西遊記

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西遊記の登場人物を描いた絵画(頤和園
京劇の『西遊記』
西遊記
Xi you ji (Chinese characters).svg
中国語
繁体字 西遊記
簡体字 西游记
朝鮮語
ハングル 서유기
漢字 西遊記
ベトナム語
ベトナム語 Tây du ký
ハンノム 西遊記
タイ語
タイ語 ไซอิ๋ว

西遊記』(さいゆうき、繁体字: 西遊記; 簡体字: 西游记; ピン音: Xī Yóu Jì; ウェード式: Hsi-yu chi; 粤拼: sai¹ jau⁴ gei³タイ語: ไซอิ๋วベトナム語: Tây du ký)は、中国16世紀の時代に大成した伝奇小説で、唐僧・三蔵法師が白馬・玉龍に乗って三神仙(神通力を持った仙人)、孫悟空猪八戒沙悟浄を供に従え、幾多の苦難を乗り越え天竺へ取経を目指す物語、全100回。中国四大奇書に数えられる。 著者は、『淮安府史』(天啓年間成立)に、呉承恩1504年頃 - 1582年頃、江蘇省出身)の著書として「西遊記」という書名が記述されていることから、彼が作者であると20世紀の中国では定説化していたが、後述のように批判的な説が存在し、明確な結論は出ていない。詳しくは後述。

『西遊記』の流行を受けて、明代から清代にかけ呉元泰、呉政泰と余象斗が、仏教道教に関わる戯曲・雑劇と神話伝説に基づいて編纂したのが『東遊記』・『南遊記』・『北遊記』で『四遊記』と称される。

概要[編集]

の時代に中国からインドへ渡り仏教経典を持ち帰った玄奘三蔵の長年の旅を記した地誌『大唐西域記』を基に、道教仏教の天界に仙界、神やや妖怪や仙人など、虚実が入り乱れる一大伝奇小説であり、物語の縦軸に玄奘三蔵の波乱の人生を、横軸に無敵の仙猿・孫悟空の活躍を置き、玄奘三蔵一行が天竺を目指し取経を果たすまでを描いている。

『西遊記』には人間の登場人物として玄奘三蔵や唐の太宗皇帝など実在の人物が顔を並べるが、書かれている内容は完全にフィクションであり、史実とは一致しない。また、『西遊記』を映像化・舞台化する場合には主要な登場人物が男性のみとなってしまうことから、日本では、中心人物の一人である三蔵法師役には男性ではなく女性があてられることもある。

成立[編集]

唐三蔵西天取経伝説[編集]

敦煌の洞窟に残された9世紀頃の壁画

現実の玄奘三蔵の取経の旅は西暦629年から645年に行われた。その事績が仏教徒の間で伝説化し神聖視された痕跡が各地に残されている。

敦煌莫高窟から発見された絹本、紙本の絵画及び壁画(9世紀から11世紀半ば)には、経巻を背負い虎を伴った徒歩の行脚僧の描かれたものがあり、伝説化した玄奘とする説がある。これらの中には宝勝如来を上隅に描き入れているものがあり、「寳勝如來一軀」と書き入れられたものもあることからこの取経者は宝勝如来に保護され、また宝勝如来と同一視されたと推定される。

莫高窟東方約 100 km の楡林窟、その更に東方約 30 km の東千仏洞の水月観音図、普賢変図(12世紀後半、西夏末)に含まれる玄奘取経図に描かれた玄奘は猴(マカカ属のサル)と馬を伴っており、また張世南『游宦紀聞』(1228)所収の張聖者の詩(北宋末から南宋初、12世紀前半と推定される)には「幾生三藏往西天」「苦海波中猴行復」「沈毛江上馬馳前」の字句が見え、12世紀には玄奘の取経伝説には猴と馬が取り込まれていたことが分かる。1237年に建立された福建省泉州の開元寺の仁壽塔(西塔)第四層南面には「梁武帝」に向き合って経文を捧げる「唐三藏」、東北面には刀を手にした猴行者と金箍棒を手にした「東海火龍太子」の浮き彫りがあり、それぞれ「」内の文字が銘文にある(猴行者は銘文無し)。

