西平沼町

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西平沼町
—  町丁  —
東京ガス平沼整圧所
西平沼町の位置(横浜市内)
西平沼町
西平沼町
西平沼町の位置(神奈川県内)
西平沼町
西平沼町
西平沼町の位置
座標: 北緯35度27分26.8秒 東経139度36分47.3秒 / 北緯35.457444度 東経139.613139度 / 35.457444; 139.613139
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Kanagawa Prefecture.svg 神奈川県
市町村 Flag of Yokohama, Kanagawa.svg 横浜市
西区
面積[1]
 - 計 0.178km2 (0.1mi2)
人口 (2018年(平成30年)2月28日現在)[2]
 - 計 2,284人
等時帯 日本標準時 (UTC+9)
郵便番号 220-0024[3]
市外局番 045 (横浜MA)[4]
ナンバープレート 横浜

西平沼町(にしひらぬまちょう)は、は神奈川県横浜市西区町名[5]住居表示が施行されているが、丁目は設けられていない[6]郵便番号は220-0024[3]。面積は0.178Km2[1]2018年平成30年)2月28日現在1,121世帯2,284人が暮らす[2]

地理[編集]

西区の西部、北東から南西にかけて、帷子川相鉄本線横須賀線東海道本線の線路に挟まれた紡錘型の細長い町域を持つ。帷子川を挟み、西は南浅間町、北は岡野、南東は鉄道線路を挟み平沼と接する。 相鉄本線には平沼橋駅西横浜駅が設けられているが、町域に架かる部分にJRの駅はない。町の北東端を新横浜通りがかすめ、帷子川と鉄道線路をまたぐ平沼橋が架かっている。橋梁は他に、平沼一之橋・平岡橋、平沼二之橋・沼野橋、国道16号尾張屋橋が町を横断するように架かり、西端では西横浜駅近くの水道橋が帷子川を渡る。後述のとおり工場が多く進出した土地で、町の面積にはその跡地を利用した施設が占める割合が大きい[7]。町の北部には横浜歯科医療専門学校があったが、2016年みなとみらいに移転し、閉鎖された[8]

近隣に国道1号横浜駅根岸道路が交差する西平沼交差点、石崎川を渡る西平沼橋があるが、交差点は中央、橋は中央・戸部本町の境と平沼の間に架かり、西平沼町の区域からは外れている。

公立小・中学校に通う場合は、町内全域が横浜市立平沼小学校および横浜市立岡野中学校の学区となる[9]

歴史[編集]

かつては帷子川河口の、袖ヶ浦と呼ばれた入り江であり、現在の西平沼町の町域のうち石崎川と平沼二之橋の間の線路沿いは宝暦年間(1751年1764年)に尾張屋太仲らにより開拓された尾張屋新田、石崎川と平沼橋の間の残りの部分は1839年天保10年)に程ヶ谷宿の商人平沼九兵衛により開拓された平沼新田の各一部である[10][11]1889年明治22年)、町村制施行により久良岐郡戸太村(のちに戸太町)字平沼新田および字尾張屋新田となる[12]1901年(明治34年)に横浜市に編入した際に、旧平沼新田は横浜市西平沼町、旧尾張屋新田は尾張屋町となる[13]1927年昭和2年)に区制が施行された際には神奈川区に編入された。1928年(昭和3年)の区画整理の際に、町界を平沼橋から水道橋にかけての帷子川東海道本線の線路とし、字1~5丁目を置いた。同年、尾張屋町・西戸部町・久保町の一部を編入。1943年(昭和18年)に神奈川区から中区に編入され、1944年(昭和19年)4月1日中区から西区が新設された際には西区に編入された。町域の一部は1965年岡野1・2丁目、1966年に南浅間町・高島2丁目・平沼1丁目および保土ケ谷区西久保町に組み込まれた[5]。1966年5月1日には住居表示が施行された[6]

工業[編集]

