西川遥輝

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西川 遥輝
北海道日本ハムファイターズ #7
NF-Haruki-Nishikawa20120310.jpg
2012年3月12日、阪神甲子園球場にて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 和歌山県紀の川市
生年月日 (1992-04-16) 1992年4月16日(28歳)
身長
体重
181 cm
79 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 外野手二塁手一塁手
プロ入り 2010年 ドラフト2位
初出場 2012年3月30日
年俸 2億4000万円(2021年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

西川 遥輝(にしかわ はるき、1992年4月16日 - )は、北海道日本ハムファイターズに所属する和歌山県紀の川市出身のプロ野球選手外野手)。右投左打。

2020年シーズンからは日本ハムのチームキャプテンを務める。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

社会人まで野球をしていた父親の影響で、西貴志小学校1年から野球を始め、貴志川中学校時代は打田タイガースに所属し2年時に全国大会優勝を果たす。

智弁和歌山高校進学後は1年時の2008年春から「1番・遊撃手」に抜擢され、春季大会では早くも4本塁打を記録。第90回選手権大会には直前に手を怪我し、痛み止めを飲みながら主に「9番・三塁手」で出場。初打席セーフティーバントを成功させ、準々決勝の常葉学園菊川高校戦では2打席連続で三塁打を打つなど、13打数6安打を記録した。

1年秋からは3番を任され、2年生になった翌2009年春には右翼手転向する。6月の明徳義塾高校との練習試合で怪我を負い、その影響で夏の和歌山大会は満足に出場できなかったが、チームは第91回選手権大会に出場した。2回戦の札幌第一高校戦で適時二塁打を打つなど12打数4安打を記録した。

3年生になった2010年にはそれまで苦しんだ故障から回復したが、第82回選抜大会では同大会の優勝校である興南高校に敗れ、2回戦敗退。第92回選手権大会では成田高校に敗れ、初戦敗退となった。高校通算13本塁打。

2010年度ドラフト会議にて内野手として北海道日本ハムファイターズから2巡目指名を受け[2]、契約金6,000万円、年俸600万円(金額は推定)という条件で入団。入団当初の背番号は「26」。

日本ハム時代[編集]

2011年は右肩を故障した影響で、イースタン・リーグの公式戦では指名打者に専念した。5月22日には二軍での活躍が認められ一軍へ昇格したが、試合に出場することなく5月24日に二軍へ降格。10月8日に行なわれたファーム日本選手権では、適時打を含む3安打を放ち優秀選手賞を受賞した[3]

2012年は春季キャンプから新監督の栗山英樹に期待され、オープン戦で好調を維持して開幕を一軍で迎えた。3月30日の埼玉西武ライオンズとの開幕戦で、ターメル・スレッジ代走としてプロ初出場を果たし、2日後の4月1日にプロ初盗塁を記録した。その後、二軍での再調整を経て故障したスレッジと入れ替わりで6月16日に再び一軍へ昇格した。6月18日の横浜DeNAベイスターズ戦にて小杉陽太からプロ初安打、6月27日の東北楽天ゴールデンイーグルス戦では美馬学からプロ初本塁打を記録した[4]。その後は主に代打や指名打者として起用された。8月4日の楽天戦には、代打出場で逆転二塁打を打ってチームを勝利に導いた[5]。正二塁手田中賢介が離脱した翌日の8月30日には、二塁手で先発出場し、田中が抜けた穴を埋める働きを見せた。71試合に出場し、打率.239、2本塁打、13打点、7盗塁、14四球、出塁率.311を記録した。

2013年は開幕戦先発出場を勝ち取りそのまま二塁手のレギュラーに定着。しかし、6月3日のDeNA戦で左ひざ靭帯損傷と左脛骨骨挫傷を負い、2ヶ月以上にわたり戦線離脱。その間に中島卓也が二塁手に定着したこともあり、復帰後は主に一塁手左翼手として出場した。前年を上回る85試合に出場し、打率.278、2本塁打、26打点、リーグ6位となる22盗塁、31四球、出塁率.358を記録した。また、盗塁成功率では中島と共に9割を超えた。

