西側よしみ

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西側よしみ Swimming pictogram white.svg
Yoshimi Nishigawa 1974.jpg
1974年当時
選手情報
フルネーム 西側よしみ
国籍 日本の旗 日本
泳法 自由形背泳ぎ個人メドレー
生年月日 (1953-04-08) 1953年4月8日(66歳)
生誕地 大阪府
身長 171cm
体重 64kg
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西側 よしみ(にしがわ よしみ、1953年4月8日 - )は、大阪府茨木市出身の元競泳選手。現在は茨城県守谷市在住。武庫川女子大学短期大学部卒業。オリンピックに3大会連続で出場した。現在は村山よしみの名前で日本水泳連盟理事・広報委員長、社団法人日本マスターズ水泳協会理事やトータル・オリンピック・レディス会幹事等を務める。

主な競技歴[編集]

  • 1965年9月 奥田精一郎に誘われ山田スイミングクラブに入部。金田平八郎、加藤浩時の指導を受ける。
  • 1968年8月 日本水泳選手権大会 200m平泳ぎ 3位、200m個人メドレー 優勝(2分32秒7・日本新)
  • 1968年10月 メキシコシティーオリンピック出場
    • 200m個人メドレー5位入賞(2分33秒7)、200m平泳ぎ予選敗退、400mフリーリレー6位入賞(4分13秒6)
  • 1969年8月 日本水泳選手権大会 200m個人メドレー優勝(2分31秒1・日本新)、400m個人メドレー優勝(5分25秒3・日本新)
  • 1970年8月 日本水泳選手権大会 200m個人メドレー、400m個人メドレー優勝
  • 1970年12月 第6回アジア大会バンコク)100m自由形優勝(1分1秒0・日本新)、200m自由形優勝、200m個人メドレー優勝、400mメドレーリレー優勝、400mフリーリレー優勝(5冠)
  • 1971年3月 1970年度日本水泳連盟「最優秀選手賞」受賞
  • 1971年8月 全米水泳選手権 200m個人メドレー 優勝(2分26秒0・予選の2分25秒6は日本新)
  • 1972年3月 1971年度日本水泳連盟「最優秀選手賞」受賞
  • 1972年8月 ミュンヘンオリンピック出場
    • 200m個人メドレー7位入賞(2分26秒35)、400mフリーリレー予選敗退、400mメドレーリレー6位入賞(4分30秒18)
  • 1972年12月 山田スイミングクラブ解散に伴い、イトマンスイミングスクールに移籍。
  • 1973年8月 日本水泳選手権大会 100m自由形、100m背泳ぎ優勝
  • 1974年9月 第7回アジア大会テヘラン) 100m、200m自由形(2分12秒91・日本新)、200m個人メドレー等で5冠
    • この後、選手活動を一時休止する。
  • 1976年2月 選手活動を再開する。
  • 1976年7月 モントリオールオリンピック出場
    • 100m背泳ぎ15位(1分06秒46)、200m背泳ぎ予選敗退、400mメドレーリレー7位入賞(4分23秒47)。この大会を最後に引退。

エピソード[編集]

夫の村山隆志は1976年モントリオールオリンピックボート競技エイト代表で、現在はトランスメタ日本法人代表取締役社長である。

参考文献[編集]

吉広紀代子 『わたし流、プレッシャー物語-オリンピックの女たちの素敵な生き方』 日本文化出版、1988年 (ISBN 4-93-103382-2)