西遊記の成立[編集]

金陵世德堂版西遊記

宋代には原型となる説話「大唐三蔵取經詩話」(三蔵が猴行者[1] を連れ取経の旅をする)が存在していた。西遊記でいま残っている最古のものは元代の西遊記の逸話を収録したとみられる朝鮮の書『朴通事諺解』(1677年)によるものである。写本科挙を目指す書生たちが息抜きに作成していったと思われ、書き写されるたびに詩文・薀蓄が追加され、拡張され、また、戯曲雑劇「西遊雑劇」として好んで上演された。

明代には多数の西遊記版本があった。代表的なものは『西遊記傳』(楊至和本)、『唐三藏西遊傳』(朱鼎臣本)など三種のうちその最も膨らんだ姿が、万暦20年(1592年金陵世徳堂の刊行した『新刻出像官板大字西遊記』(作者名なし 通称は世徳堂本)である。

明末期になると、蘇州刊本『李卓吾先生批評西遊記』があり、内閣文庫に収蔵されているが、むろん李卓吾の名は他の小説本と同様に、刊行元が価値をつけるために勝手に付けられたものである。本文は世徳堂本とほぼ同じである。

この版での全訳が、中野美代子訳 『西遊記』(岩波文庫全10巻)[2]

これらは(繁本版にはが多数入っているので)分量が多すぎたとみられ、清代には商業ベースを考慮したダイジェスト(簡本)が『西遊証道書』[3]をはじめ、多くの版が刊行されたが、それらの内容を比較するとそれぞれ一長一短であるが、最もバランスよく整理されているのが、やや大部の簡本で康熙33年(1694年)刊行の『西遊真詮』である。この版での訳書が、太田辰夫・鳥居久靖訳 『西遊記』(平凡社[4] である。

原作者の謎[編集]

前述のとおり、清代には、作者は長春真人丘処機と信じられており、ティモシー・リチャード[5] による初の英訳本(上海・1919年刊行)においても作者名は丘長春とされていた。

呉承恩作者説は、魯迅『中国小説史略』(1924年、訳書は平凡社東洋文庫全2巻)や「中国小説的歴史的変遷」などで提唱したもので、比較的新しい説である。それ以降、呉承恩が作者として扱われることが多いが、証拠はない。

日本では太田辰夫や中野美代子が、研究によりこの説を否定[6] しており、『世界文学事典』(集英社)でも、「小説『西遊記』の版本に、呉承恩の名前や別号を記したものがないため、呉承恩の『西遊記』が、小説の西天取経物語を指すのか、あるいはその戯曲、あるいは全く別の紀行文を指すのか、現在まだ定説はない」、「(呉承恩は西遊記の)最大限改編者であり得ても、<作者>ではない」と書かれている。日本訳では、現行の太田・鳥居訳の平凡社版でも、中野美代子訳の岩波文庫版でも原作者名は記載されていないが、君島久子 校訂/リライト[7]瀬川康男 画 『西遊記』など、呉承恩作と記載されている出版物も少なくなく、呉承恩作者説は未だ一般に広く流布している。21世紀に入った今日まで、西遊記の作者が誰なのかは決定的な確説は出ていない。

主要登場キャラクター[編集]