2014年は開幕からしばらくは二塁手、主に2番打者を務めたが、三番打者がなかなか定着しないチーム事情により、交流戦頃からはそれまで2番打者だった陽岱鋼が3番に、空いた1番に西川が起用されることが多くなった。守備の面で苦戦を強いられ、中田翔の左ひざの状態もあって一塁手や左翼手としても出場した。前年から二塁手の定位置を争っていた中島が二塁手に完全に定着したこともあって、後半戦は主に右翼手を務めた。最終的には自己最多となる143試合に出場し、打率.265、8本塁打、自己最多となる57打点、リーグ9位となる63四球、出塁率.343を記録し、盗塁ではリーグトップとなる43盗塁で自身初となる最多盗塁のタイトルを獲得した。最多盗塁を獲得したのは前年の陽岱鋼に続いて球団史上2人目で、日本人選手としては球団史上初の記録となった。また、シーズン三塁打13本はリーグ最多で、歴代6位を記録した。

2015年は背番号を「8」に変更するとともに、陽が故障で離脱していた前半戦では、主に1番打者を務めた。しかし、些細なミスが多く、シーズン中にはスタメン落ちや二軍調整も経験した。左翼手として出場した7月20日の楽天戦(札幌ドーム)には、6回表1死1塁の守備でギャビー・サンチェスが放った飛球を捕ると、捕ったボールを観客席へ投げ入れるというミスを犯している。アウトカウントを誤認したことによるもので、楽天の一塁走者ウィリー・モー・ペーニャには2つの安全進塁権が与えられたものの、先発投手のルイス・メンドーサが後続の打者を抑えたことから失点には至らなかった[6][7]。陽が戦線に復帰した中盤戦以降は、陽が再び1番打者を務めたことから、主に9番打者として出場した。前年を下回るも125試合に出場し、打率.276、5本塁打、35打点、リーグ3位となる30盗塁、60四球、出塁率.368を記録した。シーズン終了後に開かれた第1回WBSCプレミア12に日本代表の第1次候補選手へ選出されたが[8]、出場には至らなかった。

2016年は背番号を「7」に変更。前年の背番号「8」は捕手近藤健介が着用することになった。レギュラーシーズンの序盤は不調にあえぎ、2番打者や9番打者に回るも、セ・パ交流戦後から打撃のスタイルを一新。長打を捨てて単打と出塁に徹することで、「1番・左翼手」の定位置を掴み取り、打率・出塁率の大幅な上昇につながった。7月以降の公式戦では本塁打がなく、三塁打の本数も前半戦から大幅に減らしたものの、単打や二塁打の本数を増やす。138試合に出場し、キャリアハイでリーグ2位となる打率.314、5本塁打、43打点、リーグ3位となる41盗塁、同6位となる73四球、同4位となる出塁率.405を記録し、4年ぶりのリーグ優勝の原動力となった。クライマックスシリーズ突破を経て進出した広島東洋カープとの日本シリーズでは、同点で迎えた10月27日の第5戦(札幌ドーム)9回裏2死満塁の打席で、自身と同じ1992年生まれの中﨑翔太からサヨナラ本塁打を記録した。日本シリーズにおけるサヨナラ満塁本塁打は、1992年の第1戦12回裏に杉浦亨ヤクルトスワローズ)が代打で放って以来史上2人目で、スタメンに起用された選手や9回裏での記録としては初めてである[9][10]。29日の第6戦(マツダスタジアム)では、1回表の第1打席に野村祐輔が投じた初球で三塁打を記録すると、4回表の第3打席でも2点三塁打を放ってチームのシリーズ制覇に貢献した。日本シリーズの1回表に1番打者が相手投手の初球で三塁打を記録した事例は史上初めてで、1人の選手が日本シリーズで1試合に2本の三塁打を放った事例は、2003年の第2戦川﨑宗則福岡ダイエーホークス)が記録して以来2人目である[11]。。これらの活躍から日本シリーズの優秀選手に選ばれた。オフにはパ・リーグの外野手部門でベストナインへの初選出を果たした[12][13]。契約交渉では推定年俸1億円(3,800万円増)で契約を更改した[14]

