西大路家

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西大路家
家紋
でんじそう
田字草
本姓 藤原北家四条流庶流
家祖 四条隆綱?
四条隆政?
(明確ではない)
種別 公家羽林家
華族子爵
出身地 山城国
主な根拠地 山城国
東京府
支流、分家 油小路家羽林家
凡例 / Category:日本の氏族

西大路家(にしおおじけ)は、羽林家の家格を持つ公家である。藤原北家末茂流であり四条家の分家である。家業は、書道である。家紋は、田字草。江戸時代家禄は100明治維新後、華族令施行により隆修が子爵に叙せられた。


概要[編集]

古文書には四条隆綱を祖とするものと、孫の四条隆政を祖とするものとがある。西大路隆仲の代から西大路の家名が明記されている。隆仲以降公卿を代々輩出していたが西大路隆範の代に中絶。その後広橋総光の子西大路隆郷が西大路家を再興して宝永5年(1708年)に公卿に上り、以後幕末まで代々が公卿になっている。

菩提寺龍光院である。

系譜[編集]

幕末の領地[編集]

国立歴史民俗博物館の『旧高旧領取調帳データベース』より算出した幕末期の西大路家領は以下の通り。(5村・100石余)

  • 山城国愛宕郡岡崎村のうち - 14石余
  • 山城国愛宕郡田中村のうち - 1石余
  • 山城国愛宕郡千本廻りのうち - 2石余
  • 山城国葛野郡岡村のうち - 2石余
  • 山城国乙訓郡上植野村のうち - 80石余

参考文献[編集]