西游真詮 图像6 孫行者(孫悟空)
西游真詮 图像7 猪八戒
西游真詮 图像8 沙僧(沙悟浄)
西游真詮 图像5 唐僧(三蔵法師)
孫悟空そん ごくう
“悟空”は仙術の師匠・須菩提祖師からもらった法号であるため、「実名敬避俗」(参照)に準じ“孫行者”と呼ばれる。孫悟空の孫は猿の昔の呼び方である「猢猻」から来ている(“猻”の獣偏を取った“孫”を名前に取り入れた)。
はじめの通称は「美猴王」(びこうおう)、天界時の自称は「斉天大聖」(せいてんたいせい)。
天界の乗っ取りを目論み下界の妖怪を引き連れて反乱を起こすが、釈迦如来の策で五行山に五百年間拘束される。罪を償うべく三蔵の弟子として同行し、妖魔を下して取経の旅を支えた。西域より帰還の後、未来世に成仏して闘戦勝仏となることを釈迦如来より約束される(これを記別という)。
猪八戒ちょ はっかい
“八戒”は「実名敬避俗」に準じた通称であり、観音菩薩からもらった法号は「猪悟能」(ちょ ごのう)。天界から地上へと落とされた際、人間に転生するはずが、うっかり雌豚の胎内に入ってしまったため、容姿が豚となってしまう。
天界時の官職は天蓬元帥てんぽうげんすい
転生後は福梁山で悪事を重ねていたが、先んじて三蔵に同行していた悟空と一騎討ちをしたのち旅に加わった。西域より帰還の後、未来世に「浄壇使者」(じょうだんししゃ)となることを釈迦如来より約束される。
沙悟浄さ ごじょう
“悟浄”は観音菩薩からもらった法号であるため、「実名敬避俗」に準じ“沙和尚”と呼ばれる。悟空と八戒との間を取り持つ役。中国では顔色が黒い気味の悪い男と表現される。天界から流沙河に追放され、そこで人を襲う妖怪となった。流沙河は名前の通り河のように流れる流砂を表していたが、水の流れる河と誤解されている。そのため日本では“河童の妖怪”とされている。
天界時の官職は捲簾大将けんれんたいしょう
西域より帰還の後、未来世に金身羅漢こんしんらかんとなることを釈迦如来より約束され、天界の池に住まうことを許される。
三蔵法師さんぞうほうし
俗名は陳江流[8]。三蔵法師は尊称、法名は「玄奘三蔵」(げんじょうさんぞう)。この人物には実在のモデルがいるが、劇中の内容は史実とは全く異なる。
生まれる前に父を殺され[9]、母を奪われて、生まれてすぐに川に流されるが、金山寺[10] で拾われずっとそこで育てられる。観音菩薩の命を受けて天竺へと取経の旅へ遣わされる。その際、太宗皇帝と義兄弟となった。
前世で天界にいた時は釈迦の第二の弟子、「金蝉子」(こんぜんし)であったが、仏法を信じないため下界に落とされた。
西域より帰還の後、未来に「旃檀功徳仏」(せんだんくどくぶつ)という仏に成る記別を釈迦如来より与えられる。
玉龍ぎょくりゅう
西海龍王敖閏の第3太子であり三蔵が乗っている馬に化身している。
西域より帰還の後、未来世に「八部天竜」(はちぶてんりゅう)、またの名を天竜八部衆になると釈迦如来より約束される。
釈迦如来しゃかにょらい
西方の霊山大雷音寺に住み、天帝の依頼で孫悟空を退治した。天界で暴れ、強者こそが尊いとして天帝に位を譲れという孫悟空を痛罵し、その力を見せてみよと挑発した。如来の右の手のひらから飛び出せるか賭けをすることになり、悟空は觔斗雲きんとうんで飛び去るが、はたして最果ての天の柱は如来の指であった。まやかしの術だと抗弁する悟空を手で打ち据え、押さえつけて、五行山に閉じ込めて封印してしまう。
観世音菩薩かんぜおんぼさつ
鳩摩羅什による訳語、観世音菩薩がの二代目皇帝李世民の名“世”から避諱により唐時代の中国では観音菩薩。玄奘三蔵の訳では観自在菩薩。悟空が逃げないように、老婆の姿になって三蔵に緊箍児(僧頭巾)と、緊箍呪(定心真言)・鬆箍呪を教えた(は緊呪で締まり、鬆呪で緩む)。
太子なた たいし
天界軍を指揮する托塔李天王の息子。火尖槍と風火二輪を使う。『封神演義』では主役級のキャラクター。
顕聖二郎真君けんせいじろうしんくん
天界をおさめる神である玉帝の妹の息子。悟空が天界に対して反乱を起こした際に悟空を捕えることに成功する。『封神演義』では楊戩と呼ばれ、と並んで主役級のキャラクター。
牛魔王ぎゅうまおう
牛の妖仙であり孫悟空の義兄弟。
鉄扇公主てっせんこうしゅ
牛魔王の妻。日本では種族名の羅刹女らせつにょ/らせつじょの名で呼ばれることが多い。火焔山の炎を消すことができる芭蕉扇を持つ。
紅孩児こうがいじ
牛魔王と羅刹女の息子。聖嬰大王と号する。牛魔王繋がりで孫悟空から見て甥ということになるが、紅孩児本人は甥呼ばわり(中国では人を馬鹿にする際に、相手を甥、姪と呼ぶことがある)されることを嫌う。三昧眞火と呼ばれる術を使い、一度は悟空を敗退せしめたが、観世音菩薩に調伏され、弟子となる。
金角大王きんかくだいおう
正体は太上老君の金炉の童子。銀角の兄。母に九尾の狐がいる。
銀角大王ぎんかくだいおう
正体は太上老君の銀炉の童子。移山倒海の術で悟空をおしつぶそうとするが、失敗する。

