西方寺 (碧南市)

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西方寺
Saihoji (Hekinan) 01.jpg
所在地 愛知県碧南市浜寺町2丁目19番地2
位置 北緯34度52分24.5秒
東経136度58分50.8秒
山号 法応山
宗旨 浄土真宗
宗派 真宗大谷派
本尊 阿弥陀如来
創建年 建仁3年(1203年
開基 念雅僧都[1]
正式名 法応山西方寺
文化財 阿弥陀如来立像
蓮如上人坐像
絹本着色證如上人影像[2]
公式HP 西方寺
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西方寺(さいほうじ)は、愛知県碧南市浜寺町にある真宗大谷派寺院建仁3年(1203年)、棚尾村天台宗の光照寺として開基し、貞永元年(1232年)、念雅僧都の代に親鸞帰依したことで浄土真宗に改宗[1][3]明応5年(1496年)に現在地に移り、法応山西方寺と改称した[3]

歴史[編集]

明治4年(1871年)には、西方寺に「新民序」と呼ばれる学校が、周辺の各村には「新民塾」と呼ばれる学校がつくられ、これらはのちに小学校になった[4]。そうした事情から、西方寺は碧南市における学校教育発祥の地とされる[3]。また、近代仏教の先覚者・宗教哲学者である清沢満之が副住職を務め、生涯を終えたことから、敷地内には清沢満之記念館がある。

清沢満之記念館[編集]

清沢満之記念館(きよざわまんしきねんかん)は、愛知県碧南市にある清沢満之の人物記念館

2004年(平成16年)10月16日、清沢満之の百回忌を機に開館した[5]

館の1階には展示室や収蔵庫(非公開)があり、収蔵庫には満之の直筆原稿や遺品、書籍約2千点などが保管されている。また2階は研修室となっており、学習会が開催される。このほか、満之の生涯をまとめたビデオの閲覧や満之が生活した西方寺書院の見学もできる[5]

近在の施設[編集]

アクセス[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 第24回 棚尾の歴史を語る会 次第 (PDF)”. 碧南市. 2019年7月30日閲覧。
  2. ^ 碧南の文化財(碧南市内指定・登録文化財一覧)”. 碧南市. 2019年7月30日閲覧。
  3. ^ a b c 法応山 西方寺(さいほうじ)”. 碧南市観光協会. 2019年7月30日閲覧。
  4. ^  市民病院ハナちゃん通信 (PDF) 、2019年6月13日閲覧。
  5. ^ a b 来館案内”. 清沢満之記念館. 2019年7月30日閲覧。