2017年は登録ポジションを内野手から外野手へ変更した。前年に続いて「1番・左翼手」として公式戦の開幕を迎えたが、シーズン途中からは読売ジャイアンツへFA移籍した陽岱鋼の後任として中堅手で起用された。チームが菊池雄星の前に1安打完封負けを喫した4月21日の対西武戦(メットライフドーム)では、1回表の第1打席に菊池からチーム唯一の安打を記録した[15]。さらに、オールスターゲームには、故障を理由に出場を辞退したチームメイトの近藤(ファン投票パ・リーグ外野手部門3位)に代わる補充選手として初出場[16]。7月14日の第1戦(ナゴヤドーム)では、5回裏の守備から出場すると、7回表の初打席で初安打を記録した。さらに、8回表の打席で右翼5階席に推定飛距離141mの本塁打を放ったことから、敢闘選手賞を受賞[17]。この年から創設された「マイナビ賞」(オールスターゲーム2試合を通じて1名だけ選出される協賛社特別表彰)の受賞にも至った[18]。138試合に出場し、リーグ4位となる打率.296、9本塁打、44打点、同4位となる69四球、同3位となる出塁率.378を記録し、盗塁では源田壮亮とシーズンを通して争った末に、39盗塁で盗塁王のタイトルを3年ぶりに獲得した。オフには2年連続となる外野手部門でのベストナインと、自身初となるゴールデングラブ賞を受賞した。

2018年は一軍公式戦の開幕から正中堅手に定着。6月1日の中日ドラゴンズ戦(札幌ドーム)2回裏の第2打席に中前安打で出塁すると、シーズン通算18個目の盗塁を二盗で記録したことによって、NPB史上75人目の一軍公式戦通算200盗塁を達成した(詳細後述)。シーズン序盤は1番打者を任されていたが、開幕から2番に入っていた大田泰示が故障で戦線を離脱した6月下旬以降は、大田に代わって2番を打つこともあった。140試合に出場し、打率.278、自己最多且つ初となる二桁本塁打の10本塁打、48打点、リーグ最多の96四球、同6位の出塁率.391を記録し、44盗塁で2年連続3度目となる盗塁王を獲得した。オフには2年連続2度目となるゴールデングラブ賞を受賞した。契約更改では推定年俸2億円となる2年総額4億円の複数年契約を結んだ[19]

2019年も中堅手のレギュラーとして142試合に出場し、リーグ10位となる打率.288、5本塁打、41打点、同6位となる19盗塁、同2位の93四球、同5位の出塁率.393を記録した。2014年シーズン以来、5年連続で記録していた30盗塁がこのシーズンで途切れた。守備では3年連続となるゴールデングラブ賞を受賞した。オフの契約更改で2020年から中田翔に代わりチームのキャプテンを務めることと、2020年のオフにポスティングシステムでのMLB挑戦を希望することを発表した。

2020年新型コロナウイルスの影響で開幕が約3ヶ月遅れた中、開幕2戦目となる6月20日の西武戦で4回表に松本航から右前安打を放ち、通算1000本安打を達成した[20]。7月14日の千葉ロッテマリーンズ戦(札幌ドーム)で1回裏に出塁した際に2盗をし、史上46人目となる通算250盗塁を達成した[21]。この時点での通算盗塁成功率は.863で、通算250盗塁以上で成功率8割超えは、西川を含め5人しかいなかった。120試合中115試合に出場し、リーグ4位となる打率.306、5本塁打、39打点、同2位の42盗塁、リーグ最多の92四球、同4位の出塁率.430を記録した。オフには4年連続でゴールデングラブ賞を受賞した。