古河電工のケーブル工場跡にできた、tvkハウジング プラザ横浜

帷子川の水運を利用して、平沼・岡野周辺には多くの工場が進出した。現在の西平沼町に相当する地区には、1896年(明治29年)6月29日、横浜電線製造(1908年に古河電線製造に改称。現在の古河電気工業)のケーブル工場、1906年(明治39年)11月15日に横浜製油肥料[14]1909年(明治42年)には横浜市瓦斯局平沼製造所[15]ができ、工業化が進んだ。他に富士ブレード、横浜可鍛鉄製作所、三巴鉄工、東西製作所などの町工場[5]や、「谷戸亀」の通称で呼ばれた船大工も工場を構えた[14]。横浜の中心部に近く、都心部機能強化や生活環境改善のための工場の移転が求められた。1970年代より金沢区沖で進められた金沢地先埋立事業は、工場の移転受け入れ先確保も重要な目的の一つであった[16]

古河電工の敷地の一部を賃借して1974年(昭和49年)にtvkハウジング プラザ横浜(住宅展示場)が開設され、2010年平成22年)からは「横浜くらし館」「横浜イングリッシュガーデン」が営業を開始した。この土地は、2016年テレビ神奈川が取得した[17]。横浜市瓦斯局平沼製造所は石炭を原料とした都市ガスの製造を行っていたが、1944年に瓦斯局と東京ガスが合併し、当地でのガスの製造を終了した。以降は供給用施設となり[15]、現在は4基のガスホルダーを備える平沼整圧所として運用されている[18]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 横浜市町区域要覧 (PDF)”. 横浜市政策局 統計情報課 (2016年3月31日). 2018年3月6日閲覧。
  2. ^ a b 西区町別世帯と人口(2018年2月28日現在の住民基本台帳・外国人登録原票に基づく)”. 横浜市統計ポータルサイト (2018年2月28日). 2018年3月7日閲覧。
  3. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2018年3月6日閲覧。
  4. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2018年1月23日閲覧。
  5. ^ a b c (角川 1984, p. 685)
  6. ^ a b 西区の町名一覧 (PDF)”. 横浜市市民局. 2018年3月6日閲覧。
  7. ^ (角川 1984, p. 1025)
  8. ^ “横浜歯科医療専門学校移転へ、MM21に新校舎建設”. 神奈川新聞カナロコ. (2014年4月4日). http://www.kanaloco.jp/article/67554 2018年3月6日閲覧。 
  9. ^ 小中学校等通学区域”. 横浜市 (2017年11月15日). 2018年3月6日閲覧。
  10. ^ (横浜西区史 1995, p. 90)
  11. ^ 岡野新田の開発に携わった岡野良親さんってどんな人?”. はまれぽ.com (2012年1月5日). 2018年3月7日閲覧。
  12. ^ (横浜西区史 1995, p. 140)
  13. ^ (市民局 1996, p. 53)
  14. ^ a b (西区の今昔 1973, pp. 251-252)
  15. ^ a b 横浜の相鉄線平沼橋駅付近のガスタンクについて調べている。昭和26年ごろのガスタンクの形状を確認したい”. レファレンス協同データベース (2012年12月21日). 2018年3月6日閲覧。
  16. ^ 横浜市港湾局臨海開発部 『横浜の埋め立て』、1992年3月31日、133-136頁。
  17. ^ “資産(tvk ecom park 事業用地)の取得に関するお知らせ” (PDF) (プレスリリース), テレビ神奈川, (2016年2月26日), http://www.tvk-yokohama.com/company/release/160225.pdf 2018年3月6日閲覧。 
  18. ^ 平沼橋のガスタンクは街中にあるけれど大丈夫なの?”. はまれぽ.com (2012年2月22日). 2018年3月6日閲覧。

参考文献[編集]

  • 角川日本地名大辞典 14 神奈川県』 角川書店1984年6月8日
  • 横浜市市民局総務部住居表示課 『横浜の町名』、1996年12月
  • 『県別マップル14 神奈川県道路地図』 昭文社2016年、第6版、12頁。ISBN 978-4-398-62683-7。
  • 『ものがたり西区の今昔』 西区観光協会、1973年7月2日
  • 『区制50周年記念 横浜西区史』 横浜西区史刊行委員会、1995年3月31日