西郷輝彦

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さいごう てるひこ
西郷 輝彦
本名 今川 盛揮(いまがわ せいき)
生年月日 (1947-02-05) 1947年2月5日(71歳)
出生地 日本の旗 日本 鹿児島県鹿児島郡谷山町(現:鹿児島市
身長 176 cm
血液型 A型
職業 歌手俳優
ジャンル 映画テレビドラマ
活動期間 1964年 -
配偶者 辺見マリ1972年 - 1981年
一般女性(1990年 - )
著名な家族 辺見鑑孝(長男)
辺見えみり(長女)
今川宇宙(三女)
公式サイト 西郷百歌店
主な作品
映画
『あゝ予科練』/『狼よ落日を斬れ 風雲・激情篇 怒涛篇』
柳生一族の陰謀』/『赤穂城断絶』/『影の軍団 服部半蔵
大日本帝国 シンガポールへの道』/『小説吉田学校
空海』/『流転の海』/『動天』
テレビドラマ
どてらい男』/『江戸を斬る』II - VI
あばれ八州御用旅』/『警部補 佃次郎』シリーズ
清水次郎長シリーズ』/『忠臣蔵』/『田原坂
独眼竜政宗』/『五稜郭』/『あばれ八州御用旅
武田信玄』/『葵 徳川三代
柳生十兵衛七番勝負』/『シロクマ園長 命の事件簿シリーズ』
徳川風雲録 八代将軍吉宗』/『報道ドラマ 生きろ 〜戦場に残した伝言〜
西郷輝彦
出生名 今川 盛揮
別名 我修院建吾
銀川晶子
五代けん
生誕 (1947-02-05) 1947年2月5日(71歳)
出身地 日本の旗 日本鹿児島県鹿児島郡谷山町(現:鹿児島市
学歴 鹿児島市立鹿児島商業高等学校中退
ジャンル 歌謡曲
職業 歌手俳優
活動期間 1964年 -
レーベル クラウンレコード
公式サイト 西郷輝彦のつぶやきblog

西郷 輝彦(さいごう てるひこ、1947年2月5日 - )は、日本歌手俳優タレント。本名、今川 盛揮

鹿児島県鹿児島郡谷山町(のち谷山市、現:鹿児島市)出身。身長176cm、体重66kg、血液型はA型。

歌手としては、橋幸夫舟木一夫と共に「御三家」と呼ばれた(徳川御三家になぞらえて命名された)。芸名は明治維新の三傑の一人西郷隆盛にちなむ。

来歴[編集]

幼少の頃から芸事に傾倒し、小学生時代は剣舞や絵画を習ったり、近所の子供を集めては自身で作った紙芝居を披露したり、地元の慈眼寺公園でチャンバラごっこに明け暮れる少年だった。中学に入ると主としてスポーツに力を入れ、野球、テニス、バレーなど、あらゆるスポーツをそつなくこなす少年であった。背が高かったこともあり、他のクラブから試合への参加を頼まれることもあったとのことである。またジャズが好きだった兄の影響で音楽にも傾倒し、将来は歌手になりたいとの夢を抱いていた一方、石原裕次郎小林旭などダイヤモンドラインと言われた日活映画に憧れ映画俳優になりたいとの夢もあり、当時あった映画会社5社のニューフェイスに応募したが、結果は落選だった[1]

1962年に鹿児島商業高校中退後、鹿児島からヒッチハイクで大阪に行く。アルバイトサロン(略してアルサロ)でボーイをしながら、かねてから下見をしていた有名なジャズ喫茶のオーディションを受けるも落選し、途方に暮れていたところを、審査員の口利きでバンドボーイとなる。その後京都、名古屋などをぐるぐるまわりながら、バンド活動をしていたところを龍美プロに誘われ入社。

1964年2月、クラウンレコードより「君だけを」でデビュー。同曲は60万枚を売り上げた[2]。「十七才のこの胸に」もヒットし、両曲でその年の第6回日本レコード大賞新人賞を獲得。同年「十七才のこの胸に」で映画デビュー。しかし事務所が解散し、東京第一プロダクション(現 第一プロ)へ移籍するも同社を退社した相澤秀禎マネージャー(業務成績不振及び素行不良が原因で退社)の画策により1965年にクラウンレコード、太平洋テレビなどと共同出資(西郷は50%)によって誠和プロを設立し、当面はクラウン・レコード宣伝部に事務所を置き、社長業を兼ねる。ビート歌謡曲歌手として大人気であっただけでなく多くの映画に主演し、1960年代を代表する青春スターであった。