回目[編集]

  • 第一回 霊根育孕源流出 心性修持大道生
  • 第二回 悟徹菩提真妙理 断魔帰本合元神
  • 第三回 四海千山皆拱伏 九幽十類盡除名
  • 第四回 官封弼馬心何足 名注斉天意未寧
  • 第五回 乱蟠桃大聖偸丹 反天宮諸神捉怪
  • 第六回 観音赴会問原因 小聖施威降大聖
  • 第七回 八卦炉中逃大聖 五行山下定心猿
  • 第八回 我仏造経伝極楽 観音奉旨上長安
  • 第九回 袁守誠妙算無私曲 老龍王拙計犯天条
  • 第十回 二将軍宮門鎮鬼 唐太宗地府還魂
  • 第十一回 還受生唐王遵善果 度孤魂蕭禹正空門
  • 第十二回 玄奘秉誠建大会 観音顕象化金蝉
  • 第十三回 陥虎穴金星解厄 双叉嶺伯欽留僧
  • 第十四回 心猿帰正 六賊無踪
  • 第十五回 蛇盤山諸神暗祐 鷹愁澗意馬収韁
  • 第十六回 観音院僧謀宝貝 黒風山怪竊袈裟
  • 第十七回 孫行者大閙黒風山 観世音收伏熊羆怪
  • 第十八回 観音院唐僧脱難 高老荘行者降魔
  • 第十九回 雲棧洞悟空收八戒 浮屠山玄奘受心経
  • 第二十回 黄風嶺唐僧有難 半山中八戒争先
  • 第二十一回 護法設荘留大聖 須弥霊吉定風魔
  • 第二十二回 八戒大戦流沙河 木叉奉法收悟浄
  • 第二十三回 三蔵不忘本 四聖試禅心
  • 第二十四回 万寿山大仙留故友 五荘観行者竊人参
  • 第二十五回 鎮元仙赶捉取経僧 孫行者大閙五荘観
  • 第二十六回 孫悟空三島求方 観世音甘泉活樹
  • 第二十七回 屍魔三戯唐三蔵 聖僧恨逐美猴王
  • 第二十八回 花果山群妖聚義 黒松林三蔵逢魔
  • 第二十九回 脱難江流来国土 承恩八戒転山林
  • 第三十回 邪魔侵正法 意馬憶心猿
  • 第三十一回 猪八戒義激猴王 孫行者智降妖怪
  • 第三十二回 平頂山功曹传信 蓮花洞木母逢災
  • 第三十三回 外道迷真性 元神助本心
  • 第三十四回 魔王巧算困心猿 大聖騰那騙宝貝
  • 第三十五回 外道施威欺正性 心猿獲宝伏邪魔
  • 第三十六回 心猿正処諸縁伏 劈破旁門見月明
  • 第三十七回 鬼王夜謁唐三蔵 悟空神化引嬰児
  • 第三十八回 嬰児問母知邪正 金木参玄見仮真
  • 第三十九回 一粒金丹天上得 三年故主世間生
  • 第四十回 嬰児戯化禅心乱 猿馬刀帰木母空
  • 第四十一回 心猿遭火敗 木母被魔擒
  • 第四十二回 大聖殷勤拝南海 観音慈善縛紅孩
  • 第四十三回 黒河妖孽擒僧去 西洋龍子捉鼉回
  • 第四十四回 法身元逢車力 心正妖邪度脊関
  • 第四十五回 三清観大聖留名 車遅国猴王顕法
  • 第四十六回 外道弄強欺正法 心猿聖顕滅諸邪
  • 第四十七回 聖僧夜阻通天水 金木垂慈救小童
  • 第四十八回 魔弄寒風飄大雪 僧思拝仏履層氷
  • 第四十九回 三蔵有災沈水宅 観音救難現魚籃
  • 第五十回 情乱性从因愛欲 神昏心動遇魔頭
  • 第五十一回 心猿空用千般計 水火無功難煉魔