2021年1月3日にポスティング移籍での交渉が成立しなかった為、1月28日に4000万円増となる2億4000万円で契約更改した[22]

選手としての特徴[編集]

一塁までの到達時間が2013年にはバント安打で3秒57、内野安打で3秒97を記録する俊足の持ち主[23]。50メートル走5秒8[24]。また、一定の長打力も兼ね備えていることから、併殺打数が少なく、2016年のシーズンには2009年の田中賢介以来となる「規定打席到達者のシーズン併殺打なし」を記録した[25]

非常に高い走塁・盗塁技術を誇り、日本ハム入団8年目の2018年6月1日に中日戦でNPB一軍公式戦通算200盗塁を記録し、盗塁死はわずか31で、盗塁成功率.868は歴代の200盗塁達成者75名の中で最も高かった(2位は鈴木尚広の.830)。西川自身は200盗塁を達成した直後に、「アウトになるなら、走らないほうが良い。(盗塁の成功数が増えるにつれて相手バッテリーからの)マークが厳しくなるのは仕方がないが、(相手バッテリーに)隙ができたら走れば良いので、盗塁成功率をもっと上げられる」と述べている[26]。2020年シーズン終了時点で通算盗塁成功率.864を記録している。

打撃では、一本足打法でタイミングを取る。追い込まれた場合にはミート中心のスイングに切り替える[23]。2015年には、従来の一本足打法から、大きく上げた右足をもう一度上げてから下ろす一本足打法を導入していた[27]。選球眼がよく、四球も多く選べるため、出塁率も高い。

視野を広くするため、帽子の鍔は折らず真っ平らにしている[28]

2018年5月30日の巨人戦(東京ドーム)でも、3点リードの9回表1死から二塁走者として三塁への盗塁に成功。成功の直後に「西川選手通算200盗塁」というメッセージやアナウンスがドーム内で流されたが、「巨人の野手陣が西川の走塁に無関心だった」という公式記録員の判断で、このプレーは盗塁とみなされなかった[29]

人物[編集]

端正な顔立ちから女性人気が高く、「ハルキスト」[30][31]と呼ばれる熱狂的なファンも多い。

2016年6月にファイターズが実施したファン投票企画「彼氏にしたい選手No.1決定戦」では、中島卓也大谷翔平に次いで3位にランクイン[32]。大谷がポスティングシステムを通じてMLBロサンゼルス・エンゼルスへ移籍した2018年からは、ニッポンハムグループの「食とスポーツ応援アンバサダー」へ任命されるとともに、前年まで大谷が出演していたグループのテレビCMに登場している[33]

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2012 日本ハム 71 155 134 22 32 6 1 2 46 13 7 0 7 0 14 0 0 34 0 .239 .311 .343 .654
2013 85 332 281 35 78 18 1 2 104 26 22 2 14 1 31 0 5 69 5 .278 .358 .370 .729
2014 143 637 555 90 147 19 13 8 216 57 43 11 16 0 63 1 3 139 1 .265 .343 .389 .732
2015 125 521 442 68 122 18 9 5 173 35 30 7 15 0 60 2 4 98 1 .276 .368 .391 .759
2016 138 593 493 76 155 18 4 5 196 43 41 5 22 2 73 0 3 113 0 .314 .405 .398 .802
2017 138 623 541 82 160 26 6 9 225 44 39 5 6 3 69 0 4 103 6 .296 .378 .416 .794
2018 140 636 528 90 147 25 6 10 214 48 44 3 7 2 96 1 3 103 1 .278 .391 .405 .796
2019 142 651 548 88 158 26 6 5 211 41 19 5 8 0 93 2 2 111 5 .288 .393 .385 .779
2020 115 523 422 82 129 17 3 5 167 39 42 7 4 3 92 1 2 84 5 .306 .430 .396 .825
NPB:9年 1097 4671 3944 633 1128 173 49 51 1552 346 287 45 99 11 591 7 26 854 24 .286 .382 .394 .775
  • 2020年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

年度別打撃成績所属リーグ内順位[編集]

