自ら我修院建吾[注 1]のペンネームで雑誌『明星』に連載小説を書き、映画にもなった自作曲「傷だらけの天使」もヒットした。銀川晶子、五代けんも西郷自身の作詞作曲時のペンネームである。またデビュー当時のキャッチフレーズは「太陽の王子」であった。

1965年5月10日に鹿児島市鹿児島体育館で行われた帰郷ショーで観客が入場口に殺到し、整理の警官1名が死亡、観客13名が負傷するという事故が起きている。

1966年に発売した「星のフラメンコ」は、30万枚を売り上げる大ヒットとなり[4]、いくつかの歌手によるカバーのほか、タモリ(曲名は「肉のフラメンコ」[4])やCMなどにパロディー化もされている(本人出演のテレビCMでのセルフパロディーもあった)。また、2008年には、フラメンコの本場であるスペイン出身の歌手・ライート英語版が自身のアルバムでカバーした[4]

1970年代に入り「真夏のあらし」(第12回日本レコード大賞作曲賞受賞曲)や「情熱」、「略奪」、「愛したいなら今」とロックポップス色を前面に出した曲が立て続けにヒットし、1971年2月には日生劇場でのロングラン公演を果たし大成功を収めた。

1973年、劇作家花登筺の誘いを受けテレビドラマ「どてらい男(ヤツ)」(関西テレビ制作・フジテレビ系)に主演し、同番組は高視聴率を獲得し1977年までのロングランヒットとなる。これ以降歌手活動を一時縮小する。

1975年からは時代劇にも進出。特に国民的時代劇であるTBSナショナル劇場」の「水戸黄門第6部」の第1話にゲストとして招かれ出演したことがきっかけで、同枠の時代劇「江戸を斬る」の主演遠山金四郎役に抜擢された。同時代劇で京都映画祭新人賞を受賞。また第4シリーズの初回において最高視聴率36.7%を獲得するなどの人気シリーズとなり、俳優としての地位を確立した。またあらゆる面でその後の人生に大きな影響を与えた森繁久弥に師事し、舞台「暖簾」、「孤愁の岸」、「屋根の上のヴァイオリン弾き」などに出演する森繁ファミリーの一員でもあった。

NHK大河独眼竜政宗」の片倉景綱役や、時代劇「水戸黄門」(TBS系)の松平頼常役、「江戸を斬る」の遠山金四郎役など主に時代劇俳優として活躍する一方、近年では,タレントとしてもみのもんたの「午後は○○おもいッきりテレビ」(NTV系)などに出演している。

1983年には自身がかねてから演じてみたいと切望していた田中角栄を、映画「小説吉田学校」で演じた(主演吉田茂は森繁が演じた)。また同年からはロート製薬提供の長寿クイズ番組である「新アップダウンクイズ」の司会にも挑戦した。

1994年にはデビュー30周年を機に、「別れの条件」で歌手活動を再度本格化させる。

2000年10月からは橋幸夫、舟木一夫とともにG3K(御三家)ツアーとして2001年12月まで全国100カ所以上においてコンサートを行い、あらためて人気の強さを示した。

2003年には、芸能生活40周年を記念したコンサートツアー「西郷輝彦 VICTORY」全国40公演を行う。

2005年よりブログを開設。当初は関西弁で書かれ更新されていたが、現在では普通の口調になっている。

2009年デビュー45周年を迎え、1月20日には東京千代田区の日比谷公会堂で昼夜2回の記念コンサートを開催。

私生活[編集]

1972年に辺見マリと軽井沢で電撃結婚。二児(一男一女)をもうけたが1981年に性格の不一致を理由に離婚。離婚に至った発端は歌手、現代劇、時代劇で多忙を極めた活躍により自宅に帰るのは週に一度という生活だったと回想している。長男はミュージシャン・プロモーターの辺見鑑孝、長女はタレントの辺見えみりである。

1990年に自身の事務所に勤務していた19歳年下の女性と再婚。現在夫人との間に三女がいる。

2013年1月8日、娘のえみりが夫の松田賢二との間に第1子授かり、妊娠5カ月であることを発表した際、そのことに触れてマスコミに対し、喜びのコメントを寄せている。また、西郷にとって初めての孫となる。2013年6月13日、えみりが第一子である女児を出産する。娘夫婦から母子ともに健康で無事出産したことをメールで報告を受けた。これにより西郷は“おじいちゃん”となった。