  • 第五十二回 悟空大閙金山兜洞 如来暗示主人公
  • 第五十三回 禅主呑餐懐鬼孕 黄婆運水解邪胎
  • 第五十四回 法性西来逢女国 心猿定計脱煙花
  • 第五十五回 色邪淫戯唐三蔵 性正修持不壊身
  • 第五十六回 神狂誅草寇 道昧放心猿
  • 第五十七回 真行者落伽山訴苦 仮猴王水簾洞謄文
  • 第五十八回 二心撹乱大乾坤 一体難修真寂滅
  • 第五十九回 唐三蔵路阻火炎山 孫行者一調芭蕉扇
  • 第六十回 牛魔王罷戦赴華筵 孫行者二調芭蕉扇
  • 第六十一回 猪八戒助力敗魔王 孫行者三調芭蕉扇
  • 第六十二回 滌垢洗心惟掃塔 縛魔帰正乃修身
  • 第六十三回 二僧蕩怪閙龍宮 群聖除邪獲宝貝
  • 第六十四回 荊棘嶺悟能努力 木仙庵三蔵談詩
  • 第六十五回 妖邪仮設小雷音 四衆皆遭大厄難
  • 第六十六回 諸神遭毒手 弥勒縛妖魔
  • 第六十七回 拯救駝羅禅性穩 脱離穢汚道心清
  • 第六十八回 朱紫国唐僧論前世 孫行者施為三折肱
  • 第六十九回 心主夜間修薬物 君王筵上論妖邪
  • 第七十回 妖魔宝放煙沙火 悟空計盗紫金鈴
  • 第七十一回 行者仮名降怪犼 観音現象伏妖王
  • 第七十二回 盤絲洞七情迷本 濯垢泉八戒忘形
  • 第七十三回 情因旧恨生災毒 心主遭魔幸破光
  • 第七十四回 長庚伝報魔頭狠 行者施為変化能
  • 第七十五回 心猿鑚透陰陽竅 魔王還帰大道真
  • 第七十六回 心神居舍魔帰性 木母同降怪体真
  • 第七十七回 群魔欺本性 一体拝真如
  • 第七十八回 比丘怜子遣陰神 金殿認魔談道徳
  • 第七十九回 尋洞擒妖逢老寿 当朝正主救嬰児
  • 第八十回 姹女育陽求配偶 心猿護主識妖邪
  • 第八十一回 鎮海寺心猿知怪 黒松林三衆尋師
  • 第八十二回 姹女求陽 元神護道
  • 第八十三回 心猿識得丹頭 姹女還帰本性
  • 第八十四回 難滅伽持円大覚 法王成正体天然
  • 第八十五回 心猿妒木母 魔主計呑禅
  • 第八十六回 木母助威征怪物 金公施法滅妖邪
  • 第八十七回 鳳仙郡冒天止雨 孫大聖勧善施霖
  • 第八十八回 禅到玉華施法会 心猿木母授門人
  • 第八十九回 黄獅精虚設釘鈀宴 金木土計閙豹頭山
  • 第九十回 師獅授受同帰一 盗道纏禅静九霊
  • 第九十一回 金平府元夜観灯 玄英洞唐僧供状
  • 第九十二回 三僧大戦青龍山 四星挟捉犀牛怪
  • 第九十三回 給孤園問古談因 天竺国朝王遇偶
  • 第九十四回 四僧宴楽御花園 一怪空懐情欲喜
  • 第九十五回 仮合真形擒玉兎 真陰帰正会霊元
  • 第九十六回 寇員外喜待高僧 唐長老不貪富貴
  • 第九十七回 金酬外護遭魔蟄 聖顕幽魂救本原
  • 第九十八回 猿熟馬馴方脱殼 功成行満見真如
  • 第九十九回 九九数完魔滅盡 三三行満道帰根
  • 第一百回 径回東土 五聖成真
  • 付録 陳光蕋赴任逢災 江流僧復讐報本