2012[34] 20 パ・リーグ - - - - - - - - -
2013[35] 21 - - - - - - 6位 - -
2014[36] 22 - 10位 - 1位 - - 1位 9位 -
2015[37] 23 - - - 2位 - - 3位 - 8位
2016[38] 24 2位 6位 - 7位 - - 3位 6位 4位
2017[39] 25 4位 3位 8位 4位 - - 1位 4位 3位
2018[40] 26 - - - 6位 - - 1位 1位 6位
2019[41] 27 10位 8位 10位 2位 - - 6位 2位 5位
2020[42] 28 4位 4位 - 9位 - - 2位 1位 4位
  • -は10位未満(打率は規定打席未到達の場合も-と表記)

年度別守備成績[編集]

内野守備


一塁 二塁 三塁 遊撃
















































2012 日本ハム - 29 44 57 5 10 .953 5 1 4 1 0 .833 2 2 1 0 0 1.000
2013 24 193 7 1 7 .995 56 116 166 10 28 .966 - -
2014 51 245 15 1 19 .996 60 130 160 9 23 .970 - -
2015 13 55 2 0 1 1.000 6 11 17 2 3 .933 - -
2016 7 45 3 0 1 1.000 - - -
通算 95 538 27 2 28 .996 151 301 400 26 64 .964 5 1 4 1 0 .833 2 2 1 0 0 1.000
外野守備


外野












2013 日本ハム 5 8 0 0 0 1.000
2014 68 92 3 2 2 .979
2015 116 199 2 6 1 .971
2016 128 245 9 3 2 .988
2017 138 281 2 2 0 .993
2018 139 309 4 3 2 .991
2019 142 278 5 3 3 .990
2020 100 202 2 2 0 .990
通算 836 1614 27 21 10 .987

タイトル[編集]

  • 盗塁王:3回(2014年、2017年 - 2018年)

表彰[編集]

記録[編集]

初記録
節目の記録
その他の記録

背番号[編集]

  • 26(2011年 - 2014年)
  • 8(2015年)
  • 7(2016年 - )

登場曲[編集]

関連情報[編集]

出演[編集]

CM[編集]

  • ニッポンハムグループ(2018年1月 - )
    • 全国向けに放送される「強いカラダをつくる、は終わらない。」編に単独で出演するほか、ファイターズの本拠地である北海道内を中心に放送されるCMで、自身と同じく「食とスポーツ応援アンバサダー」へ任命された栗山英樹一軍監督およびチームメイト(田中賢介・中島・近藤・杉谷拳士)と共演[33]