2013年より三女の今川宇宙(旧芸名、天川宇宙)がフリーモデルとして芸能活動を開始し、2016年より芸能事務所に所属。同年1月7日、BS日テレにて放送された「イチオシ 二泊三日の旅」『天橋立舞鶴…“海の京都”の絶景を 西郷輝彦父娘が巡る旅』でミスiD2015ファイナリストの今川宇宙と出演し、今川宇宙が娘であることを明らかにした。[5][6]

人物[編集]

芸名の「西郷」は尊敬する郷土の英雄・「大西郷」こと西郷隆盛にちなむ。1987年年末時代劇スペシャル田原坂」(日本テレビ系)では「小西郷」こと西郷従道役を演じた。2008年新春に放送された「南洲翁異聞」(鹿児島テレビ放送開局40周年記念ドラマ)で、ついに念願の西郷隆盛役を演ずることになった。また「輝彦」の名前については、当初「一」(はじめ)という候補があったそうだが、頭でっかちで倒れそうということで父親に命名してもらったそうである。

エルビス・プレスリーの大ファンで自身のコンサートやライブでも「アメリカの祈り」などを披露する。

アップルの商品の大ファンで、「がっちりマンデー」の「スティーブ・ジョブス」特集(2009年2月8日放送)では「芸能界一のアップルマニア」として出演。VTRを見て感涙してしまい、司会の加藤浩次から「好き過ぎ」と言われてしまった。MacBook Airの発表会でスティーブ・ジョブスが封筒からMacBook Airを取り出すパフォーマンスに感銘し、MacBook Air購入後に封筒に入れてみたことがある。

故郷・鹿児島に対する思いから、地方博覧会であった1989年開催の「サザンピア21」のテーマソングを歌唱するだけでなく作詞も手がけ、コマーシャルにも出演。「どーんと鹿児島」では、PRも兼ねて生出演し、ネイティブの鹿児島弁でインタビューに答えていた。

音楽[編集]

シングル[編集]