内容[編集]

大閙天宮 (だいどうてんぐう)[編集]

東勝神州とうしょうしんしゅう傲来国ごうらいこく花果山かかざんの仙石から天地の霊気をまとった石猿が誕生する。猿はとてつもない度胸の持ち主で、山奥の滝壺にて洞天福地水簾洞すいれんどうを発見した功により、花果山の周辺の猿を従えて王となり、美猴王と名乗る。ある時、美猴王はこの世の森羅万象について考えていくうち、生きとし生ける物の生死に悲観し、不老不死を願うようになり、西牛賀州霊台方寸山まで仙術を身につけに行く。師匠・須菩提祖師から孫悟空という法名を授かり、七十二般の術を身につけるがまだ満たされず、とうとう四海竜王の竜宮ひいては天界にまで殴り込みに行き、天界を統べる玉帝より弼馬温ひつばおんの位を授かる。当初悟空は弼馬温の実態も知らず喜んでいたが、後に弼馬温が只の馬飼いと知るや否やたちまち激怒し、自ら斉天大聖と名乗り、太子や顕聖二郎真君相手に天界で大暴れする。西王母の蟠桃を食らい、太上老君の金丹を平らげ、罰として八卦炉に入れられるも、悟空は「銅筋鐵骨 火眼金睛」の不死身の体となって生きのび飛び出した。ついには釈迦如来と「俺は地の果てまでも飛んでいってみせる」と賭けをする。地の果てらしき場所に立っていた5本の柱に到達したしるしとして悟空は一筆書き、柱に小便を引っかけて得意となって戻ってくるものの、実は釈迦の両手のなかをぐるりと周回しただけであった。釈迦が示した手に自分の署名を見て呆然とした悟空はその場を逃げようとしたものの、あっという間に五行山の下敷きにされてしまった。

三蔵が取経に出るまで[編集]

悟空が五行山の下敷きにされてから五百年の時が流れた。時は唐代、太宗の御世であった。太宗は一時病のために死んで地獄を巡ったが、冥土の高官たちの目こぼしにより再び現世によみがえった。やがて太宗が閻魔の言い付け通りに水陸大会を催し、その時後に取経の僧に選ばれる玄奘を見出す。所変わって天界では観世音菩薩が弟子・恵岸とともに下界へ降り立ち、悟空を含む諸々の罪人達にある取り引きをした。天界にて罪を犯していたのは悟空だけではなかった。その罪人たちとは、天の川の水軍を統べる天蓬元帥であったが月の女神・嫦娥をたぶらかしたために天界を追われ、妖仙と化して深山にて暴れていた猪八戒、天界の軍人であった捲簾大将が天界の宝である玻璃の器を壊して天界を追われ流沙河にて人を食らう妖仙となった沙悟浄、そして父竜王の竜宮で宝珠を焼き死罪を言い渡されその間中空に逆さ吊りにされて苦しんでいた西海竜王敖閨の子・玉龍である。観音はめいめいにいつか現れる取経の僧とともに天竺へ参り、贖罪を果たすことを約束させる。功によっては彼らを仏にしてもいいということを条件に…。その取経の僧こそが、あらゆる経典を学び、人徳に優れ、多くの人々から聖僧と敬われていた玄奘三蔵であった。彼もまたかつて釈迦の二番弟子(金蝉子)であったのにもかかわらず、釈迦の説法を侮ったために罰として下界に転生させられていた。やがて貞観13年9月3日(639年)、三蔵は太宗と菩薩の命で天竺へ行くことを決意し、菩薩から教えられた、自分に従うことになる弟子たちを探して旅立ったのだった。最初に三蔵は五行山で悟空を助け出し、続いて鷹愁澗で玉龍を導き、さらに高老荘で八戒を、最後に流沙河で悟浄を弟子にした。

