部および南麓一帯であるこの地の地名の由来となっている。

鹿苑寺(金閣寺)、等持院真如寺など臨済宗の名刹、桜の名所として有名な平野神社、8月16日の夜の伝統行事である京都五山送り火のひとつである大文字山(通称:左大文字山)や、農耕と安産の神様として親しまれている敷地神社(通称:わら天神)[2]など、多くの名勝旧跡に恵まれ、京都府立堂本印象美術館立命館大学衣笠キャンパスなどの文化施設や文教施設も立地している。石庭で有名な龍安寺も衣笠地区の西隣に隣接しており[3]、四季を通じて多くの観光客で賑わう。

左京区北白川が学者・学生の町として第二次世界大戦前から特異な存在を誇ったのと同じように、日本画の画材となる自然があふれ名刹にも近く、京福電気鉄道嵐電)や路線バスでの嵯峨野嵐山へのアクセスにも便利な衣笠地区周辺には、大正末から昭和50年代頃まで、堂本印象福田平八郎徳岡神泉小野竹喬山口華楊木島桜谷菊池芳文土田麦僊菊池契月金島桂華、といった日本画の大家とその門弟が集まった。また洋画では黒田重太郎があり、日本映画発祥の地としての等持院など、芸術文化の町として、戦前から日本全国に知られる[4]。そのために衣笠地区周辺は、別名「(衣笠)絵描き村」とも呼ばれた[5]

かつては、東亜キネマ等持院撮影所[6](後の東亜キネマ京都撮影所[7][8][9])や、プロ野球松竹ロビンスフランチャイズ球場であった衣笠球場や、京都府立図書館上京分館が存在した。

歴史[編集]

きぬがさむら
衣笠村
廃止日 1918年4月1日
廃止理由 編入合併
京都市、愛宕郡野口村、鞍馬口村、下鴨村田中村白川村、大宮村(一部)、上賀茂村(一部)、葛野郡衣笠村京都市上京区
現在の自治体 京都市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 近畿地方
都道府県 京都府
葛野郡
隣接自治体 京都市(上京区)
葛野郡朱雀野村、花園村
愛宕郡大宮村、野口村、鷹峯村
衣笠村役場
所在地 京都府葛野郡衣笠村
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旧葛野郡衣笠村は1918年大正7年)に京都市に編入され、当時の上京区の一部となり[10]1955年昭和30年)に上京区から北区を分区して以来、北区に編入され、現在の境域となった。

交通[編集]

※住所表記としての「衣笠」に関する範囲について記す。

地域内を走る鉄道は無く、路線バスのみ。

主な施設[編集]

文教施設など[編集]

※立命館大学を除き、住所表記としての「衣笠」に立地、所在しているものを記す。
  • 立命館大学衣笠キャンパス
1939(昭和14)年11月に立命館日満高等工科学校等持院学舎(現在の立命館大学理工学部)として開設[11]。1981年(昭和56年)に当時の広小路キャンパスから全面移転し、現在は法学部、文学部、産業社会学部国際関係学部、映像学部が所属している。
  • 京都市立衣笠中学校
1948年(昭和23年)開校[12]
  • 京都市立金閣小学校(旧称・京都市立第二衣笠小学校)
1958年(昭和33年)、京都市立衣笠小学校宮敷分校(最初は北区平野宮敷町で分教場)として開校ののち、1965年(昭和40年)に京都市立第二衣笠小学校として分離[13]。1972年(昭和47年)、現校名に改称。
  • 衣笠幼稚園
学校法人大五洋が運営する私立幼稚園。1953年(昭和28年)創立。[14]
  • 衣笠こども園(旧名 衣笠保育園)
社会福祉法人大五京が運営する私立こども園。1950年(昭和25年)、上京区小松原にて創立したのち、1960年(昭和35年)に現在地に移転。2015年(平成27年)4月より衣笠こども園として、保育園から幼保連携型認定こども園に移行。[15]

主な寺社・名勝・旧跡・レジャー[編集]

※鹿苑寺を除き、住所表記としての「衣笠」に立地、所在しているものを記す。
足利義満の別荘を、その死後に寺とした相国寺の山外塔頭寺院。金箔が貼られた舎利殿(金閣)は昭和時代の再建だが、北山文化を伝える代表的な建築である。世界遺産古都京都の文化財」の構成物件。
  • 菩提樹山 法音寺[16]
浄土宗西山派の寺院。旧大北山村の菩提寺であり、五山送り火においては同地に所在する左大文字の親火が採火される。
紙屋川沿いに位置している。結婚式場や庭園および料亭・レストランのほか、ボウリング場やプールを擁する。

関連人物[編集]

括弧内は、生没年・生前の居住地の順に記す。

脚注[編集]

  1. ^ 神奈川県横須賀市に在る衣笠山は、濁らずに「きぬかさやま」と読む。
  2. ^ 4月の第1日曜日に京都で一番早い春の祭りといわれる「北山お弓祭り」が行われる。
  3. ^ 旧葛野郡花園村は、昭和6年京都市に編入され、右京区の一部となった。このうち、大字谷口は「谷口」を冠称する5町と「龍安寺」を冠称する11町に編成された。 ※参考 : 京都市右京区の町名#旧花園村
  4. ^ 『京都市立衣笠小学校百周年記念誌』(衣笠小学校百周年記念事業委員会、1973年) p.52
  5. ^ 堂本印象美術館 企画展「KYOTOきぬがさ絵描き村―印象・平八郎・神泉・竹喬・華楊―」 - 立命館大学
  6. ^ 日本映画の祖ともいわれる牧野省三撮影所をつくったのは、等持院表門(山門)を入った左側(西側)。現在は等持院所有の借地の閑静な住宅地になっている。『京都市立衣笠小学校百周年記念誌』(衣笠小学校百周年記念事業委員会、1973年) p.59
  7. ^ 京都市明細図NW89(京の記憶ライブラリ) - 京都府立総合資料館
  8. ^ 京都市明細図NW90(京の記憶ライブラリ) - 京都府立総合資料館
  9. ^ 「現在の地図から『京都市明細図』を閲覧する場合は、こちら」
  10. ^ 葛野郡(かどのごおり)衣笠村は、1918年(大正7年)4月に京都市に合併され、上京区第35地区となった。『京都市立衣笠小学校百周年記念誌』(衣笠小学校百周年記念事業委員会、1973年) p.51
  11. ^ 立命館 史資料センター - 立命館 史資料センター(2017年12月26日閲覧)
  12. ^ 『生徒会誌衣笠第十号』(衣笠中学校生徒会、1969年)P.4
  13. ^ 『京都市立衣笠小学校百周年記念誌』(衣笠小学校百周年記念事業委員会、1973年)p.43
  14. ^ 大五洋 衣笠幼稚園 - 学校法人大五洋(2012年11月11日閲覧)
  15. ^ 法人概要(大五京について) - 社会福祉法人大五京(2012年11月11日閲覧)
  16. ^ 法音寺 - 京都観光Navi(京都市産業観光局、京都高度技術研究所、2012年11月11日閲覧)

関連項目[編集]

  • 3 衣笠界隈(おすすめエリア) - 京都市北区 歩くマップ(京都市北区役所)


座標: 北緯35度02分14.5秒 東経135度43分49.6秒 / 北緯35.037361度 東経135.730444度 / 35.037361; 135.730444