# 発売日 タイトル 作詞 作曲 編曲
1960年代
1 1964年
2月15日
君だけを 水島哲 北原じゅん
2 1964年
4月15日
チャペルに続く白い道 水島哲 北原じゅん
3 1964年
6月1日
星空のあいつ 水島哲 北原じゅん
4 1964年
8月1日
十七才のこの胸に 水島哲 北原じゅん
5 1964年
8月1日
青空の下夢がいっぱい 水島哲 北原じゅん
6 1964年
10月5日
君と歌ったアベマリア 水島哲 北原じゅん
7 1964年
11月1日
ジングルベル 高田三九三 J.Pierpont 小杉仁三
8 1964年
12月10日
我が青春 水島哲 北原じゅん
9 1965年
1月1日
青年おはら節 星野哲郎 米山正夫 福田正
10 1965年
2月15日
から松林の別れ道 水島哲 北原じゅん
11 1965年
4月10日
十代の涙 水島哲 北原じゅん
12 1965年
4月10日
俺らは九州っ子 星野哲郎 島津伸男
13 1965年
4月10日
涙をありがとう[7] 関根浩子 米山正夫 小杉仁三
14 1965年
5月1日
始めからもういちど[8] 星野哲郎 米山正夫 小杉仁三
15 1965年
7月10日
恋人ならば 米山正夫 重松岩雄
16 1965年
7月10日
星娘 浜口庫之助 小杉仁三
17 1965年
8月1日
星と俺とできめたんだ[9] 水島哲 小杉仁三
18 1965年
10月1日
泣きたいときは泣き給え 南沢純三 米山正夫 小杉仁三
19 1965年
10月10日
ペダルに生きるやつ 岡本淳三 米山正夫 重松岩雄
20 1965年
10月10日
ママとおふくろさん[10] 淡島千景 米山正夫 秋山実
21 1965年
12月1日
この虹の消える時にも[11] 水島哲 北原じゅん
22 1966年
1月1日
西銀座五番街 米山正夫 重松岩雄
23 1966年
2月1日
涙になりたい[12] 杉本好美 北原じゅん
24 1966年
3月10日
花の百万拍子 星野哲郎 米山正夫 福田正
25 1966年
4月10日
僕だけの君 星野哲郎 北原じゅん 五十嵐謙二
26 1966年
7月1日
星のフラメンコ[13] 浜口庫之助 小杉仁三
27 1966年
8月10日
あの星と歩こう 能勢英男 米山正夫 重松岩雄
28 1966年
9月1日
サンフランシスコ霧の港町 水島哲 北原じゅん
29 1966年
10月1日
兄妹の星[14] 米山正夫 福田正
30 1966年
10月10日
傷だらけの天使[15] 我修院建吾 銀川晶子 小杉仁三
31 1966年
11月1日
初恋によろしく 星野哲郎 米山正夫 佐倉正巳
32 1967年
1月1日
ハイヤング節 星野哲郎 小杉仁三
33 1967年
2月1日
恋人をさがそう[16] 原とし子 米山正夫 小杉仁三
34 1967年
3月1日
世界の国からこんにちは[17] 島田陽子 中村八大 小杉仁三
35 1967年
4月20日
願い星叶い星 浜口庫之助 小杉仁三
36 1967年
7月1日
この雨の中を 米山正夫 小杉仁三
37 1967年
8月1日
君らしく僕らしく 星野哲郎 狛林正一
38 1967年
9月1日
はまなす日記 水島哲 狛林正一
39 1967年
10月1日
潮風が吹きぬける町 奥野椰子夫 米山正夫 重松岩雄
40 1967年
11月1日
糸満育ち 星野哲郎 前田利明
41 1967年
12月1日
君でいっぱい 星野哲郎 米山正夫 小杉仁三
42 1968年
2月1日
月のしずく[18] 銀川晶子 五代けん 田代久勝
43 1968年
4月1日
虹を買おう 磯村浩 米山正夫 小杉仁三
44 1968年
4月10日
そのなかのひとり 星野哲郎 米山正夫 小杉仁三
45 1968年
5月1日
若鷲の歌[19] 西條八十 古関裕而 狛林正一
46 1968年
7月1日
ガラスの涙 水島哲 鈴木邦彦
47 1968年
8月1日
星のフィアンセ 麻生たかし 小杉仁三
48 1968年
10月1日
友達の恋人 銀川晶子 R.Carlos 竹村次郎
49 1968年
12月10日
運命のひと なかにし礼 北原じゅん 小杉仁三
50 1969年
3月1日
涙は眠れない 星野哲郎 叶弦大 荒川圭男
51 1969年
4月1日
ブランコの唄 なかにし礼 中村八大
52 1969年
6月1日
三日月のバロック 関沢新一 米山正夫 小杉仁三
53 1969年
9月10日
海はふりむかない[20] 田谷静恵
水沢圭吾
中川博之 小杉仁三
1970年代
54 1970年
1月1日
静かに静かに 安井かずみ 平尾昌晃 小谷充
55 1970年
4月1日
赤い花白い花 米山正夫 親泊正昇
56 1970年
8月1日
真夏のあらし 阿久悠 川口真
57 1970年
10月20日
情熱 阿久悠 川口真
58 1971年
3月25日
雪が降る 安井かずみ S.Adamo 川口真
59 1971年
4月10日
魅惑 阿久悠 川口真
60 1971年
7月10日
掠奪 阿久悠 都倉俊一
61 1971年
12月25日
自由の鐘 ちあき哲也 筒美京平
62 1972年
2月10日
哀しみの終るとき 岩谷時子 M.Polnareff 春見俊介
63 1972年
7月20日
愛したいなら今 阿久悠 都倉俊一
64 1972年
12月5日
待っちゃげもした[21] 木沢長太郎 服部克久
65 1972年
12月20日
気まぐれな日曜日 千坊さかえ 我修院建吾 東海林修
66 1973年
4月5日
俺たちの明日[22] 山上路夫 山下毅雄 ボブ佐久間
67 1973年
6月20日
ローリング・ストーンズは来なかった 藤本卓也
68 1973年
10月5日
かもめ 小谷夏 小杉仁三
69 1973年
11月25日
どてらい男[23] 花登筺 神津善行 佐々永治
70 1974年
2月25日
なにかが起きる 岩谷時子 加瀬邦彦 東海林修
71 1974年
7月10日
君こそライオンズ 黒瀬泰宏
本間繁義
中村八大 小杉仁三
72 1974年
11月25日
旅立ち[24] なかにし礼 中村泰士 あかのたちお
73 1976年
12月21日
ねがい[25] 山上路夫 いずみたく
74 1977年
5月25日
ジグザグブルース[26] ジェームス三木 渡辺岳夫 青木望
75 1978年
6月25日
試練 来生えつこ 来生たかお 鈴木茂
76 1979年
4月25日
しなやかな愛 来生えつこ 来生たかお あかのたちお
1980年代
77 1980年
7月25日
ロード・ショウ 阿木燿子 伊勢正三 鈴木茂
78 1982年
10月1日
風は南風[27] 門谷憲二 西郷輝彦 松井忠重
79 1983年
4月21日
Angel 西郷輝彦 西郷輝彦
岩倉健二
80 1984年
6月21日
PASADENA FREEWAY 大津あきら 西郷輝彦 西郷輝彦
M.Leonard
C.Sandford
81 1985年
11月21日
面影グラス 荒木とよひさ 三木たかし 川口真
82 1989年
3月21日
誰がために夜は明ける 阿久悠 西郷輝彦 川口真
1990年代
83 1991年
3月21日
旅はさすらい[28] 中山大三郎 浜口庫之助 若草恵
84 1993年
9月21日
別れの条件[29] 荒木とよひさ 都志見隆 川村栄二
85 1995年
8月21日
時に抱かれて[30] 荒木とよひさ 都志見隆 川村栄二
86 1997年
9月3日
銀河のはてに 西郷輝彦 若草恵
87 1998年
2月15日
星月夜 西郷輝彦 青木望
88 1999年
2月1日
桜花のとき 荒木とよひさ 中川博之 竜崎孝路
2000年代
89 2000年
8月23日
小さな手紙[31] 白峰美津子 松本俊明 岩崎元是
90 2000年
10月21日
星の涙 湯川れい子 芹澤廣明 桑田聡子
91 2004年
2月25日
sora -空-[32] 西郷輝彦 西郷輝彦
辺見鑑孝
辺見鑑孝
2010年代
92 2011年
5月11日
オリオン急行 田久保真見 都志見隆 若草恵
93 2012年
4月4日
旅のあかり 喜多條忠 都志見隆 若草恵
94 2013年
2月15日
燃えろ夜明けまで 西郷輝彦 真崎修