旅の途中での妖仙との戦い[編集]

贖罪の旅をする三蔵一行は天界が用意した八十一の難と対峙する。三蔵の袈裟けさが黒熊怪に奪われる、三蔵が黄風大王にさらわれる、太上老君(老子)の炉の番人の金角・銀角大王と戦う、牛魔王の子・紅孩児と争う、観世音菩薩が飼っていた金魚が逃げ出した霊感大王と戦う、太上老君の乗用牛の獨角兕大王と戦う、西梁女人国という女だらけの国で心ならずも三蔵と八戒が子を孕む(無論後に堕胎した)、三蔵が釈迦如来を刺したサソリの精に誘惑される、火焔山で悟空が紅孩児の母・羅刹女に芭蕉扇で吹き飛ばされる、その夫にして紅孩児の父・牛魔王と対決する、朱紫国で観世音菩薩の乗用金毛毛孔の賽太歳大王と戦う、獅駝嶺で文殊菩薩の乗用去勢獅子の一大王・普賢菩薩乗用黄牙白の二大王・大鵬金翅鵰の三大王と戦う、小子城で寿星(南極星)の乗用の鹿である比丘国国丈と対決する、鎮海寺で太子なたたいしを兄と慕う地湧夫人(正体はネズミ)と戦う…など、あまたの苦難が一行を待っていた。

西天取経[編集]

旅の終盤、とうとう天竺にたどり着いた一行。底のない渡し舟で川を渡る。そのとき、上流から三蔵の抜け殻である死体が流れてきて、三蔵は凡体を脱することができたと喜ぶ。その後釈迦と謁見、経典を授かるもそれは無字の経典だった。新たに字のある経典を授かるが、旅の日数と経典の数が八つ合わないため、一行は雲に乗せられて8日間のうちに東土から西天へ帰ってくるように命じられる。観世音菩薩が三蔵の災難簿を見るとあと一難足りないとある。そこで雲から落とされる一行。通天河に落ちた後、経典を乾かすが紙が岩にくっつき、1字はがれてしまう。長安に戻って太宗皇帝と謁見する一行。経典を渡し、雁塔寺に納めると八大金剛が現れて一行を連れ去っていった。その後西天にて釈迦に称賛の言葉をかけられ、ついに五人は罪を許され、三蔵は旃檀功徳仏せんだんくどくぶつ、悟空は闘戦勝仏とうせんしょうぶつ、八戒は浄壇使者じょうだんししゃ、悟浄は金身羅漢こんしんらかん、玉龍は八部天竜はちぶてんりゅうとなる。悟空の頭からはいつの間にか緊箍の輪が消えていた。

派生作品[編集]

Category:西遊記を題材とした作品も参照。

小説[編集]

映画(アニメ以外)[編集]

ドラマ[編集]

人形劇[編集]

映画
テレビ

舞台[編集]

漫画[編集]

アニメ[編集]

絵本[編集]