テレビ番組[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ 日本ハム - 契約更改 - プロ野球. 日刊スポーツ. 2021年1月24日閲覧。
  2. ^ 「2010年 新人選手選択会議」交渉権獲得選手のお知らせ 北海道日本ハムファイターズ
  3. ^ 捕手が二塁で先発…日本ハム故障者続出で敗戦も奮闘 スポニチ Sponichi Annex、2011年10月9日
  4. ^ “2年目の西川がプロ1号も…今季17度目の1点差負け”. スポニチSponichi Annex (スポーツニッポン). (2012年6月28日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2012/06/28/kiji/K20120628003559300.html 2013年4月25日閲覧。 
  5. ^ “西川が逆転二塁打!「いい年を過ごせているとは思う」”. スポニチSponichi Annex (スポーツニッポン). (2012年8月4日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2012/08/04/kiji/K20120804003834650.html 2013年4月25日閲覧。 
  6. ^ 日本ハム珍プレー 西川2死でボールをスタンドへ”. 日刊スポーツ (2015年7月20日). 2015年7月20日閲覧。
  7. ^ 西川 とんだ珍プレー!アウトカウント勘違いでボールをスタンドに…”. スポニチ Sponichi Annex (2015年7月20日). 2015年7月20日閲覧。
  8. ^ トップチーム第一次候補選手発表!11月に行われる「WBSC世界野球プレミア12」へ向けて65名が名を連ねる 野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト (2015年7月16日) 2015年8月4日閲覧
  9. ^ “日本ハム・西川、92年杉浦以来の日本Sサヨナラ満塁弾”. 産経スポーツ. (2016年10月28日). http://www.sanspo.com/baseball/news/20161028/fig16102805020003-n1.html 
  10. ^ a b c d “日本ハム西川「最高」日本S史上2人目サヨナラ満弾”. 日刊スポーツ. (2016年10月28日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/1730189.html 
  11. ^ “西川 ムネリン以来1試合2三塁打 優秀選手に選出”. スポーツニッポン. (2016年10月30日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2016/10/30/kiji/K20161030013628700.html 
  12. ^ 日本ハム西川、初のベストナイン選出「光栄です」 - 野球 : 日刊スポーツ”. nikkansports.com. 2021年2月23日閲覧。
  13. ^ ハムからリーグ最多5部門4人 西川は初ベストナイン”. www.sponichi.co.jp. 2021年2月23日閲覧。
  14. ^ “日本ハム西川1億円更改 来季外野手登録でも「打率3割続けたい」”. デイリースポーツ. (2016年12月1日). http://www.daily.co.jp/baseball/2016/12/01/0009713122.shtml 
  15. ^ “日本ハム西川チーム唯一安打も反省「ウチが悪い」”. 日刊スポーツ. (2017年4月22日). https://www.nikkansports.com/baseball/news/1811571.html 
  16. ^ “マイナビオールスターゲーム2017 出場選手変更のお知らせ”. 日本野球機構. (2017年7月3日). http://npb.jp/news/detail/20170703_03.html 
  17. ^ “日本ハム西川、敢闘賞を獲得「忘れられない球宴」”. 日刊スポーツ. (2017年7月15日). https://www.nikkansports.com/baseball/news/1855717.html 
  18. ^ “マイナビオールスターゲーム2017 表彰選手”. 日本野球機構. (2017年7月15日). http://npb.jp/allstar/2017/award_2.html 
  19. ^ 日本ハム西川2年4億「年俸に見合った実力を」 - プロ野球. 日刊スポーツ (2018年12月5日). 2019年1月9日閲覧。
  20. ^ 【日本ハム】西川遥輝が通算1000安打を達成「やっと打てて良かった」 NPB史上304人目”. スポーツ報知. 2020年6月20日閲覧。
  21. ^ 日本ハム西川、史上最高成功率で通算250盗塁達成 - プロ野球 : 日刊スポーツ”. nikkansports.com. 2021年2月23日閲覧。
  22. ^ 日本ハム残留の西川遥輝、1年契約2億4000万円 - プロ野球 : 日刊スポーツ”. nikkansports.com. 2021年2月22日閲覧。
  23. ^ a b 小関順二『プロ野球スカウティングレポート2014』廣済堂出版、2014年、234頁。ISBN 978-4-331-51810-6。
  24. ^ https://mainichi.jp/articles/20160530/ddl/k30/050/289000c
  25. ^ 隠れた「最少記録」 日本ハム西川遥輝が2リーグ制以降初の記録に挑む.Full-count.2016年11月16日閲覧。
  26. ^ 日本ハム西川、通算200盗塁は歴代1位の成功率”. 日刊スポーツ (2018年6月2日). 2018年6月3日閲覧。
  27. ^ 三塁打王・西川遥輝、現在「打率5割超え」 2015年、プロ野球の主役になれるか?”. ベースボールチャンネル. p. 1 (2015年2月18日). 2016年5月12日閲覧。
  28. ^ 三塁打王・西川遥輝、現在「打率5割超え」 2015年、プロ野球の主役になれるか?”. ベースボールチャンネル. p. 2 (2015年2月18日). 2016年5月12日閲覧。
  29. ^ 日本ハム西川、幻の200盗塁 守備“無関心”で記録達成ならず”. デイリースポーツ (2018年5月31日). 2019年1月4日閲覧。
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関連項目[編集]