オリジナル・アルバム[編集]

  1. ヒットパレード 君だけを(1964)
  2. テルちゃんと踊ろう(1967)
  3. 青春(1970.01.01)
  4. 坂道の教会 〜さよならはいわなかったのに〜(1971.06.25)
  5. 恋人たちの時間 〜オリジナル'72〜(1972.01.25)
  6. ACT I(1976.10.25)
  7. Road Show(1980.09.25)
  8. Souther(1983.03.21)
  9. Twilight Time(1984.06.20)

ライヴ・アルバム[編集]

  1. 輝かしい未来へ テル!(1970.10.20)
    1970年7月2日、東京・新宿厚生年金ホールにおけるライヴレコーディング
  2. テルの絶叫 日生劇場リサイタル オンステージ(1971.04.25)
    1971年2月10日、東京・日生劇場におけるライヴレコーディング
  3. 西郷リサイタル 〜Special Big Guest MILVA〜(1972.06.20)
    1972年4月28日、東京・新宿厚生年金ホールにおけるライヴレコーディング

出演[編集]

映画[編集]

ほか、多数。

テレビドラマ[編集]

バラエティ番組など[編集]

NHK紅白歌合戦[編集]

  • 1964年(昭和39年) - 1973年(昭和48年) 10回連続出場。なお,1966年と1973年は「星のフラメンコ」で出場している。
  • 1987年には,白組出場者加山雄三の応援として,渡辺謙,三浦友和とともに出演
  • 1964年 第15回「十七歳のこの胸に」
  • 1965年 第16回「星娘」
  • 1966年 第17回「星のフラメンコ」
  • 1967年 第18回「願い星叶い星」
  • 1968年 第19回「友達の恋人」
  • 1969年 第20回「海はふりむかない」
  • 1970年 第21回「真夏のあらし」
  • 1971年 第22回「掠奪」
  • 1972年 第23回「愛したいなら今」
  • 1973年 第24回「星のフラメンコ」

舞台[編集]

CM[編集]

  • 明星食品(どんぶりくん、どんぶりくんコーンラーメン)

ライブ・コンサート[編集]