  • 孫悟空〈講談社の絵本〉(宇野浩二・文 / 本田庄太郎・絵)
  • 孫悟空と八戒〈講談社の絵本〉(宇野浩二・文 / 本田庄太郎、宮尾しげを・絵)
  • 東遊記(絵:原ゆたか
  • 絵本西遊記(太田大八・画 / 周鋭・編 / 中由美子・訳)
  • 西遊記(唐亜明・文 / 于大武・画)
  • 悟空、やっぱりきみがすき!(向華・作 / 馬玉・絵 / 施桂栄・訳)

ゲーム[編集]

楽曲[編集]

西遊記の影響を受けた作品[編集]

注・出典[編集]

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  1. ^ サル行者
  2. ^ ※岩波文庫の旧訳は、小野忍訳(第1〜3巻、1977-80年)で、小野が急逝したことで中野が引き継ぎ、第4〜10巻を十数年かけ訳・刊行した。現行版は、再度全巻を改訳・新訳し2005年に刊行。ISBN 978-4002011165(10冊セット)
  3. ^ 康熙初年。その序には作者を長春真人丘処機とされていたため、以降は、清代の西遊記の作者とみなされた。
  4. ^ 平凡社版『西遊記』は、初訳は1960年に〈中国古典文学全集 13・14〉で、1971-72年に改訳され 「中国古典文学大系 31・32」が、
    1972年に「奇書シリーズ」(上下) (上)ISBN 978-4582327014 (下)ISBN 978-4582327021 が、
    1989-90年には選書版で「コンパクト版奇書シリーズ」(全7巻) (1)ISBN 4582327117 (2)ISBN 4-582-32712-5 (3)ISBN 978-4582327137 (4)ISBN 978-4582327144 (5)ISBN 978-4582327151 (6)ISBN 978-4582327168 (7)ISBN 978-4582327175 が刊行した。
  5. ^ 1845年-1919年。イギリスの宣教師で、中国古典を多数英訳した。(Timothy Richard
  6. ^ なお中野は、作者複数説を唱えている
  7. ^ 児童向けの訳本だが、『金陵世德堂版 西遊記』を定本に、清代での6種の版本に基づき、君島久子が校訂した。福音館 「福音館古典童話シリーズ」 全2巻 1975年。上) ISBN 978-4-8340-0451-9 下) ISBN 978-4-8340-0477-9、「文庫版」 全3巻 2004年 (1) ISBN 978-4-8340-0992-7 (2) ISBN 978-4-8340-0993-4 (3) ISBN 978-4-8340-0994-1
  8. ^ 姓は陳であるが、江流は幼名であり、成人する前に出家したからか玄奘のの記述はない。あるいは史実と同じく褘が諱で、陳褘という姓名か
  9. ^ ただし父・陳光蕋は生前にコイとなった竜王を助けたおかげで、死後蘇る
  10. ^ 南京の近くを流れる鎮江の西北、金山にある実在の寺
  11. ^ a b 「BonusColumn 西遊記の映像化伝説」『超人画報 国産架空ヒーロー40年の歩み』 竹書房/イオン編、竹書房、1995年11月30日、150頁。C0076。ISBN 4-88475-874-9。

参考文献[編集]

  • 太田辰夫『西遊記の研究』 研文出版、1984年 ISBN 4-86163-0401
  • 中野美代子『西遊記 トリック・ワールド探訪』 岩波新書、2000年 ISBN 400430666-3
  • 中野美代子『西遊記の秘密 タオと煉丹術のシンボリズム』 岩波現代文庫(新版)、2003年、ISBN 4006020708
  • 井波律子『中国の五大小説〈上〉 三国志演義・西遊記』岩波新書、2008年 ISBN 978-4004311270
  • 岩波文庫版 『西遊記』 訳者中野による解説。第10巻ほか数巻。

研究文献[編集]

  • 磯部彰 『「西遊記」形成史の研究』 創文社東洋学叢書 1993年(平成5年)、ISBN 4-423-19241-1
  • 磯部彰『「西遊記」受容史の研究』 多賀出版 1995年(平成7年)、ISBN 978-4811537313
  • 磯部彰『「西遊記」資料の研究』 東北大学出版会 2007年(平成19年)、ISBN 4-86163-040-1

関連項目[編集]