  • 西郷輝彦45周年記念コンサート(2009年9月25日、熊本県上天草市・アロマ文化ホール)
  • 〜 Teruhiko Saigo Live Act.5 ! 〜(2009年11月6日、クラブチッタ川崎

イベント[編集]

関連文献[編集]

  • 西郷輝彦 『生き方下手』(ロングセラーズ刊 2007年1月)自伝
  • 『御三家歌謡映画の黄金時代 橋・舟木・西郷の「青春」と「あの頃」の日本』
    藤井淑禎平凡社新書、2001年)
  • 岡田喜一郎 『昭和歌謡映画館』 (中公新書ラクレ、2009年7月)

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 西郷輝彦本人曰く「アメリカの作曲家であるジョージ・ガーシュウィンからもじって名付けた」とのこと[3]

出典[編集]

  1. ^ NHKスタジオパークからこんにちは』(1997年)より
  2. ^ 『精選盤 昭和の流行歌 歌詞集』日本音楽教育センター、151頁。
  3. ^ 日刊ゲンダイ』連載「歌と芝居で半世紀」2011年8月17日発行 17頁参照。
  4. ^ a b c 「星のフラメンコ」42年ぶり復活 本場スペイン人がカバースポーツ報知、2008年6月15日6時0分。(インターネットアーカイブのキャッシュ)
  5. ^ 「イチオシ!2泊3日の旅」番組サイト │ 放送内容(『天橋立舞鶴』)、BS日テレ、2016年1月7日20時0分。
  6. ^ “今川宇宙は自分の世界“探検中”、父・西郷輝彦に「頼らず」”. SANSPO.COM (産経デジタル). (2017年10月5日). http://www.sanspo.com/geino/news/20171005/geo17100505020001-n1.html 2017年11月30日閲覧。 
  7. ^ 日活映画「涙をありがとう」の主題歌として使用された。
  8. ^ 大映映画「狸穴町○番地」の主題歌として使用された。
  9. ^ 日活映画「星と俺とできめたんだ」の主題歌として使用された。
  10. ^ 日本テレビ系テレビドラマ「ママとおふくろ」の主題歌として使用された。
  11. ^ 日活映画「この虹の消える時にも」の主題歌として使用された。
  12. ^ 日活映画「涙になりたい」の主題歌として使用された。
  13. ^ 日活映画「遥かなる慕情 星のフラメンコ」の主題歌として使用された。
  14. ^ 水沢有美とのデュエット。
  15. ^ 日活映画「傷だらけの天使」の主題歌として使用された。
  16. ^ 日活映画「恋人をさがそう」の主題歌として使用された。
  17. ^ 大阪万博のテーマソングとして使用された。
  18. ^ J・トップスとのデュエット。
  19. ^ 東映映画「あゝ予科練」の主題歌として使用された。
  20. ^ 松竹映画「海はふりむかない」の主題歌として使用された。
  21. ^ 葵ひろ子とのデュエット。
  22. ^ TBSテレビドラマ「まごころ」の主題歌として使用された。
  23. ^ フジテレビ系テレビドラマ「どてらい男」の主題歌として使用された。
  24. ^ フジテレビ系テレビドラマ「どてらい男」の挿入歌として使用された。
  25. ^ TBS系テレビドラマ「江戸を斬る」の主題歌として使用された。
  26. ^ テレビ朝日系テレビドラマ「ジグザグブルース」の主題歌として使用された。
  27. ^ テレビ朝日系テレビドラマ「源九郎旅日記 葵の暴れん坊」の主題歌として使用された。
  28. ^ テレビ東京系テレビドラマ「あばれ八州御用旅(第2・3シリーズ)」の主題歌として使用された。
  29. ^ テレビ東京系テレビドラマ「あばれ八州御用旅(第4シリーズ)」の主題歌として使用された。
  30. ^ テレビ東京系テレビドラマ「あばれ医者嵐山」の主題歌として使用された。
  31. ^ G3K名義(西郷と橋幸夫舟木一夫の3人によるユニット)。
  32. ^ D-NA名義(西郷とその息子の辺見鑑孝とのユニット)
  33. ^ “一路真輝と西郷輝彦がいたわり合う父娘に「君はどこにいるの」演出は石井ふく子”. ステージナタリー. (2016年9月22日). http://natalie.mu/stage/news/202677 2016年9月23日閲覧。 
先代:
小池清
アップダウンクイズ司会者
西郷輝彦
次代:
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